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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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幕間一 絢爛たる少女は、恋を知る

「……ううゥ、私の馬鹿ぁ……」


 その日の夜。

 制服姿のままのアンジェリカは、ボフンッとベッドの上に倒れ込んだ。

 そこはホテルの一室。アンジェリカに割り当てられた部屋だ。

 室内にあるのは、机と椅子。大きなベッドのみ。部屋の片隅には、まだ開かれていないアンジェリカの私物――大きなサックが四つ置かれている。

 侯爵令嬢が泊まるにはいささか以上に地味な内装だが、整理整頓、清潔ぶりが行き届いているのが分かる、とても綺麗な部屋だった。

 窓の外には、パドロの夜景も見ることが出来る一室だ。

 けれど、今のアンジェリカには夜景を楽しむような余裕もなかった。


「……ううゥ、アル君……」


 アンジェリカは呻くと、大きな胸をぶるんと揺らしながら、上半身を起こした。

 次いで、這いずるようにサックの一つに移動し、中からぬいぐるみを取り出した。

 大きな頭に短い手足。サック一つを占有するような大きなぬいぐるみだ。

 それは、デフォルメ化された赤毛の騎士のぬいぐるみだった。

 アンジェリカのお手製。『アル君人形』である。


「……アルくゥん……」


 ぬいぐるみを強く抱きしめて、ベッドに戻るアンジェリカ。

 横になり、さらに強くぬいぐるみを抱きしめた。

 アンジェリカが、アルフレッドに出会ったのは、五歳の時だった。


 出会ったのは、コースウッド家の館。

 父に手を引かれて、彼と出会ったのだ。

 アルフレッドの方は、彼の祖父に右手を引かれていた。

 その日は、父と、彼の祖父の会合の日だった。


 大人たちの会合。

 アンジェリカとアルフレッドは、客室で待たされることになった。

 初めは初めて会う男の子にアンジェリカも緊張していたが、この時から勝気な彼女はすぐにこの状況に馴染んだ。

 そうなってくると、ただ部屋で待つのも退屈だった。


『遊びに行こう! アル君!』


 そう言って、アンジェリカは、窓から部屋を抜け出すことにした。

 今でこそ誉れ高き《七星》の称号を持つアルフレッドだが、当時はまだ六歳。アンジェリカに手を引かれるまま、おどおどと彼女に従った。

 そうして、やった遊びが騎士ごっこだ。

 それも、よくある騎士物語を真似るようなおままごとではなく、何故か、騎士の修練ごっこをしたのだ。互いに棒を握り合い、殴り合ったのだ。

 結果は、アルフレッドの大泣きで終わった。

 アンジェリカとしては、大満足の結果である。

 ただ、その後、父にこっぴどく叱られることになるのだが。

 最初の出会いとしては、あまり褒められたものではないものだったかもしれない。


 次に出会ったのは、八歳の時だった。

 今度は、ハウル家の本邸で会った。

 その時には、アルフレッドの姉――ミランシャとも会うことになる。

 アルフレッドと同じ真紅の髪の少女。

 凄く綺麗な人だと思った。

 凛々しく、優しいお姉さま。

 こんなふうになりたいと強く思った。

 その想い自体は、成長した今でも変わらない。

 彼女との出会いこそが、アンジェリカの今後の性格が形成される一番の切っ掛けだったのかもしれない。

 とは言え、アンジェリカが一緒に遊んだのは、ほぼ同い年のアルフレッドだった。


 その時にやった遊びも騎士ごっこだった。

 アルフレッドは、生意気にも少し強くなっていた。

 けれど、アンジェリカも、日々修練を積んでいるのだ。

 この日も勝ったのは、アンジェリカだった。


『本当にダメね! アルフレッドは!』


