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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第9部

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第八章 黄金の魔王⑥

 大気が震える。

 荒れ狂う衝撃は《ディノ=バロウス》の機体も揺らした。

 凄まじい威力だ。装甲が軋んでいる。



「……これはえげつないな」



 コウタは喉を鳴らした。

 衝撃は今もまだ続いていた。



「意図的に水蒸気爆発を起こすなんて」


「……ふん」



 リノは鼻を鳴らした。



「相手はラゴウぞ。これぐらいの策は当然じゃ」



 言って、コウタの背中に抱き着いてくる。

 押し潰されるメルティアにも負けない柔らかな双丘に、少しドギマギしながらも、コウタは真っ直ぐ前を見据えた。

 結局、リノが生み出した水球の檻は《金妖星》を拘束するためのものではなかった。


 ――水蒸気爆発。

 水が超高温の物質と接触することで気化されて発生する爆発現象のことだ。


 要するに水球の檻に向かって、超高温にまで熱した処刑刀を投げつけることで、それを引き起こしたのである。水球の檻は拘束具ではなく、火薬庫だったという訳だ。



「それにしても、ここまでの威力とは思わなかったよ」



 コウタは周辺を見渡して、威力の程を確認した。

 海は大きく荒れ、海岸の一部は抉れ、海水が流れ込んでいる。

 ようやく開けた視界には、大きく窪んだ砂浜が映っていた。



「本当にえげつない。だけど……」



 コウタは前方を睨み据えた。



「やっぱり、あの男も怪物だね」


「……まあ、父上の側近じゃしの」



 リノは微かに苦笑を浮かべた。

 ――ズシン、と。

 巨体が歩く。

 蛇の頭を持っていた尾は半ばから千切れ、右腕はない。

 外装の至る所には大きな亀裂。右の肩当ては完全に砕けていた。

 力の象徴のようだった断頭台も失われ、雄々しかった角も一本折れている。

 しかし、それでもなお――。



『まったくもってやってくれたな』



 黄金の鎧機兵――《金妖星》は、未だ健在だった。

 窪んだ砂浜を、ゆっくりと上がってくる。

 そして、再び悪竜の騎士の前に立ち塞がった。



『よもや、水蒸気爆発を狙っていたとはな。この容赦のなさ。少年。ヌシの発案ではあるまい。発案者は姫か?』


『……うむ』



 リノがコウタの代わりに答える。



『流石に効いたであろう。ラゴウよ』


『ええ。ですが……』



 そこで《金妖星》は左腕の拳を固めた。



『戦えないほどの損傷ではありませぬ』



 これほどの損傷を受けてもなお。

 ラゴウの闘志は、一切衰えていなかった。

 コウタは軽く喉を鳴らしてから、《金妖星》を睨み据える。

 ――やはりこの男とは、ここで決着をつけなければならないのか。

 そう考えていると、



「コウタ。胸部装甲を開けてくれ」



 リノが、コウタにそんなことを頼んできた。



「……リノ?」


「ラゴウと直接話がしたいのじゃ。頼む」



 リノの願いに、コウタは少し躊躇するが、



「……分かったよ」



 そう言って、《ディノ=バロウス》の胸部装甲を開いた。

「感謝する」とリノは言って、コウタの前に移動して立つ。

 コウタは少し後ろに下がると、その場で立ち上がり様子を窺う。



「……ラゴウよ。お主も姿を見せよ」


『………』



 姫君に命じられてラゴウは一瞬沈黙するが、数秒後には《ディノ=バロウス》同様に《金妖星》の胸部装甲を開いた。

 次いで、ラゴウはおもむろに立ち上がり、胸部装甲の縁に足をかけた。

 威風堂々とした立ち振り舞いだ。

 しかし、傷の男は額から流血していた。

 あの衝撃では、さしもの戦士も無傷ではいられなかったようだ。



