第八章 贈られしモノ④
悪竜の騎士と牛頭の巨人の戦いは、まさに絶頂を迎えていた。
――ギリギリギリ、と。
斧槍の柄と処刑刀の刀身で鍔迫り合いをする二機。
そしてほぼ同時に互いの武器を払い、両機とも大きく間合いを広げる。
『ふはははははははははははっ!』
ラゴウが哄笑を上げた。
それから、すっと目を細めて――。
『これならどうだ。少年!』
そう告げるなり、ラゴウの愛機・《金妖星》が斧槍をぐるんと反転させる。
そして石突きの刺突を無数に繰り出した!
その威力は砲弾にも匹敵する。まるで砲撃の弾幕だ。
しかし、悪竜の騎士――《ディノ=バロウス》は処刑刀で半分を払い、さらに間合いを広げて残りの刺突を回避した。
が、その直後、《金妖星》が力強く踏み込んだ。
続けて斧槍を両手で掴み、
――ガガガガガガガガガガガッッ!
と、刃が地面に触れるのもモノともせずに横薙ぎに振るった。
だが、その猛威を前にしても《ディノ=バロウス》は臆さない。
迎え撃つ軌道で、悪竜の騎士も処刑刀を横に薙ぐ。
――ガギンッッ!
『……ぐッ!』『……ぬう!』
そして同時に呻き声を上げる二人の操手。
二機の刃は衝突し、火花を散らして拮抗した。
一秒、二秒と静止する空間。
が、すぐに拮抗は崩れ、二機は互いに後方へと跳んだ。
それから地面に足をつけた直後、全く同じタイミングで《雷歩》を使う。
奇しくも同じような二本角を持つ二機は、真正面から頭突きをぶつけ合った。
――ズズンッ、と。
大気が振動する。ほぼ広場の中央で二機は眼光を鋭く交差させて静止した。
完全に威力が互角だった結果である。
二機はすぐさま後方へ跳ぶと、少し離れた位置でそれぞれ体勢を整え直した。
草原の広場に静寂が訪れる。
そして――。
『ふふ、ふはははははっ!』
ラゴウがこの上なく楽しげに笑い出す。
『まさかこれほどとはな! 想像以上だぞ少年!』
と、絶賛してくれるのだが、コウタの方は複雑な気分だった。
『いや、ボクとしては子供相手にそんなにムキにならず、もう少し油断してくれるとありがたいんだけどさ』
『ふふ、戦士に子供も大人もないだろう。今のヌシは吾輩が戦ってきた敵の中でも間違いなく十指に入るぞ。油断しろというのは無茶な要望だ』
言って、ラゴウはくつくつと笑う。
コウタは、やれやれと肩を落として嘆息した。
本当に厄介な敵だ。
悪党を自称するのなら、もっと油断してくれと言いたい。
(……けどまあ、今のところ互角か)
コウタの愛機・《ディノ=バロウス》はかつてないほどに絶好調だった。
これならば、あと二、三時間でも戦闘を続けられる自信がある。
しかし、そうなってくると心配なのは――。
「……メル。大丈夫?」
コウタは後ろの少女に向けて優しげな声で尋ねる。
ここまで拮抗した高レベルの戦い。
訓練を受けていないメルティアには、相当キツイものがあるだろう。
そう思い、彼女の体調の具合を尋ねたのだが……。
「はい。大丈夫です」
思いのほか、しっかりした声が返ってきた。
そしてメルティアはふふっと笑い、
「コウタ。私はハーフとはいえ獣人族ですよ。三半規管は普通の人のよりも遥かに強靭なのです。これぐらい負担にもなりません」
と、強がった様子もなく告げた。
恐らく事実なのだろう。声色にもブレがない。
「……そっか。メルのお母さんに感謝だね」
コウタはホッと安堵した。
「なら、しっかりボクに掴まっていて。今より激しくなる可能性は高そうだから」
「はい。分かりました」
そう答えて、メルティアは両腕に力を込め直した。
少女の温もりを背に感じつつ、コウタは改めて敵を見据える。
正直なところ、戦力は拮抗していた。
下手すると、いつまでも経っても決着がつかないかもしれない。
(別に勝てなくともいいけど……)
このまま時間が経過するのは、かなり問題だった。
この場所は《黒陽社》の野営地に近い。ここで戦闘を続けていれば、いずれラゴウの部下もやってくるだろう。そうなると非常にまずい。
