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第八章 贈られしモノ①

「いやはや、困ったものだな」



 蒸し暑さを感じる月夜の下にて。

 コウタ達の前に立ち塞がるラゴウは、呆れたように口角を崩した。



「こうも早く再会するとは、流石に思わなかったぞ少年。五年の猶予などと嘯いていた手前、若干気恥ずかしささえ感じてしまうぞ」



 そう言って、あごに手をやる。

 傷持つ男のもう片方の手には、すでに儀礼剣が握られていた。



「……へえ。そうなんだ」 



 対するコウタは、背後のメルティアを庇いつつ、



「だったら、ここでは会わなかったことにしてもいいよ」



 皮肉気にそう言い返した。結構本音でもある。

 出来ることなら、この男には退散して欲しかった。それも永久に。

 しかし、ラゴウはただ笑みを深めて。



「ふははっ、面白いことを言ってくれる。しかしまあ、確かに本来ならばヌシらよりも襲撃者や《商品》の防衛を優先すべきなのだが……」



 そこで《黒陽社》の支部長は肩をすくめた。



「どうしてもヌシらの方に興味があったのでな。我ら《黒陽社》の教義には『欲望に素直であれ』というものがある。吾輩はやるべきことが複数あった時は、自分が最もしたいことを優先するように心掛けているのだ」


「……それはまた、随分とシンプルな教義だね」



 と、軽口を叩きながら、コウタはラゴウの隙を窺っていた。

 しかし、その佇まいは何度見ても完璧だった。

 まるで周辺の景色と一体化しているような自然体だ。

 少しでも気を抜けば瞬時に殺される。直感がそう告げていた。



(やっぱりこいつは化け物だ……)



 夏の夜に、コウタは冷たい汗を流す。

 忌々しく思うが、戦士としては遥かに格上の相手だ。

 一対一では絶対に勝てない。それは先の戦いで思い知っている。



「……コウタ」



 すると、背後にいるメルティアが小さな声を上げた。

 顔を見ずとも、彼女が強い不安を抱いているのは明らかだ。



(……どうする)



 コウタは微かに表情を歪めた。

 ここでラゴウに出くわすなど想定外であり、完全に詰みの状態だ。

 しかし、だからと言ってメルティアを再び渡す気はない。

 あんな想いは、二度と御免だった。



(……メルは)



 コウタは覚悟を決め、すっと目を細める。



(メルは、今度こそボクが守る)