「……何でしょうか。姫」


「ラゴウよ。お主の目的はわらわを連れ戻すこと。そして、コウタの実力を確認することではないか」



 リノは語る。



「されど、その負傷ではもはや前者は叶うまい。コウタもろともわらわを殺すのならばともかく、わらわのみを無事確保することなど不可能じゃ」


「………」



 ラゴウは答えない。ただ、沈黙する。



「ならば、後者はどうじゃ? コウタの実力はよく分かったはず。その力は脅威であることも。なれば父上の忠臣であるお主がすべき行動はなんじゃ?」


「………」



 ラゴウは沈黙を続けていたが、ややあって小さく嘆息した。

 次いで、リノの後ろにいるコウタに目をやった。



「その少年のことを主君にご報告すること。その少年の実力と共に、姫が悪竜の騎士の手に落ちたことをご報告すべきですな」


「そういうことじゃな」



 リノは、両手を腰に当ててニカっと笑った。



「ここは退け。ラゴウ。これ以上の戦闘は無意味じゃ。そして父上に伝えよ」



 言って、リノは自分のスカートの中に手を入れた。

 もぞもぞと動くと、鞘に収まった一振りの儀礼剣を取り出した。

 リノの愛機・《水妖星》の召喚器だ。

 彼女は、それをラゴウに向かって放り投げた。ラゴウは片手で受け取る。



「《水妖星》の称号と機体は返上する。わらわにはもう不要のものじゃ」



 言って、彼女は振り返り、コウタの首に両腕を絡めた。

 顔だけをラゴウに向ける。



「今宵より、わらわはコウタと共に生きる。父上と母上にはそう伝えてくれ」


「……リノ」



 コウタは顔をかなり赤くしつつも、今は態度で示すべきだと思った。

 緊張の混じった息を吐き出すと、リノの宣言に応えるように、彼女の細い腰を片腕で抱き寄せた。リノは嬉しそうに破顔する。

 一方、ラゴウは、静かな眼差しで二人を見据えていた。

 そして……。



「本気のようですな。姫」


「わらわは、いつとて本気じゃ」



 リノの台詞に、ラゴウは深々と嘆息した。



「よいでしょう。今日は退きましょう。だがな小僧」



 そこでコウタを睨みつける。



「確かにヌシの力は見事だった。災厄を名乗るのもそう大言でもない。だが、それでもなお言わせてもらうぞ」


「……何をだ?」



 コウタもまた、ラゴウを睨みつける。

 ラゴウは、ふっと笑った。



「我らが主君を侮るでないぞ。我らが主君は《九妖星》よりも強いのだからな」


「……え」



 コウタは軽く目を見開いた。

 ラゴウは言葉を続ける。



「恐らく主君と並ぶ者は《双金葬守》――ヌシの兄のみだ。心せよ。ヌシが相対しようとする者はそれほどの敵なのだ」



 ラゴウの台詞に、コウタは言葉を失った。

 メルティアの力まで借りた自分を容易く一蹴した兄。

 リノの父親の力は、そんな兄に匹敵すると言う。



「……リノ」



 コウタは、リノの顔を見つめた。



「……ラゴウの言う通りじゃ」



 リノは、気まずそうに眉をひそめて答えた。



「父上は強い。その実力はまさに別格じゃ。少なくとも、今代の《九妖星》の中で父上に勝てる者はおらぬ」


「……そうか」



 コウタは、グッと下唇を噛んだ。



「どうした小僧?」



 すると、ラゴウが苦笑を浮かべた。



「敵の強大さに臆したか? 大人しく姫を返すのならば、今なら受け入れるぞ」


「……そんなことする訳ないだろ」



 ラゴウの皮肉に、コウタはリノをより強く抱き寄せることで応えた。



「ボクはリノを離さない」



「コ、コウタ……」リノの顔が赤くなる。

 コウタは、ラゴウを見据えて言葉を続けた。



「ただ、覚悟は決めたよ」


「……覚悟だと?」



 ラゴウは眉根を寄せた。対し、コウタは力強く頷く。



「ボクは最強を望む者だ。そしてリノのお父さんが、兄さんとさえ並ぶほどの最強の相手ならボクの進む道は一つだけだ」



