第八章 炎より続く明日①
「――コウタさま!」
リーゼが、愕然とした声で叫ぶ。
「……ど、どういうこと?」
手を握るアイリは不安そうな顔で、リーゼを見上げた。
決着がついたように見えた戦い。
立会人であるオトハも、二機に近付いていた。
だからここで終わり。
コウタは、すべてを兄に伝えた。
リーゼ達はそう思っていた。
しかし――。
「……アシュ君」
腹部を覆うように腕を組んだミランシャが、神妙な顔で《朱天》を見つめた。
今、《朱天》は全身を真紅に染めていた。
アルフレッドとの模擬戦でも見せたことのない最強の姿だ。
「どうやら」
シャルロットがミランシャに並んで呟く。
「クライン君は、コウタ君に試練を与えるつもりのようですね」
ミランシャは視線をシャルロットに向けた。
「……ええ。それは分かるわ。けど」
眉をひそめる。
「まさか、アシュ君がここまでするとは思わなかったわ」
ミランシャの呟きに、リーゼ達はハッとした表情を見せた。
あえて少し距離をとっておいたアリシア達に目をやりつつ、小声で。
「それは、まだ戦いが続くと言うことですの?」
「ええ。でないと、あの姿にはならないわ」
「おいおい……」
ジェイクが渋面を浮かべた。
真紅に輝く鎧機兵を見据えて。
「あの状態だと、《九妖星》の二倍は強えんだろ? 幾ら何でも無茶だぞ」
強張った声でそう呟く。
全身を真紅に染めた《朱天》はこの距離でも威圧感が届くほど異様だ。
(ありゃあ、洒落にもなんねえな)
冷たい汗が頬を伝う。
思わず、微かに喉も動いた。
あれほどの威圧感は、黄金の鎧機兵と対峙した時にさえ感じなかった。
(マジで牛野郎より強いのかよ……)
――あれは、絶対的に格が違う。
ジェイクは、肌でそれを感じ取っていた。
恐らく、コウタも同等かそれ以上の危機感を抱いているはずだ。
「すでに《ディノ=バロウス》は武器を失っています」
リーゼが、ミランシャを見つめて告げる。
「万全の状態とは言えませんわ。試練をお与えになられるとしても、別の機会にはできないのでしょうか……」
「それは無理でしょうね」
ミランシャは苦笑を浮かべた。
「それも含めて、きっと試練だから。そもそも戦場では武器を失うこともあるわ。今の《朱天》が片腕を損傷しているように」
「ええ。そうですね。ミランシャさまの仰る通りです」
シャルロットも、リーゼを見つめつつ同意する。
「危機的な状況をどう凌ぐか。きっとクライン君はそう考えていると思います」
「……それは」
リーゼは、キュッと唇を嚙んだ。
「……リーゼ」
アイリは手を握ったまま、彼女の名を呼んだ。
不安なのはアイリも同じだ。
あの真紅の鬼は、過去最強の相手なのだから。
「……コウタと、メルティア、大丈夫なの?」
「それは……」
流石に命を奪うような真似はしないだろう。
だが、試練ならば、それに次ぐ危機は大いにあり得る。
(……コウタさま)
リーゼは、胸元に片手に当てた。
心臓が早鐘を打つ。
傍に寄り添えない自分を、不甲斐なく思う。
だからせめて。
「どうか、ご無事で」
それだけを祈った。




