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悪竜の騎士とゴーレム姫【第16部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第10部

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第七章 宵闇の誘い①

 ――第三騎士団詰所。

 そこは、市街区に設置された騎士団の施設だった。

 第一から第三まであるアティス王国の騎士団の本拠地(ベース)は王城内にあるのだが、治安維持を任務とする第三騎士団だけは、市街区にも詰所を設けていた。


「――くそッ!」


 ――ドンッ!

 執務机の上に拳が振り下ろされる。

 団長室にて、団長たるガハルド=エイシスは怒りを露にしていた。

 彼の視線の先には、大量の報告書がある。

 それは、市街区で起きた騒動に関するものだ。


 それも一ヵ所や二ヵ所ではない。

 合計二十二ヵ所。


 それだけの場所で、狂った魔獣のような不審者が暴れたのだ。


「一体何なのだ! これは!」


 ガハルドは、ドンッと執務机を叩いた。

 確認されただけでも、重傷者が十二名。軽傷者に至っては三桁に届く。

 まだ死傷者の報告がないことだけが唯一の救いだった。

 現在、第三騎士団は総出で事件に当たっている。

 それどころか、部署の違う第一、第二騎士団も応援を依頼しているぐらいだ。

 どうにか、不審者は全員取り押さえることは出来たのだが、負傷者の数が多すぎる。病院、診療所は満杯、この詰所の医務室も負傷者で埋まっている。

 これほどの大惨事は、かつて十年に一度あった、あの『災厄』ぐらいだ。


「一体何が起きている!」


 ガハルドは、ギリと歯を軋ませた。

 突如、現れた不審者達。信じがたい腕力を以て狂ったように暴れまわった彼らを取り押さえるには、鎧機兵まで待ち出す必要があった。

 明らかに尋常ではない暴徒達。

 絶対に裏があるはずだ。


 しかし――。


「誰一人、尋問さえ出来んとは……」


 再び歯を軋ませる。

 不審者は全員を捕縛した。

 だが、彼らは揃って正気を失っていた。

 しかも、せめて容姿から身元を辿ろうとしたのだが、それも不可能だった。

 捕縛後、彼らは全員が肉塊としか呼べないような姿に変貌してしまったのである。医師の尽力によって辛うじて生きてはいるのだが、それだけでも奇跡のような状態だ。


 新種の薬物なのか……とも考えたが、正直、こんな恐ろしい効果を持つ薬物など聞いたこともない。医師もお手上げのようだった。


「――くそッ!」


 結局、何も分からない。

 ガハルドの苛立ちも、仕方がないことだった。

 と、その時だった。

 ――コンコン、と。

 不意に団長室のドアが叩かれた。

 恐らく、部下が何かしらの報告に来たのだろう。

 せめて死者が出たというものでないことを祈りつつ、「入れ」と告げる。と、


「……失礼するよ」


「な……」


 ガハルドは目を剥いた。

 意外にも、入って来たのは部下ではなく、白髪の青年だった。


「クライン殿……?」


 娘婿にと考えている青年の名を呼ぶ。


「どうされたのです? いや……」


 そこで、ガハルドは表情を険しくした。

 青年――アッシュの白いつなぎの胸元が赤く染まっていることに気付いたからだ。


「クライン殿。それは……」


「……ん? ああ。心配しないでくれ。これは俺の血じゃない。かといってヤバいもんでもねえよ。この事態だ。察してくれ」


「……そうですか」


 この青年とは、それなりに交流がある。

 少なくとも、愛娘との交際を許してもいいぐらいには信用している。

 恐らくは、誰かを助けるために付いた血痕。犯罪とは無関係なモノだろう。


「では改めて。何かあったのですか?」


「こんな状況だ。流石に意味もなく邪魔しに来ねえよ」


 アッシュは一度だけ嘆息してから、


「話がある。重要な話だ」


 と、切り出して、


「少しだけ、時間はいいか? 団長さん」


 神妙な声で、そう告げた。



       ◆



 それは、三十分前のことだった。

 アッシュは、第三騎士団の詰所に向かって、ララザを走らせていた。

 団長であるガハルド=エイシスは、アリシアの父。

 個人的にも付き合いのある人物だった。

 詰所に急ぐのは、彼に現状の詳細を尋ねるためだった。

 ララザが駆ける。

 大通りを進んでいくと、所々に粉砕された石畳や血痕があった。

 あの涎の男と対峙した場所ではない。


(……あそこもかよ)


 アッシュは、眉をしかめた。

 予想通り、あの狂人は一人だけではなかったようだ。

 恐らくは数人。いや、下手をすれば二十人以上はいたのかも知れない。

 そんな数の狂人が一斉に暴れ出したのだ。


(あのくそジジイが……)