 一拍おいて。



「ボクはリノのお父さんより強くなる。それこそ兄さんにも届くぐらいに」


「……コ、コウタ」



 リノは唖然とした顔で、コウタを見つめた。



「……ほう」



 ラゴウは小さく呟いた。

 コウタは「……うん」と再び頷いた。



「《悪竜顕人》。ボクはお前から貰ったこの二つ名を、兄さんの――《双金葬守》にも並ぶものにしてみせるよ」



 その宣言に、ラゴウは目を見開いた。

 この男にしては珍しい、ただただ、驚いた顔をした。

 そして――。



「……くくく」



 口元を片手で押さえて笑い出す。

 が、すぐに堪え切れなくなったか、



「クハハハハハッハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」



 これもまた珍しく大笑いをした。



「ラ、ラゴウ……?」



 リノは唖然とした表情で、ラゴウを見やる。

 生まれた時から付き合いである彼女でさえ初めて見るラゴウの大笑いだった。

 一方、コウタは不機嫌そうな顔を見せた。



「……何が可笑しいんだよ」


「いや、すまぬ。しかし、いささか剛毅すぎるぞ」



 口元を再び押さえて、ラゴウが言う。

 そして、少しだけ優しい眼差しでコウタを見つめた。



「だが、さほど大言壮語に聞こえんのも大したものだな」


「一応、誉め言葉と受け取っておくよ」



 ぶすっとした表情で、コウタが返す。

 ラゴウは苦笑を浮かべた。



「まあ、よい。それよりも姫」


「……なんじゃ?」



 リノがラゴウに視線を向けた。

 ただ、彼女の腕は一度も少年から離れていない。

 ラゴウは双眸を細めた。



「姫の望む道は、決して平坦ではないでしょう」


「……分かっておる」



 リノもまた、ぶすっとした表情でラゴウを見据えた。

 ラゴウは苦笑を深めつつも、言葉を続ける。



「多くの艱難苦難が襲い来ることでしょう。もしくは、いずれ別の道へと行くこともあるやもしれませぬ。ですが、いかなる道を歩もうとも」



 一拍おいて、ラゴウは告げる。



「どうか。どうかお幸せに」


「……ラゴウ」


「では、吾輩はこれにて」



 言って、ラゴウは愛機の中に入ると胸部装甲を下ろした。

 そして《金妖星》は背中を向けた。

 ゆっくりと歩いていく。

 まるで王者のように。

 コウタとリノは、静かにその姿を見送った。

 夜の砂浜に、ようやく静寂が訪れる。



「……ふゥ」



 コウタは息を吐き出した。



「どうやら終わったみたいだね」


「うむ。そうじゃな」



 リノも息を吐き出した。

 コウタは、腕の中にいるリノに目をやった。



「君を連れていかれなくて本当に良かった」



 素直な言葉を告げる。

 それに対し、リノは「う、うむ…‥」と視線を泳がせていた。

 コウタは眉根を寄せた。



「どうしたの、リノ?」


「う、うむ、そうじゃの……」



 リノはなお目を泳がせていたが、コウタから少し離れるとパンと自分の両頬を叩いた。

 そして――。



「よし! コウタよ!」


「え? リノ」



 コウタは目を瞬かせた。

 どうしてか、彼女の顔はとても興奮しているように見えた。

 そして向かい合った状態で、リノはとんでもない台詞を言い放った。



「早速、わらわを抱くのじゃ!」


「…………え?」



 コウタの目が点になる。

 すると、リノは自分のドレスの肩紐をいそいそと外しつつ。



「わらわは覚悟したぞ! 今から一晩中――いや、一晩でも二晩でも構わぬ! わらわの中に存分に愛を注ぐがよい! わらわがお主の愛し子を孕むまで!」


「――なに言ってるのさ!?」



 コウタは愕然とする。

 その間も、リノは自分のドレスを脱ごうとしていた。

 コウタは彼女の両腕を掴んで青ざめる。



「リ、リノ!? なんでいきなり!?」


