第八章 贈られしモノ②
『――クッ!』
リーゼは呻き、愛機を後方に跳躍させた。
しかし、その後を追って、ブオンと巨大な鎚が襲い来る。
眼前に対峙する敵機の一撃だ。
リーゼは《ステラ》に盾を身構えさせて鎚の直撃を防いだが、想像以上に重い一撃に機体は大きく吹き飛ばされてしまった。
『――くうっ!』
ふらつく愛機を立て直そうとするリーゼ。そんな彼女を守るため、ゴーレム達は我先にと素早く移動し、敵機の前に立ち塞がった。
『チイィ、邪魔な連中が……』
黒い鎧機兵を駆る操手が舌打ちする。
この小型鎧機兵はそこそこ腕力が強い。纏わりつかれては厄介だ。
巨大な鎚を両手で持つ黒い鎧機兵は、やむを得ず追撃を諦め、身構えた。
それに対し、ゴーレム隊は間合いを測り、黒い鎧機兵を牽制する。流石に損傷が目立ち始めてきたゴーレム達だが、その俊敏さは未だ健在だ。
互いに間合いを測る大小の鎧機兵達。
その光景はまるで狼の群れと、戦士の戦いのようだった。
(……くッ! 《ステラ》急いで!)
一方、その隙にリーゼは愛機の体勢を整え直していた。
機体に大きな損傷ははないが、正直かなり危ない状況だった。
リーゼはふうと嘆息し、操縦棍を強く握りしめ、
『小さなみなさん。助かりましたわ。後ろに下がってくださいまし』
と、ゴーレム隊に指示を出す。すると、足元のゴーレム達は「……リーゼ、ガンバレ」と声援を贈りながら《ステラ》の後方に移動した。
リーゼは敵機を牽制しつつそれを見届け、再度、小さく呼気を整えた。
その白い肌には玉のような汗が滲んでいる。
こうやってゴーレム達と協力し、戦い続けて早や五分。
最初は優勢だった戦闘も、徐々に押され始めていた。
流石は裏社会で生きる犯罪組織。
冷静ささえ取り戻せば、その力は侮れない。
特に今対峙している巨大な鎚を持つ鎧機兵は、鎧装のデザインこそ他の機体と似たようなものなのだが、その操手の実力は群を抜いていた。
リーゼもゴーレム達の援護がなければ、すでにやられていたかもしれない。
(……これが《黒陽社》の戦士ですか)
リーゼは微かに喉を鳴らす。
やはり自分はまだ学生。修行中の身だと思い知らされる気分だった。
(ともあれ、終了時間まではあと少し。それまでは……)
と、自分を鼓舞しようとした時、
『――お嬢!』
近くの場所で、別の敵機と対峙していたジェイクが声を張り上げる。
『お待ちかねの時間だぜ!』
言って、ジェイクの愛機・《グランジャ》が左腕の砲身を地面に向けた。
『ッ! 貴様ッ!』
異常を察した敵機が止めようとするが、もう遅い。
ジェイクの《グランジャ》はズドンッと砲弾を撃ち出した!
ただし、それは通常の砲弾ではない。
逃走用の煙幕弾だ。
『くそッ!』『おのれ! 逃げる気か!』
濛々と広がる白煙の中で、黒服達が罵声を上げる。
そんな声を背に受けながら、ジェイク達は迅速に撤退した。《グランジャ》、《ステラ》、ゴーレム達が次々と森の中へ姿を眩ます。
あとは、ひたすら森の中を駆け抜けるだけだ。
『これで合流ポイントまで逃げ切るだけですわね!』
『……ああ、そうだな』
少し弾んだ声のリーゼとは対照的に、ジェイクの声はわずかに沈んでいた。
リーゼは訝しげに眉根を寄せる。
『……どうかしましたの? オルバン』
『いや、何でもねえよ。上手く行きすぎてちょい不安になったってやつさ』
言って、ジェイクは苦笑を浮かべた。
実は、彼のこの台詞は全くのウソであった。
ジェイクが眉をひそめる理由は、先程見てしまった《万天図》にある。
敵の総数を調べるため、目を通した《万天図》。
そこには《ディノス》を示す恒力値と、あの忌まわしい黄金の機体が持つ、馬鹿馬鹿しいまでの恒力値が記されていたのだ。
(――くそッ! あの牛ヅラ野郎! どこにも姿がねえと思っていたら、コウタ達を待ち伏せしてやがったのか!)