 アンジェリカは、腰に手を当てて、高らかに勝利を誇ったものだ。

 この日以降、アンジェリカは、アルフレッドとよく会うようになっていった。

 この頃は、互いの保護者の関係もまだ良好だったからだ。

 特に、アンジェリカの父は、ハウル家の次期当主と娘の婚姻を考えていたようだが、当時のアンジェリカには知る由もなかった。

 結果的にいえば、その話は、保護者たちが仲違いしてご破算になるのだが。

 ともあれ、八歳から六年間、アンジェリカは週に一、二回ぐらいはアルフレッド――ちなみにミランシャとも会う機会があったのだ。

 これは、二人の幼馴染だと言っても問題ないはずだ。


「……そう。私はアル君の幼馴染。機会はいっぱいあったのに……」


 ……ぎゅうっと。

 アンジェリカは、『アル君人形』を強く抱きしめた。

 幼い頃のアンジェリカは、お世辞にもお淑やかとは言えなかった。

 なにせ、騎士ごっこが大好きだったのだ。そのお転婆ぶりは言うまでもない。

 アルフレッドとの稽古は、もはや日課だった。

 そして、いつも勝利するのはアンジェリカだった。


 アンジェリカは、自分のことを天才だと思っていた。

 事実、それだけの才能はあった。

 それに加えて、同世代の少年を打ち負かす日々。

 アンジェリカは、まさに有頂天になっていた。


 しかし、ある日のことだった。

 アンジェリカが十三歳の時である。

 いきなり、彼女は攫われてしまったのだ。

 ハウル家への近道。あまり人気のない路地裏を進んでいた時に、突如、後ろから現れた馬車。数人の男が飛び出し、アンジェリカを拘束しようとした。


 もちろん、アンジェリカは抗戦した。

 当時、常に持ち歩いていた木剣で、瞬く間に二人を打ち据えた。

 そうして視界に捉えたのは三人目。


『へえ。やるねえ』


 男は、あごに手をやり、ニマニマと笑っていた。

 明らかに、他のメンバーとは圧が違う。三十代ほどの首謀者らしき男だ。

 この男を倒せば、この連中は瓦解する。

 そう睨んで喉元を狙った木剣は、あっさりと受け止められてしまった。

 渾身の刺突を片手で掴まれ、アンジェリカは唖然とした。


『鋭い突きだ。だが、軽いな』


 その男は、傭兵くずれだったと後で聞いた。

 男の拳が奔り、アンジェリカの腹部を撃ち抜いた。

 アンジェリカの意識は、そこで断ち切られる。

 この連中はプロだった。貴族の令嬢を専門に狙って暴行。さらに、その件を隠すための口止め料――要は、身代金を手に入れるという目的の誘拐グループだった。


「……………」


 あの時を思い出し、アンジェリカは微かに肩を震わせた。

 意識を取り戻すと、そこは暗い部屋だった。

 ろうそくの明かりだけで照らされるような、薄暗い部屋だ。

 ベッドの上に横たわるアンジェリカは、口に猿ぐつわを付けられていた。両手首は後ろ手に紐で強く拘束されていた。

 声も出せないまま、身じろぐアンジェリカ。

 すると、


『お。目覚めたか。お嬢ちゃん』


 自分を気絶させた男。傭兵くずれの男が言う。

 アンジェリカが目覚めたことに気付くと、男は上半身の上着を脱ぎ捨てて、ベッドの上にまで移動してきた。ギシギシとベッドが軋む。


『ようやくか。やっぱこの仕事は気取ったお嬢の反応を楽しむのが醍醐味だしな』


 男は、下卑た笑みを見せた。

 怖気が走り、アンジェリカは身を捩じって暴れた。

 すると、男は、


『おいおい。暴れんなよ』


 片手でアンジェリカのあごを乱暴に掴んで、彼女の動きを止めた。

 万力のような力に、彼女は青ざめる。


『出来れば、傷が残るような手荒い真似はしたくねえ』


 動くんじゃねえぞ。

 そう告げて、男は腰からナイフを取り出し、片手で彼女の服の胸元を切り裂いた。当時から同世代よりも大きかった彼女の胸がぷるんと揺れる。


