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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第9部

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第二章 白金の風①

「う~ん……」



 青年は、両腕を上に大きく伸びをする。



「今日もいい天気だな」



 歳の頃は二十代前半か。黒い瞳に、毛先だけがわずかに黒い真っ白な髪。白いつなぎが印象的な青年だ。

 ――アッシュ=クライン。

 コウタの実の兄である。

 周囲は、点在する家屋と田畑が目立つ長閑な風景。

 彼の背には、一つの店舗がある。

 クライン工房。彼の店だ。



「あら。休憩ですか? クライン君」



 その時、彼に声をかける人間がいた。

 青年は振り向いた。

 そこにいたのは一人の女性だった。

 藍色の髪に蒼い瞳。整った鼻梁に、スタイルも申し分ない美女。

 ただ、彼女において一番印象に残るのはメイド服か。

 ――シャルロット=スコラ。

 リーゼのメイドである。

 本来ならば、常にリーゼと行動を共にする彼女だが、アティス王国に来てからは、むしろ彼の傍にいることが多い。

 青年自身は知らないが、これはリーゼの計らいだったりする。



「おう。シャル」



 青年は、ニカっと笑った。

 ただ、それだけでシャルロットがときめき、幸せを感じているとは知らずに。



「アイリ嬢ちゃんと、ジェイクは帰ったのか?」


「はい」



 シャルロットは頷く。



「二人とも王城に戻られました」


「そっか。シャルはまだ良かったのか?」


「はい。ただ、私も昼食をご用意してから失礼させていただきます」


「おう。悪いな。シャル」



 再び、青年が彼女の名を――愛称を呼んだ。



(ああ、何ということでしょうか……)



 表向きは平然を装いつつ、シャルロットの心情は有頂天になっていた。



(またクライン君が私を愛称で呼んでくれました)



 ただ、それだけで。

 シャルロットの豊かな胸の奥にある心臓が弾んだ。

 実は、シャルロットを『シャル』の愛称で呼ぶのは彼だけだった。

 昔、彼にお願いしてそう呼んでくれるようにしてもらったのだ。

 それを、彼は今も忘れず続けてくれているのである。



(ですが、もうこの程度で満足してはいけません)



 シャルロットは、静かに決意を固めた。

 シャルロットと、彼の出会いは五年前のことだった。

 ――越境都市『サザン』。

 その地でシャルロットと、当時傭兵だった彼は出会った。

 あの騒動は、本当に唐突だった。

 皇国で再会した、当時傭兵だったバルカスとの決闘。

 それに敗れ、貞操の危機だったところを、彼に助けてもらった。

 コウタ達にも語った内容だ。

 ――が、その後に、さらにもう一騒動があったのである。



(私も視野が狭かったものです)



 シャルロットは嘆息する。

 今思えば、とんでもない失態である。



「ん? どうかしたかシャル?」



 青年が尋ねてくる。

 シャルロットは「何でもありません」と返した。

 ――あの日。彼に身柄を保護してもらった後。

 とある宿にて、ようやく気絶から目を覚ましたシャルロットは、恩人である彼をバルカスの仲間と誤認して襲い掛かったのである。

 しかし、二人の力量差は歴然だった。

 短剣まで持ち出したのに、素手の彼に全く敵わない。

 シャルロットは、容易く動きを封じられ、彼の腕の中に囚われてしまった。

 彼女は必死に足掻いた。最悪は自害さえも考えた。

 だが――。



『お前は俺に負けたんだ。自害する権利なんてねえんだよ。いいか、よく聞け』



 彼は、言った。



お前は・・・もう俺の・・・・モノなんだ・・・・・。今さら足掻くな。黙って受け入れろ』



 コウタが聞けば、きっと絶句することだろう。

 彼をよく知る者にとっては、とても信じられない台詞である。

 けれど、彼は確かにそう宣言したのだ。

 そうしてそのまま彼の腕の中で、シャルロットは心を手折られていった。


 ――一つ一つ。

 矜持も、不安も呑み干されて。


 彼女の心は、完全に彼に掌握されてしまった。

 そして最後には自分の意志で、自分は彼の女であると宣言していたのである。

 まあ、後で事情を聞くと、それはやむを得ない芝居だったようだが、シャルロットの心がその時奪われたのは事実だ。



(そして、それは今も変わりません)



 シャルロットは微笑む。

 自分は彼の女だ。その事実は揺らがない。



「そろそろ工房に戻るか」


「はい。そうですね」



 工房に向かって歩き出す青年に、付き添うシャルロット。

 シャルロットは横目で彼の後姿を見つめた。



(けれど)



 シャルロットは一瞬だけ瞳を閉じる。



(私は、まだ完全には彼のモノになっていません)



 心はすでに彼のモノ。

 しかしながら、彼に貞操まで捧げる機会がなかった。

 それが当時からの心残りだった。

 だからこそ、名実ともに彼のモノとなる。

 それこそが、彼女の密かな来訪目的であった。

 そのための裏準備は、直実に進めていっている。

 頼りになる――生涯を共にする同志も、すでに得ていた。



(後は私と彼の気持ちだけ)



 シャルロットは、グッと拳を固めた。

 再び青年の背中を見つめる。



(ファイトです。私)



 ここにも一人。

 意志を固める女がいた。

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