一体どうやってコウタ達の動きを予想したのか。
詳細は分からないが、いずれにしろコウタ達は今、奴と対峙しているのだろう。
――あの圧倒的な力を持つ化け物と。
しかし、ジェイクはこのことをリーゼに告げるつもりはなかった。
教えればコウタ達を救援に行くと言い出すのが、目に見えているからだ。
(……すまねえ、コウタ)
ジェイクは歯を軋ませた。
素直な気持ちとしては、自分も救援に行きたい。
だが、自分は今この部隊の指揮を執っている。救出した《星神》達やリーゼ。やけに人間くさいゴーレム達も含めて、多くの命を背負っているのだ。
ここで安易な行動をしては、逆にコウタの信頼を裏切ることになる。
(コウタ……)
ジェイクは顔を歪めて、ただ祈る。
(どうにか奴を出し抜いてくれ。メル嬢と一緒に戻ってこいよ)
◆
『はああああッ!』
裂帛の気合と共に振り下ろされる大剣。
それを《金妖星》は斧槍の柄で軽々と凌いだ。
『ふふっ、いいぞ少年。かつてないほど気力が充実しているな!』
『ああ、おかげ様でね!』
竜装の鎧機兵・《ディノス》はさらに連撃を繰り出した。
膂力で劣る以上、手数で攻めるしかない。
しかし、ラゴウは全く動揺しない。
『ふははっ、心地良いリズムだぞ!』
右から左、縦から斜めへと、次々と煌めく処刑刀を、《金妖星》はただの一歩も下がることなくすべてを打ち落した。
コウタは舌打ちする。やはり技量でも格上なのか。
ならば、とその場で《ディノス》を反転させ、尾の殴打を試みるが、それも後方に跳ばれて悠々と回避された。
『……ふふ。中々面白い趣向だが、尾の扱いならば吾輩も自信があるぞ』
ラゴウがそう呟くと、《金妖星》の蛇頭の尾が動き出した。
本来、鎧機兵の尾とは、機体のバランサーを担う部位なのだが、《金妖星》のそれは完全に別物だった。なにせ、尾でありながら鎌首をもたげるなり、アギトを剥き出しにして襲い掛かって来たのだ。
『――クッ!』
巨大な蛇の襲撃に対し、回避不能と判断したコウタは咄嗟に《盾》を生み出した。
それは《黄道法》の闘技の一種。
恒力を一時的に自分のイメージ通りに物質化する構築系と呼ばれる技法だ。
だが、構築できる時間が短く、しかも見えないことから信頼性が乏しいということで、他の放出系などと比べれば、あまり使われない技法でもある。
とは言え、この場では大いに役に立った。一瞬で壊れ、あっさりと消えてしまったが、不可視の《盾》は大蛇の一撃をどうにか凌いだのだ。
――しかし、
『ほう。構築系まで使えるのか。だが甘いぞ、少年』
『――ッ!』
蛇の本体である《金妖星》が、いつの間にか眼前に立ち塞がっていた。
しかも、断頭台のような斧槍を大きく横に振りかぶっている。
『――ぐうッ!』
コウタが舌打ちし、《ディノス》は大剣を縦にして身構えた。
そして襲い来る斧槍。
直後、凄まじい衝撃が機体を揺らす。
恒力値・三万ジンを超す膂力はまさに桁違いだった。
盾にした大剣ごと真横に吹き飛ばされた《ディノス》は、何度か地面にバウンドして衝撃を逃がし、ようやく停止した。
(……くそ)
コウタは苛立ちで歯を軋ませた。
この現状を前にしては嫌でも思い知る。
機体の性能。操手の腕。経験の差。
すべてにおいて、ラゴウは自分を凌駕している、と。
(やっぱり、こいつには勝てないのか……)
と、コウタが強い焦燥を抱いたその時、
「……コウタ」
彼の腰を掴み、後ろに座るメルティアが声をかけてきた。
少女はギュッとコウタにしがみつき、言葉を続ける。
「提案があります。《悪竜》モードを使用して下さい」
「……え? 《悪竜》モードを?」
コウタは大きく目を見開いた。
その力はすでに破れている。あの男に通じないのは立証済みだ。
「……メル。残念だけど《悪竜》モードは通じないよ。今のボクの技量じゃあまだ扱い切れない力だ」
「分かっています。と言うより、あんな力を扱おうと思わないで下さい」
と、メルティアは不貞腐れたように告げる。
「あれは欠陥品です。技術者として、操手の技量で機体の欠陥をフォローしてもらうのは納得いきません。噂に聞く《七星》の第三座という人は邪道です」
「……は、はあ」
いきなりそんなことを言い出す幼馴染に、コウタは困惑混じりの声で返した。
それに対し、メルティアは淡々と話を続ける。
「だから私は考えました。どうすれば欠陥を改善できるのかを」