 グッ、と手綱を強く握りしめる。

 アッシュは、この事件の黒幕が何となく想像できていた。

 しかし、あの男が関わっている物的証拠はなく、確証はない。

 それを確認するためにも、詰所に向かっているのだ。


 ギリ、と歯を軋ませる。

 第二の故郷の悲惨な光景は、あの炎の日を嫌でも思い出させてくれる。

 気分は最悪だった。


「……ララザ。急いでくれ」


 アッシュは、ララザの首筋をポンと叩いた。

 いななきが応える。

 普段はのんびりした性格のララザも、この時だけは真剣だった。

 石畳を力強く蹴りつけ、風のような速度で疾走した。

 そうして瞬く間に、詰所の前にまで到着した。


「ありがとな。ララザ」


 アッシュは、ララザから降りた。

 それから、ララザに「ちょい待っててくれ」と告げてから歩き出す。が、


「…………」


 ――ピタリ、と。

 おもむろに足を止めた。

 アッシュは、視線を詰所近くの街路樹の一つに向けた。

 しばしの沈黙の後、苦笑を零す。


「お~い、いつまでかくれんぼする気だ? お嬢ちゃん」


「う、む……」


 アッシュの声に答えて、街路樹の影から一人の少女が姿を現した。

 菫色の髪と、蒼いドレスが印象的な少女。

 リノ=エヴァンシードである。彼女の隣にはサザンⅩの姿もあった。

 どうやら、ここでずっと待っていたようだ。


「その……義兄上」


 リノは、おずおずと口を開いた。


「いきなり訪問で申し訳ないと思っておる。じゃが、どうしても義兄上にお伝えせねばならんことがあってな」


「……そうか」


 アッシュは振り返ると、リノの元に近づいていった。

 対し、リノは肩をビクッと震わせた。

 かなり緊張した様子のリノに、アッシュは内心で苦笑する。


「……そんな緊張すんなよ」


「う、うむ。そうじゃな」


 コホンと喉を鳴らし、リノは話を切り出した。


「ま、まず、本題よりも先に言わねばならんのじゃが、実は……わらわは……」


「……ああ。その点なら大丈夫だ」


 アッシュは、リノの前に立つと彼女の頭をポンと叩いた。


「リノ嬢ちゃんの素性は、コウタからもう聞いているよ。嬢ちゃんに関しては、コウタは本気で覚悟してるみてえだしな。俺から何も言うことはないさ」


「………え」


 リノは目を丸くした。


「あ、義兄上……?」


「コウタのことが好きなんだろ? すべてを捨てるぐらいに。それだけで充分さ」


 そう告げて、アッシュは笑った。


「……義兄上ェ」


 リノは、少し潤んだ瞳でアッシュの顔を見上げた。


「まあ、嬢ちゃんの素性やあの組織に関しては流石に色々と大変かもしんねえが……」


 アッシュは微笑を浮かべて、くしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。


「本当に困ったことがあったら俺に頼りな。そんでコウタのこと。これからもよろしく頼むな。リノ嬢ちゃん」


 アッシュは優しく告げる。

 リノは瞳を輝かせた。


「――うむ! 義兄上のご厚意には感謝する!」


 そして豊かな胸を、ドンと叩いた。


「無論コウタのことは任せられよ! 公私に渡って支えよう! そしてコウタの正妻として、誰よりも早く元気なコウタの子を産んでみせようぞ!」


「あ、うん。そっかぁ」


 アッシュは、頬を少し引きつらせた。

 それから腕を組んで、どこか皮肉気な様子で呟く。


「なるほどな。リノ嬢ちゃんも大概ぶっとんだ子なんだな。見た目は全然違っていても、そういうところは似てんだな」


「ん? わらわが誰に似ておるのじゃ?」


 リノが小首を傾げる。と、


「いや、気にすんな。それより俺に伝えたいことがあるんだろ?」


 真剣な顔つきで、アッシュがそう尋ねた。

 リノもまた、表情を神妙なものに変えて頷いた。


「……うむ。流石は《七星》最強。義兄上は話が早いのう」


 一拍おいて。


「伝えたいこととは、今回の黒幕と、使用された薬物についてじゃ。まずはコウタに伝えたいところじゃが、義兄上の方が冷静に受け止めてくれると思うてな」


「……まあ、俺も頭にきている具合は、コウタと大差ねえかもしんねえが」


 アッシュは苦笑を零しつつ、リノに尋ねた。


「そんじゃあ教えてくれ。リノ嬢ちゃんのかつての同僚のことをな」

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