第三章 乙女たちは迷う②
――アティス王国。王城・ラスセーヌ。
その二階のテラスにある大庭園の中をコウタは一人、歩いていた。
傍にはジェイク達の姿も、他の人影もない。エドワード達に散々質問攻めを受けた後、闘技場の予定を変更してコウタは一人、この庭園にやってきたのだ。
質問に疲れてしまったというのもあるが、義姉達の話し合いというのが非常に気になったので王城に滞在することにしたのである。
なお、ジェイク達もサクヤ達のことは気にはしていたが、いつ終わるか分からない会議を気にかけて、楽しみにしていた予定を完全に変更するのも勿体ないので、三人は当初の予定通り、闘技場へと出かけて行った。
一人だけ王城に残ったコウタ。
ただ、流石に会議室の前で待つことは出来ない。
なので、コウタは、憩いの場で知られるこの場所に足を運んだのだ。
「……ふう」
思いの外、広大な庭園。
道を区切った迷路のようでありつつも、植物の背は低く視界は広い。道筋には休憩のためか、木製の長椅子もあった。また、二階にあるため、深緑の通路は、青い空ともよく映えていた。よく剪定された景観は、アシュレイ家の庭園を思わせる。ここを管理している庭師も腕がいいのだろう。
とりあえずコウタは、ここで時間を潰すことにした。
(それにしても……)
コウタは少し空を見上げた。
(サクヤ姉さん達の話し合いか)
視線の先にあるのは、サクヤ達が話し合いをしている三階の会議室だ。
サクヤは穏便に話し合うと言っていたが、果たしてどうなるのか。
(あそこにはオトハさんや、ミラ姉さんもいるしな)
《天架麗人》オトハ=タチバナと、《蒼天公女》ミランシャ=ハウル。
二人とも、兄と同じ《七星》の称号を持つ女傑だ。
極めて特殊な鎧機兵を操るミランシャの方はともかく、オトハの方は確実に強い。
エドワード達と混じって講習を受けたことがあるのでよく分かる。
彼女はコウタ以上の実力者だ。
(それに多分、オトハさんは……)
コウタは目を細めた。
まだ、兄から直接紹介された訳ではない。
しかし、それでも兄弟だ。何となく察していた。
(兄さんの……今の恋人なんだろうな)
クライン村が無くなって八年。
その期間、兄は、サクヤが死んでしまったと思っていた。
実際に兄は義姉の死を見届けたと聞いている。
そこら辺の事情の齟齬は、正直なところ、よく分からない。
恐らく、義姉が《ディノ=バロウス教団》の盟主になっていることと、何か関係するのだとは思うが、そこもはっきりしていなかった。
ともあれ、兄は過去を乗り越え、今はこの国で新たな人生を歩んでいる。
なら、兄の傍らに、新しい恋人がいてもおかしくはない。
(それにオトハさんって、サクヤ姉さんにどこか似ているし……)
二人の性格は、まるで違う。
サクヤは少しおっとりしているし、オトハは凛々しさを持つ女性だ。
しかし、二人は、ふとした仕草がとてもよく似ているのだ。
兄が惹かれるのもよく分かる。
(けどなあ……)
コウタは、再び城の一角を凝視した。
結果、二人の恋人が対峙するという事態になったということだ。
しかも、それだけではない。
あそこには、オトハとミランシャ以外にも女傑がいる。
兄が溺愛している愛娘であるユーリィ。
恐らく性格面では、最もサクヤに似ているサーシャ。
勝気そうだが、その実、誰よりも兄を気遣っているアリシア。
ほんわかしているのだが、メルティア曰く、実は押しが強いというルカ。
コウタもよく知り、お世話になっているシャルロット。
誰もが、兄に強い思慕を抱いている。
そんなメンバーが一堂に会して、これからのことを話し合うという。
コウタでなくても、気が気でない状況だ。
本当に穏便に済むのだろうか……。
数秒後には、《聖骸主》の力を解放した義姉と、二機の《七星》が城の一角を吹き飛ばして飛び出してきたりはしないだろうか……。
そんな不安が胸中によぎる。
(ううゥ、お腹が痛い……)
コウタは腹を擦りつつ、再び歩き出した。
(けど、ボクが気をもんでも仕方がないか)
ふうっと嘆息する。
兄に関する件と言っても、このことについてはコウタも傍観者だ。
結局のところ、成り行きを見守るしかないだろう。
(とりあえず、会議が終わるまで待つか)
今は何も考えずに、庭園を散策しよう。
コウタはそう決めて、庭園を歩き出した。
見晴らしのよい景観。やはり素晴らしい庭園だ。
コウタは庭園と、入道雲と青い空を見渡しながら、歩を進めた。
時折、休憩中だったのか、騎士やメイドとすれ違い、会釈をする。中には、王城の見物者らしき人達の姿もあった。
その時、風が吹く。
高台のためか、やや強い風がとても心地よかった。
少し気持ちも落ち着いてくる。
「うん。いい景色だなあ」
大庭園の縁まで辿り着き、コウタは笑う。
「メルも連れてくれば良かったかな」
ここなら、メルティアも気に入ってくれるに違いない。
普段通りに見えるメルティアだが、本人も言っていた通り、彼女が大分消耗しているのは事実だろう。それが分かったからこそ、コウタも迷いなく彼女を抱きしめたのだ。
まあ、最近はハグに躊躇いが無くなってきているのも事実だが。
「流石に昼間に来るのは無理かな?」
だったら、今夜にもう一度訪れよう。
その時は、アイリやリーゼも誘おうと思った。
最近はリノばかりに構い、それ以外は、ジェイク達――男達だけでつるむことが多く、彼女達とも疎遠になっているような気がする。
二人とも、わざわざコウタの旅に付き合ってくれているというのにだ。
リーゼは多忙な公爵令嬢の身でありながら、傍にいてくれる。
彼女がいるだけで、公私に渡って、どれだけ頼りになっていることか。
アイリも幼いというのに、こんな遠い異国の地まで付いてきてくれた。そしてメルティアをいつもサポートしてくれてる。
二人をないがしろにするなどもっての外だった。
「うん。今夜は二人ともゆっくり話そう」
と、呟いた時だった。
コウタはふと人の気配を感じて横に目をやった。
「え?」
すると、そこには一人の女性がいた。
コウタは意外なその人物に驚く。
それは彼女も同様だったのだろう。
風にわずかになびく髪を抑えつつ、彼女も驚いた表情をしていた。
数瞬の沈黙。
そして、コウタは、
「ジェシカさん……?」
彼女の名を呟いた。