「わらわは本気じゃ」



 リノは言う。



「お主こそわらわの夫となるべき者じゃ。それは確信しておる。じゃが、仮にお主が最強の座に至っても、頑固な父上は簡単には認めぬじゃろう。ならば対処法は一つだけじゃ」



 リノは妖艶な笑みを見せながら、コウタの頬に両手を添えた。



「わらわがお主の子を孕むこと。そして産むことじゃ。なに。可愛い孫の顔を見せれば父上を陥落することも出来よう」


「孫っ!?」



 愕然とするコウタ。だが、リノの猛攻は留まらない。



「……さあ、わらわの愛しき人よ。今宵こそ、わらわをお主の女にしておくれ。ありったけの愛をわらわの中に注いでたもろう」



 そう告げる彼女の紫色の瞳は、とても潤んでいた。

 コウタの鼓動が跳ね上がる。



(う、うわあ、リノ、やっぱり綺麗だ……)



 ゴクリ、と喉が鳴る。

 いかに鈍感なコウタであっても、ここまで至ってしまえば、彼女の好意に気付かないはずもない。ましてや、すべてを捨ててでも自分と一緒に歩くことを選んでくれた彼女の愛を疑うこともない。


 そしてコウタもまた、彼女に深い愛情を抱いていた。

 友情でも同情ではなく、紛れもない愛情を、だ。



(……リノ)



 コウタは思う。


 たとえ、どんな敵が来ようとも。

 これから、どんな障害があろうとも。


 もう、彼女の手を離すことはない。

 それがコウタの決意だ。

 これからの生涯、彼女とはずっと一緒に生きることになる。

 なら、いっそのこと、このまま彼女の望むままに――。



『……コウタ』



 その時、不意に、幼馴染の声が脳裏に響く。

 想像の中の幼馴染は、にこやかな笑顔で告げた。



『殺しますよ』



 コウタの血の気が引いた。



「ダ、ダメだよ! リノ!」



 コウタはリノの肩を掴んで離そうとするが、彼女は離れない。

 それどころか、両手をコウタの首に回して、その柔らかそうな唇を、コウタの顔に近づけようとしている。



(うわ、うわっ!)



 もしここで彼女に唇を奪われでもしたら、きっと歯止めが利かなくなる。

 コウタは焦った。



(クッ! それなら!)



 引いてダメなら、押してみろだ。

 コウタは、彼女の両脇から背中に手を回すと、両腕で力いっぱい抱きしめた。

 とんでもなく柔らかな双丘がコウタの胸板で押し潰されるのをはっきりと感じるが、幼馴染の冷酷な眼差しを思い浮かべて理性をフル活動させる。

 一方、リノは積極的なコウタの対応に喜びを覚えるが、すぐに表情を曇らせた。

 あえて強く抱きしめることで、コウタが自分の動きを封じ込めようとしていることに気付いたからだ。



「むむ! 潔くないぞ! コウタ!」


「いや、ダメだよ! こんなのダメだから!」



 今なお、脳裏に響く幼馴染の殺意に満ちた声に心底怯えつつ、コウタは必死にリノを抑え込んだ。

 リノは「むむ! むむむっ!」と唸って、自由な両手でポカポカと叩いたりする。



「ダメだから!」



 コウタは青ざめながら叫ぶ。かつてないほどに切迫した声だった。

 リノはますますもって暴れた。



「ダメだってば! リノ!」



 先程の勇ましい宣言もどこへやら。

 今は愛情を爆発させる子猫を抑えつけるだけで、精一杯のコウタだった。


 はてさて、彼らの未来がどうなるのか。

 それはまだ何も決まっていない。

《黒陽社》の長である彼女の父親が、どう動くのかも分からない。



「――コウタ!」


「だから、ダメだって!」



 けれど、今は彼女の温もりを感じて。

 しっかりと、コウタは彼女を抱きしめるのであった。

 もう二度と離さないという想いも密かに乗せて。



「ダメだからね! リノ!」



 ただ、同じぐらい幼馴染が怖すぎて、情けない台詞が途切れることはなかったが。

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