 そう決意し、少年は一歩前に踏み出した。

 そして、腰に差している短剣の柄を強く握りしめる。



「コ、コウタ!」



 雰囲気の変わった少年の様子に、メルティアは息を呑んだ。



「ダ、ダメです! この男には勝てません! ここは私が――」



 と、言いかけたメルティアの台詞を、



「――メル!」



 コウタは鋭い声で遮った。



「ボクは二度とあんな真似を君にさせない」


「で、ですが、コウタ……」



 メルティアは泣き出しそうな顔でコウタの背中を見つめた。



「ふふっ、少女よ」



 すると、その様子を窺っていたラゴウがメルティアに話しかける。



「男とは意地を張りたがるものだ。そこは察してやれ。何よりその少年が女を差し出して戦いを避けるような男ならば、吾輩は即座に殺すぞ」


「…………」



 ラゴウの言葉に、メルティアはただ沈黙した。

 こうも明確に意志を告げられては、もはや交渉など意味がないだろう。



「……メル」



 その時、今度はコウタがメルティアに語り始めた。



「あまり認めたくはないけど、この男の言う通りだよ。ここはボクに意地を張らせて。勝ち目があるとかないとか関係ない。何もせずに君を奪われるなんて絶対に嫌だ」


「……コウタ」



 不安そうなメルティアにコウタは一度だけ振り向き、笑顔を見せ、



「最後まで足掻く。付き合ってもらうよ。ラゴウ=ホオヅキ」



 コウタはラゴウを睨みつける。

 その眼差しは、どこまでも鋭かった。



「ふふ、それは吾輩も望む所よ」



 言って、ラゴウは儀礼剣を抜き放った。



「よき気迫だ。今のヌシは先の戦いよりも楽しめそうだ」



 そう告げるラゴウの態度は、実に堂々としたものだった。

 まさしく歴戦の勇者の佇まいである。

 が、それに対し、コウタはわずかに眉をひそめた。



「……ずっと思ってたんだけどさ」



 そして密かに思っていた疑問を口にする。



「あんたって、どうも犯罪組織の人間に見えないんだよね」



 ラゴウの佇まいや、その精神は悪党と呼ぶには程遠い。

 むしろ騎士に近い男であり、犯罪組織の大幹部と言われても疑問に思ってしまうというのが、コウタの率直な感触だった。



「まるで英雄譚に出てくる大昔の戦士みたいだ」



 と、少年らしい素直さで呟く。

 しかし、当のラゴウとしては、何とも面映ゆい評価であった。



「いやはや、それは……」



 ラゴウは少しばかり目を瞠り、



「ふふ、ふはははっ! これはまた気恥ずかしい事を!」



 そして思わず破顔する。

 が、しばし笑ってから目を細めて。



「まあ、犯罪組織の人間とて終始、残虐非道でもないだろうが、こと吾輩に関しては誰に対してもこんな態度を取っている訳ではないぞ。吾輩が戦士のように見えるのならば、それはヌシやそこの少女が吾輩にとって価値のある人間だからだ」



 そう言って、ラゴウはコウタとメルティアに目をやった。

 それから「誤解なく告げよう」と前置きし、



「吾輩は間違いなく外道だ。自分の価値観だけがすべてでな。吾輩にとって価値のない者には何の情もわかんのだ。無価値ならば女子供でも殺すことに躊躇ったことはないな。自分にとって価値ある者しか認めない。それが吾輩であり、我ら《黒陽社》だ」



 ラゴウは一歩前に進み出てそう宣言した。

 そして、抜き身の儀礼剣をすっと眼前に構えて、コウタを見据える。



「少年よ。力を示せ。今一度、吾輩にとって価値のある人間であることを証明せよ。それが出来なければヌシは永遠にその少女を失うぞ」



 言って、静謐な殺意をぶつけてくるラゴウに、コウタは全身を緊張させた。

 どうやら、完全にこの男の性格を読み違えていたようだ。



「……前言撤回するよ。清々しいまでの自己中だ。教義通り自分の欲望をただ優先させていただけなのか。噂通りの組織だね」


「ふふっ、少年よ。吾輩にとってはそれもまた褒め言葉だぞ」



 そう嘯いて、ラゴウは笑う。



「さて。談笑ももういいだろう。そろそろ力で語るか」


「……ああ。そうだね」



 そして二人の戦士は、互いの愛機を喚び出した。


 片や、黄金の鎧機兵。

 蛇頭の尾を持ち、断頭台の如き斧槍を携えた牛頭の巨人。


 片や、黒と赤で彩られた鎧機兵。

 二本の角と竜頭の手甲を持つ、巨大な処刑刀を携えた魔竜の騎士。


 コウタとラゴウの二人は、それぞれの愛機に乗り込もうとした。

 が、その時。



「コウタ!」



 メルティアが少年を呼び止めた。

 そして困惑するコウタに、少女は告げる。



「私も《ディノス》に乗ります」


「……え? で、でも……」



 コウタはますます困惑した。

 今から行うのは戦闘だ。それも間違いなく激戦になる。

 メルティアを乗せれば、彼女まで危険な目に合わせることになるのは明白だ。



「……メル。危ないんだよ?」



 幼馴染の意図を測りかね、コウタが困惑していると、



「……私に策があります。お願いです。コウタ」



 メルティアは確固たる意志を込めて告げる。



「あなたの傍にいさせて下さい」


「……メル」



 コウタはそれでもなお躊躇っていたが、「……分かったよ」と告げて了承した。



「君がそう言うのなら本当に策があるんだろう。一緒に戦おう。メル」


「……はい。コウタ」



 そうやり取りして二人は共に《ディノス》に乗り込んだ。

 そして竜装の鎧機兵が起動する。

 一方、その様子をすでに搭乗を終えていたラゴウが興味深そうに眺めていた。



(……ほう。あの少女も乗せたのか)



 あの少女は森の中にでも避難させると思っていたのだが、意外な対応だ。

 逃走の可能性も考えられるが、恐らく違う。

 そこでラゴウはふっと口角を崩した。

 どうやらあの二人はよほど離れたくないらしい。何ともいじましいことだ。

 しかし、それがあの少年の足枷にならないか、不安な所だが……。



(ふん、まぁ構わんか)



 ラゴウは愛機の中で目を細めた。

 いかに才覚があろうと今は未熟。殺さない程度の手加減はできる。

 せめて、わずかな逢瀬を楽しませてやろう。

 そして牛頭の鎧機兵は斧槍を振るい、ズズンと大地を踏みしめた。



『さあ、第二戦といこうか。少年よ』

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