第五章 始まりの《星》③
「――アハハっ!」
リノは、満面の笑みを浮かべていた。
彼女はずっとコウタと手を繋ぎっぱなしだった。
大通りを歩く時も、店舗に入る時も決して離そうとしない。
メルティアの推測通り、かなり深刻にコウタ成分不足だったのだ。
それを今、存分に補給していた。
時折、ぎゅうっと腕に抱きついてくる。
その度、豊満なおっぱいを押し付けられるコウタは真っ赤になっていた。
「コウタ! コウタ!」
と、意味もなくコウタの名を呼ぶリノ。
あまりにも仲睦まじすぎて、端からみると完全にバカップルである。
大通りの通行人達が羨まし――もしくは恨めし――そうに二人を一瞥していた。
まあ、厳密に言えば、もう一人――いや、もう一機、同行者がいるのだが。
「……ヒメ。トテモゲンキダ! ヨカッタナ! コウタ!」
蒼いゴーレム。三十三号こと、サザンXである。
サザンXはガシュン、ガシュンと足音を立てて、コウタ達の後についてきていた。
「う、うん……」
コウタは、サザンXに目をやった。
「リノは元気なのはいいことだよ。けど、君って三十三号だよね?」
見事なまでに蒼くなったゴーレムに、コウタは話しかける。
ゴーレムは「……ウム!」と頷いた。
「……ヒサシイナ! コウタ!」
「うん。元気そうで何よりだよ」
コウタは笑う。
「当り前じゃ」
その時、リノも会話に加わった。
「サザンXは今やわらわの騎士。丁重に扱っておる」
「……う~ん、そっか」
しっかりと自分の腕を掴むリノに、コウタは複雑な表情を見せた。
(……メルがどう思うかな?)
言うまでもなく、ゴーレムはすべてメルティアによって作られた鎧機兵だ。
メルティアにとっては愛しき我が子達。
その一機が、いくら丁重に扱われているとしても、真っ青に染められていてはどう思うのだろうか。そもそも三十三号は強奪された機体である。
(……怒るだろうなぁ)
もしくはギャン泣きか。
そう思うと、コウタは溜息が零れそうになるが、ともあれ今は――。
「ありがとう。ボクとの約束。守ってくれているんだね」
――リノを守って欲しい。
かつて交わした約束を、律義に守ってくれているゴーレムに感謝の言葉を告げる。
するとサザンXは、
「……ウム! キニスルナ!」
陽気な声でそう答えた。コウタは笑みを零す。と、
「……ソレニ、ヨロコベ! コウタ!」
サザンXが、さらに言葉を続けた。
コウタが「え?」と目を瞬かせると、サザンXは、ゴンと自分の胸部装甲を叩く。
「…‥モウヒトツノ、ネガイモ、カナエズミダ!」
「へ? もう一つって?」
コウタが眉根を寄せた。
何故か、サザンXは自分の装甲を叩き続けている。
そこに何かあるのだろうか?