『お。ちょいとガキすぎたかと思ってたが、意外とあんな』


『~~~ッッ!』


 アンジェリカが目を見開いた。

 目の前の男の目的を察して、さらに青ざめる。


『はは、心配すんなよ』


 男は、気安い笑みを見せて言う。


『今は緊張してても、すぐに何も考えられなくしてやるよ。一時間もすりゃあ、お前からキスも強請るようになるさ。そん時は拘束も解いてやるから安心しな』


『~~~~~ッッ!』


 アンジェリカの目尻に涙が滲んだ。

 男は、まだ幼い少女の反応のすべてを愉しんでいた。


『お前はもう逃げられねえよ』


 あえて、弄ぶような言葉を選ぶ。


『けど、俺は優しいからな。こう見えても今まで女を強姦したことなんて一度もねえんだぜ。多少嫌がられるがいつも最後には――いや、最初は必ず合意さ。相手からお願いされんだよ。まあ、素直になれるように徹底的にじらさせてはもらうけどな』


 くつくつと笑った。


『今までの最長は四時間三十五分だ。お嬢のくせに、そこそこ腕が立つ女だった。拉致すんのにも手こずったよ。けど、そいつも最後には自分から腰を振っていたぜ。お前も気が強そうだから楽しみだ。お前はどんなふうに懇願するんだろうな』


 アンジェリカの顔色が、どんどん青ざめていく。

 言葉で、彼女の恐怖を煽っていく。

 まるで悪魔のように、彼女の感情をじっくりと味わってから、いよいよアンジェリカに触れようとした、その時だった。

 ――ドンッ!

 突如、部屋の外から大きな音が響いたのだ。

 アンジェリカがビクッと肩を震わせ、男は煩わしそうにドアに目をやった。

 外の騒音はさらに激しくなる。何かを壊す音。さらには怒号まで聞こえてくる。どうやら乱闘しているようだ。


『……なんだ?』


 男は、アンジェリカを一旦放り出すと、ベッドの上から降りた。

 すると、同時にドアが蹴り破られた。

 アンジェリカは目を瞠った。

 そこに居たのは、機械槍を手にしたアルフレッドだったのだ。


『――アンジュ!』


 アルフレッドが叫ぶ。が、すぐにベッドの上のアンジェリカの姿を見つけて、ホッとする以上に怒りの表情を浮かべた。

 ――まるで燃え盛る劫火のように。

 アルフレッドは、アンジェリカも知らない顔を見せていた。


『……ガキかよ』


 男が呟く。


『……よくここが分かったな』


『……かなりの強権を使わせてもらったからな。今回ばかりは手段も問わなかった。それよりも』


 アルフレッドが、男に問う。


『……お前、アンジュに何をした?』


『おいおい』


 対し、男は下卑た笑みを浮かべて肩を竦めた。


『ベッドが一つ。半裸の男と女がいるんだぜ。いくらガキでも分かんだろ』


『……そうか』


 アルフレッドはギリと歯を軋ませた後、機械槍を構えた。

 喉を狙う刺突の構えだ。しかし、穂先は逆だった。

 この優しい少年は、男の命まで奪うつもりはないようだった。


『……マジでガキだな』


 そんな少年を見て、男は不快そうに眉をしかめた。

 そして、アンジェリカの服を切り裂いたナイフを構えた。


『命のやり取りの経験もねえのかよ。はン。さっさと来いよ。王子さま』


 馬鹿にした口調で、男が告げる。


(ダ、ダメ……)


 アンジェリカは焦った。

 この男は、アンジェリカの刺突さえも軽々と凌いだのだ。

 アルフレッドでは勝てない。そう思った。


『~~~ッッ!』


 アンジェリカは身を捩じって、アルフレッドに逃げるように伝えた。

 しかし、その想いは届かなかったようだ。

 アルフレッドはもちろん、男の方もアンジェリカを見ることはなかった。

 二人とも、完全に集中しているのだ。


(ダ、ダメよ! アルフレッド!)


 幼馴染の喉元が切り裂かれる光景を思い浮かべて、アンジェリカは、自分が凌辱される以上の焦燥を覚えた。

 その瞬間だった。

 ――ドンッッ!