(時間が経てば経つほど不利になる。ここはそろそろ逃走すべきか……)
コウタはグッと操縦棍を握りしめた。
今や《ディノ=バロウス》の恒力値は《金妖星》にも匹敵する。
隙さえつけば、恐らく逃走は可能だった。
コウタの目的はメルティアを守ること。彼にとって何よりも大切なことだ。
それに比べれば、勝負を投げ出すことなど天秤にかけるまでもない。
(……とは言え、いつ逃げ出すか)
コウタが目を細め、タイミングを読む。
と、その時だった。
『――支部長!』
突如、森の中から黒い鎧機兵が飛び出してきた。
大きな鎚を両手で持つ機体だ。
(……くッ)
コウタは内心で舌打ちする。
懸念していた事態が、直後に現実になるとは。
しかし、そんなコウタの思惑をよそに、
『……ふむ。どうした?』
ラゴウは冷静な声で突然現れた部下――副官に問う。
問われた副官は、異常な恒力値と姿を持つ鎧機兵を目にして一瞬ギョッとするが、すぐに報告を開始した。
『ご報告致します。支部長。襲撃者は撤退しましたが、申し訳ありません。《商品》はすべて奪われてしまいました』
『……そうか』
その報告に、ラゴウも流石に眉をしかめる。
『やれやれだな。完敗という訳か』
『……はい。申し訳ありません』
副官は神妙な声で謝罪した。
が、すぐに面持ちを改めて報告を続ける。
『ですが、支部長。それとは別にご報告したいことがあります』
『……なんだ? 追撃隊についてか? それなら――』
と、言いかけるラゴウの言葉を、副官は無礼と理解しつつも沈痛な声で遮った。
『いえ、支部長。新たな問題が発生したのです。実は先程、ここから二千セージル離れた場所にて、四十機ほどの鎧機兵の反応が確認されました』
『……ッ! なんだとッ!』
ラゴウは大きく目を瞠った。
そして自機の《万天図》に目をやる。確かに指摘された場所辺りに、四十機ほどの光点が凄まじい勢いで移動していた。
『これは……位置的には街道か。皇国――いや、エリーズ国の騎士団か』
と、呟くラゴウに、副官も首肯する。
『恐らくは。このペースならば三十分もしない内に接敵すると思われます』
『……むうゥ』
ラゴウは思わず呻いた。
これは流石に想定外だ。こちらが向こうの存在に気付いている以上、敵も《万天図》でこの場所を特定しているはず。
このままでは一戦交えることになる。
『まずいな。これは……』
と、独白するラゴウ。
副官はもはや何も語らず上司の指示を待っていた。
再び草原の広場に静寂が訪れる。
「……メル」
そんな敵のやり取りには当然、コウタ達も注目していた。
自身も《万天図》を一瞥してから、コウタは後ろに座る少女に尋ねる。
「これって多分、ご当主さま達だよね?」
コウタの言う『ご当主さま』とは、メルティアの父であるアベルのことだ。
メルティアはこくんと頷いた。
「ええ。恐らくお父さまですね。少数なのは速度を優先させたのでしょう。馬車で一日かかる距離をこんな速さで来るなんて……かなりの無茶です」
「ははっ、まあ、それだけメルが大事ってことだよ」
コウタは娘を溺愛するアベルの顔を思い浮かべて苦笑する。
ともあれ、これで事態は大幅に好転した。
もはやラゴウ達には撤退しか選択肢がないはずだ。
(さあ、どうする。ラゴウ=ホオヅキ)
コウタは鋭い眼差しで、ラゴウの乗る《金妖星》の様子を窺う。
そして数秒後、《黒陽社》の支部長はようやく口を開いた。
『……撤退だ』
コウタは思わずグッと拳を握りしめる。
まさに希望通りの展開だった。
『これ以上、ここに留まっても被害が増えるだけだ』
ラゴウは淡々と言葉を続ける。
『《星神》の回収は断念する。ヌシらはすぐさまBルートにて撤退せよ』
『……了解しました』
歯が軋む音が聞こえそうなほど無念な様子の副官。
一方、コウタは少しホッとしていた。
ここまでは予想通りだ。あとはラゴウさえこのまま撤退してくれれば――。
と、思っていた時だった。
『指揮はヌシに任せる。吾輩は用を済ませてから合流しよう』
最後にラゴウがそんなことを言った。