そう思っていたら、
「サ、サザンX!?」
リノが、唐突に叫び出した。
どうしてか彼女の顔は真っ赤だった。
リノはコウタから離れると、両手でサザンXの肩を抑えた。
「お主! 何を言っておるのじゃ!」
「……??? イマ、ワタシタラ、ダメナノカ?」
「時と場所を考えよ!」
「……ダイジョウブ。キレイニ、トレテイル。ホカンモ、バッチリ」
「そういう問題ではない!」
と、そんなやり取りをしている。
コウタとしては首を傾げるだけだ。
「ま、まったくもう……」
ともあれ、リノはサザンXを説得(?)したようだ。
「……ウムウ」と呻きつつも、サザンXはそれ以上語るのを止めた。
「危なかったのう。あんな物を今のタイミングで出されては、わらわが羞恥心で死ぬところであった」
「え? 何それ?」
コウタは目を丸くする。
対し、リノはコホンと喉を鳴らし、「今は気にするでない」と返した。
「それよりもじゃ」
リノは再び笑顔を見せて、コウタの腕に抱きついた。
「リ、リノ……」
コウタの顔が赤く染まる。
何度抱きつかれても、これだけは一向に慣れない。
何せ、彼女は色々な部位も含めてメルティア並みに可愛いのだ。
「わらわはまだまだ満足しておらん」
すりすり、と腕に頬を摺り寄せる。
「何せ、ギンネコ娘、蜂蜜ドリル、ロリ神と違って、わらわはずっとお主に会えなかったからのう。成分不足が深刻なのじゃ」
「……ええっと」
コウタは頬を引きつらせた。
「なんでだろう? いま挙がった不思議な名称が全員分かるような気がする」
と、呟いてから首を傾げた。
「けど、メルはともかく、リーゼとアイリって、確かリノと直接の面識はなかったよね? なんで知っているの?」
「そんなもの調べたからに決まっておろう」
リノは鼻を鳴らした。
「コウタに近づく女どもじゃ。知っておくのは当然じゃ」
「い、いや、女って……」
コウタは困った顔をした。すると、リノはさらに続ける。
「他にも知っておるぞ。ジェシカとかな」
「………え?」
これには、コウタも目を剥いた。
それは、あまりにも予想外の名前だった。
「え? なんで、リノがジェシカさんのことを知っているの?」
「ふん。あやつとも多少、縁があってのう。それよりも」
リノは、コウタの顔を両手で挟んだ。
「またマナー違反じゃな。わらわといる時にあまり他の女の話をするでない」
「う、で、でも……」
気になるものは気になる。
コウタが言い訳しようとするが、リノはそれを許さなかった。
「罰じゃ」
すっと手を離し、流れるような動きでコウタの右腕を抱きしめて拘束する。
「近くの工芸店に行くぞ。わらわに何かプレゼントするのじゃ」
「へ? プレゼントって……」
コウタは困惑するが、リノは「さあ! 行くぞ!」と言って歩き始める。コウタもつられて歩き出した。
(……まあ、いっか)
リノとは久しぶりの再会だ。
プレゼントの一つをするのも悪くない。
「うん。分かったよ」
そう言って、コウタが、リノと並んで歩き出そうとした時だった。
「……中々仲がよろしいようですな。姫」
不意に、背後から声を掛けられた。
――ぞわり、と。
コウタの背中に悪寒が走る。
そして、コウタは振り向いた。
「何じゃ。お主か」
リノも同じく振り向く。
「わらわの至福の時に、わざわざ声を掛けるとはどういうつもりじゃ?」
と、不機嫌そうに、その男をジト目で睨みつける。
年齢は三十代後半ぐらいだろうか。
黒いスーツで全身を固めた男。右側の額に大きな裂傷を持つ、頬のこけた人物だ。
まるで研ぎすぎた刃のような印象を抱かせる男だった。
「申し訳ありません。姫」
男は、恭しくリノに頭を垂れた。
「ですが、その少年に用があるのは吾輩も同じですので」
言って、コウタを一瞥する。
一方、コウタは緊張を隠せなかった。
喉が渇き、無意識の内に腰の短剣の柄に手が伸びる。
全身の細胞が、危機を告げていた。
「やめておけ」
しかし、男は手を突き出して、コウタを制止させた。
周囲に目をやる。そこはまだ大通りの一角だ。通行人の姿も多い。
男は、ふっと口角を崩した。
「こんな場所で刃傷沙汰は、互いに面倒なだけであろう」
「…………」
コウタは無言のまま、表情だけ険しくした。
そんな敵意むき出しの少年に、男は肩を竦めた。
「久しいな。少年よ」
「……ああ」
コウタは、ポツリと返す。
コウタにとっての始まりの《星》。
傷の男――《金妖星》ラゴウ=ホオヅキは、不敵に笑った。
 