言って、彼女はコウタの腰から手を離し、操縦席の後方に手を伸ばした。
そして壁――要は《ディノス》の背中をパカッと開き、中から金色のティアラのようなものを取り出した。彼女はそれを自分の額に装着して、
「ででーん」
久しぶりに聞く自発的効果音を口ずさむ。
「これこそが《ディノス》の秘密兵器。改善版の真なる《悪竜》モードです」
「し、真なる《悪竜》モード!?」
唐突すぎる内容に、コウタは目を丸くした。
「何それ!? 改善版!? いつ《ディノス》にそんなの仕込んだの!?」
ただただ唖然とする。《悪竜》モードに関しては、コウタも試運転にも付き合ったので知っていたが、それに改善を加えていたなど完全に初耳だった。
「完成したのは最近です。サプライズ的なお披露目をしようと考えていました」
そう言って、メルティアは大きな胸を逸らした。
コウタとしては言葉もない。戦闘に使う自分の愛機なのだから、サプライズ的なものはいいから、すぐに教えておいてくれというのが本音だった。
「と、ともあれさ」
コウタは気を取り直して尋ねる。
「それって、今までの《悪竜》モードとは違うの? もしかしてメルが言ってた策ってこれのこと?」
こちらの様子を窺うあの《金妖星》に、果たして通じる力なのだろうか。
最も知りたいのはそれだ。
すると、メルティアは「はい。その通りです」と答え、
「この真なる《悪竜》モードは私がいないと起動しません。だからこそ、私は《ディノス》に乗ったのです」
「メルがいないと起動しない? どうしてまた……」
コウタが疑問を口にすると、
「コウタ」
メルティアはコウタの背にギュウッと抱きつく。
「私を信じて下さい。《ディノス》はきっとあなたに応えてくれます」
「い、いや、それは信じてるけど……」
コウタは前を見据えたまま、顔を赤くする。
背中から伝わる暴力的な胸の感触に、ドキドキが隠せない。そんな少年の気持ちに気付いているのかいないのか、メルティアは真摯な声で言葉を続けた。
「コウタ。剣は捨てずに《悪竜》モードを使用して下さい。話はそれからです」
「……メル」
彼女の声に、コウタも冷静さを取り戻す。
――そうだ。今はただメルティアを信じるのみだ。
「……分かったよ、メル。どちらにしろこのままだとあの男に負ける。メルの言う真なる《悪竜》モードに賭けてみよう」
それから「しっかり掴まってて」と少女に告げ、操縦棍を握りしめる。
コウタは小さく呼気を整えた。
(……《ディノス》。悪いけどもう一度付き合ってもらうよ)
と、心の中で無茶ばかりさせてきた愛機に語りかけ、
「……行くよ。《ディノ=バロウス》」
その真の名を呟いた。
途端、竜装の鎧機兵の両眼と、竜頭の手甲の瞳が赤く輝き始める。
その様子に眉をしかめたのはラゴウだった。
『……ム。何だ。またその力か。流石にそれは意味がないぞ少年』
そう言って、愛機の中で嘆息する。
いかに気力が充実しようが、力の制御とはどれほど修練したのかがモノを言う。精神力だけで力が制御できるようになるならば苦労などしない。
主人の失意を感じ取り、《金妖星》もどこか気落ちした様子だった。
が、その時だった。
『――ッ! なにッ!?』
ラゴウは思わず息を呑んだ。
目の前の竜装の鎧機兵が、前回見た時とまるで違う変貌をし始めたからだ。
漆黒の鎧装自体には変化はなく、鎧の隙間から赤い炎が噴き出したのだ。
その炎は手甲や胸部装甲、具足などの鎧の部位だけを残し、全身を瞬く間に覆った。頭部まで黒い二本角以外は炎に包まれている。
『な、何だこれはッ!?』
初めて大きな動揺を見せるラゴウ。
一瞬、何かの異常かと思ったが、恒力値は前回と同じく七万二千ジンを示し、炎に包まれた機体も何事もなかったかのように動いている。
ラゴウは唖然として呟いた。
『これは……第三座とは違う力なのか?』
赤く赤く燃える機体。
例えるなら、人の形をした炎が、竜を象った漆黒の鎧を着たような姿か。
流石にこんな現象は、ラゴウも見たことも聞いたこともない。
まさしく炎の魔人。煉獄より顕現せし悪竜の騎士だ。
真の姿を顕現させた《ディノ=バロウス》がゆっくりと歩を進める。
歩く度に、赤い炎が撒き散らされた。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
そして雄たけびと共に。
悪竜の騎士は、処刑刀を静かに薙いだ。