(―――え?)


 アンジェリカは、目を瞠った。

 突如、男の体が吹き飛んだのである。男はナイフを落とし、窓に激突。そのまま室外にまで飛び出していった。


(え? え?)


 アンジェリカは困惑した。

 アンジェリカが勝てなかったあの男を。

 アルフレッドは、同じ刺突で容易く打ち破ったのだ。


『勘違いするな』


 機械槍を下ろしてアルフレッドが呟く。


『アンジュを傷つけたお前を殺すことに躊躇いなんてない。ただ、アンジュに血を見せたくなかっただけだ』


(…………え)


 その呟きに、アンジェリカの背筋が、ゾクリと震えた。

 そこで理解する。

 これが、アルフレッドの本当の実力なのだと。

 アンジェリカとの訓練時は、手加減していた訳ではない。

 これが、守るべき者がいる時の、アルフレッドの実力なのだ。

 そして、その守るべき者とは――。


(わ、私……?)


 アンジェリカの鼓動が跳ね上がった。

 が、アンジェリカが自分の感情を理解する前に、アルフレッドが駆け出した。


『――アンジュ!』


 アルフレッドは、彼女の元に駆け寄った。

 アンジェリカの両手の拘束を解く。

 そして『アンジュ! 大丈夫……』と言いかけて、


『大丈夫、じゃないか……』


 グッと強く唇を噛みしめて、アルフレッドは視線を逸らした。

 彼女の胸元は切り裂かれたままだ。そこでは、白い肌と双丘が露になっている。


(うわ、うわっ!)


 アンジェリカの顔が赤くなりかける。さらに心臓が高鳴った。

 余談だが、もしもこの時、アンジェリカが、『怖かったの』『助けてくれてありがとう』と素直な心情を吐露して、アルフレッドに抱き着けていたのなら、彼女の恋愛は、さぞかしイージーモードだったに違いない。

 けれど、彼女はこの時、とんでもない悪手を打ってしまったのである。


『ごめん。僕がもっと早く来てれば……』


『まったくだわ』


 アンジェリカは乱雑な口調で言う。


『いつも遅いのよ。アルフレッドは。本当に愚図ね』


『………う』


 アルフレッドは呻く。


『この私の危機なのよ。もっと早く駆けつけなさい』


『……本当にごめん』


『まったくだわ。けど、安心しなさい。私は穢されていないから』


『え? ホント?』


 アルフレッドが、少しだけ表情を明るくした。

 アンジェリカは、ふんと鼻を鳴らした。


『私があんな男に手籠めにされる? あり得ないわね。むしろ、あの男は、私の威光に完全に怯んでいたぐらいだわ。哀れなほどに縮こまっていたのよ。まあ、このままあなたが来なくても、私はきっと解放されていたでしょうね』


 そこまで言い放つ。

 本当は今でも怖くて、アルフレッドにぎゅうっと抱きしめて欲しかったのに。

 結局、この事件でアンジェリカは、祖父の意向に逆らってまで駆け付けてくれたアルフレッドに感謝の言葉はおろか、労いの声さえも掛けなかったのだ。

 心の中では、何度も感謝していたというのに。

 この高圧的すぎる態度こそが、アルフレッドに根深い苦手意識を植え込んでしまい、疎遠を呼んでしまうことになるというのに。

 彼女は、自分の態度を変えることが出来なかったのである。

 案の定、アルフレッドの態度は今もぎこちなかった。


「……ううゥ、私の馬鹿ぁ……」


 アル君人形を強く抱きしめて、枕に顔を埋めるアンジェリカ。

 あの日から、想いはどんどん膨れ上がっていた。

 あの時のアルフレッドは、本当にカッコよかった。

 寝ても覚めても、彼のことばかりを考えていた。

 この愛しいアル君人形も、二十五体ある内のたった一体に過ぎないのだ。


 しかし、アンジェリカは自分で選んでしまったのである。

 とんでもないハードモードを。


 果たして、彼女の恋の行方はどうなるのか。

 それは、まだ誰も知らないことであった――。

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