『――はっ! 了解しました!』
そう告げて森の奥に消えていく黒い鎧機兵を見やりながら、
(……くそ)
コウタは静かに舌打ちする。
(やっぱり何もかも上手くはいってくれないか)
ラゴウの言う『用』とは何なのか。
それは考えるまでもない。
『……あんたは行かなくていいの? 結構厳しい状況みたいだけど?』
と、コウタはダメ元でラゴウに問う。
すると、《黒陽社》の支部長はふっと笑い、
『三十分もあれば撤退するには充分だ。ヌシらには翻弄されたが、あの男も本来は優秀なのだ。吾輩がおらずとも指揮は執れる』
そう告げて、《金妖星》を一歩前に踏み出させた。
『とは言え、ヌシの指摘通り厳しい状況なのも事実だ。長たる者がいつまでも席を外すのもまずい。よってこの戦い、あと一撃で終わらせよう』
その宣言に、コウタは表情を険しくした。
いきなりの必殺予告か。
『……へえ。言ってくれるね。それって、冥土の土産の必殺技って奴かな』
今の《ディノ=バロウス》は《金妖星》を相手にしても劣らない。
だというのに一撃での勝利宣言とは、少しばかりプライドが傷つけられた。
コウタは不愉快そうに《金妖星》を睨みつける。と、
『いや、そんな大層なものではない』
ラゴウは少年の憤りに対し、苦笑で返した。
『これは、言わばヌシを見極めるための最後の試練よ。今のままでは吾輩も戦意の高揚がどうにも収まらんからな。付き合ってもらうぞ』
そこですっと表情を消して、
『吾輩の闘技の一つを見せてやろう。見事凌いでみせよ。悪竜の騎士』
言って、愛機に斧槍を掲げさせた。
斧槍の柄の端を片手で掴み、天へと伸ばす姿だった。
コウタは無言のまま眼光を鋭くし、《ディノ=バロウス》を少し後退させた。
すっと処刑刀を水平に構える。いつでも敵に対応できる構えだ。
一体いかなる闘技なのか。
コウタは全身の神経を研ぎ澄まさせた。
そして――ラゴウが静かに笑う。
『では、受け切ってみせよ。吾輩の《堕天》をな』
言って、《金妖星》は斧槍を振り下ろした。
その直後だった。
――ズズズゥンッ、と。
周辺一帯に凄まじい衝撃が走る。
全身が軋む程の圧力が《ディノ=バロウス》を中心に叩きつけられたのだ。
『……ぐうッ!』『あ、あう……』
コウタ、そしてメルティアも呻き声を上げる。
悪竜の騎士は機体をガクンッと沈ませ、周辺の地形は途方もなく巨大な鎚を叩きつけられたかのようにめり込んだ。
これが《金妖星》の闘技の一つ――《堕天》。
敵の上空にて、密かに膨大な恒力を集束させ、地面に向かって大瀑布のように一気に放出する《黄道法》の放出系闘技だ。
実のところ、斧槍を振るう所作自体に意味はない。
意識を上空ではなく、斧槍に向けさせるためのただのフェイクだ。
事実、コウタは完全に意識を斧槍に向けていた。
『――ぐううッ!』
恒力の重圧は未だ収まらない。《ディノ=バロウス》は立っていることさえも難しくなってきた。このままではいずれ圧し潰される!
(……だったら!)
コウタは操縦棍を握りしめ、声を張り上げた!
「メル! 今だけ恒力を上げて!」
「ッ! 分かりました!」
少年の指示に、メルティアは即座に応えた。
同時に《ディノ=バロウス》の炎が少しだけ勢いを弱める。
それは一時的に《ディノ=バロウス》の出力が増大したことを意味する。
(……よし!)
その瞬間、コウタは《雷歩》を使った。
それも出力の上がった《ディノ=バロウス》の両足で、だ。
地表を粉々に吹き飛ばし、まさに爆発的な加速を得た悪竜の騎士は《金妖星》めがけて突進した。水平に構えた処刑刀は、牛頭の巨人の喉元を狙っている。
『――なにッ!?』
ラゴウは大きく目を瞠った。
耐え凌ぐのならいざ知らず、まさかこの圧力を正面から突破しようとは――。
予想外の反撃に、わずかに動揺するラゴウ。
その数瞬の間にも、悪竜の騎士は風を切り迫っていた。
黒い半円の切っ先は真直ぐ《金妖星》の首へと突き進む。
そして――遂に。
森の中に、火花が散った。




