第七章 鋼の進軍④
夜の野営地は、今や戦場と化していた。
響く剣戟音に、飛び交う怒声や悲鳴。
近場のテントは切り裂かれ、ほとんどの馬車はすでに破壊されている。
地面には横たわって痙攣する黒服達が十数人といた。
そんな中――。
「ぎゃああああああ――ッ!? 何だよ、これええェ――ッ!?」
「……オトメ、ジャナイ。ケド、タスケル」
囚われていた《星神》の少年が絶叫を上げつつ、一機のゴーレムに担がれて森の中へと消えていった。これで十四人目だ。
「「「……ウオオオオオオオオオオオオッ!」」」
「く、くそッ! これ以上《商品》を奪われるな! 奴らを喰い止めろ!」
雪崩の如く突き進む鋼の軍団を相手に、黒服達は必死に応戦していた。
しかし、劣勢は明らかだ。
鋼の軍団は素早く、力も強い。その上、疲れ知らずで刃も通らない。
いかに一流の戦士である黒服達も、こんな敵と遭遇したのは初めてだった。
「く、くそおおおおおおッ! 何なんだ、こいつらはッ!」
黒服の一人が短剣を振り回しながら、絶叫を上げた。
彼の隣では、同僚が小さな鎧機兵に急所を打ち抜かれる無残な姿があった。
ゴーレム隊の隊長機である零号の活躍だ。
「……ヒルムナ! 弟タチヨ!」
敵の一人を討ちとった零号が、スパナを振り上げる。
「……ススメ! メルティアン魔窟キシ団!」
「「「……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」
長兄の号令に、ゴーレム達は雄々しく応えた。
そして無数の工具が夜に閃く。
「――ごふっ!?」
目を見開き、下半身を押さえて膝をつく黒服。
また一人敵を打ち倒し、十五人目の《星神》もゴーレムに運ばれていった――。
一方、その頃。
「……すっげえ。つうか、えげつねえ……」
森の奥では、二機の鎧機兵が静かに戦況を窺っていた。
ジェイクが搭乗する褐色の重装型鎧機兵・《グランジャ》と、リーゼが搭乗する白銀色の軽装型鎧機兵・《ステラ》だ。
二機は恒力を最低限にまで抑えて、それぞれ大きな木に隠れており、《グランジャ》は右手に片手斧を、《ステラ》は右手に長剣、左手に盾を構えていた。
『……どうして、奴らは鎧機兵を喚ばないのですの?』
と、戦況を見てリーゼが呟く。
鎧機兵さえ喚べばここまで一方的な戦況にならないはずだ。
『ああ、そいつはちょいと分かるような気がするぜ』
すると、その問いに、ジェイクが答えた。
『多分、あいつらが小さすぎるせいだよ。なにせ自分の身長の半分もない敵だぜ? そんなの相手に鎧機兵で戦おうって考え自体が盲点になってんだよ』
という説明に、リーゼも何となく納得した。
『……なるほど。極論で言えば、幼い子供を相手に大の大人が鎧機兵で挑むのか、と同じような感覚ですわね』
『ははっ、そうかもな。しかも、あいつらってしゃべるからな。どうしても鎧機兵に見えねえんだよ。対応が対人になっちまうのさ。けどよ……』
そこでジェイクはすうっと目を細めた。
『そろそろそれも限界だな』
『……ええ。そのようですわね』
丁度、ゴーレム達が最後の《星神》を救出した時、五機の黒い鎧機兵が戦場に迫りつつあった。黒服達の鎧機兵の援軍だ。
『対人では無敵でも、あれの相手はチビ達には無理だろう。オレっち達の出番だな』
言って、愛機・《グランジャ》を動かす。左半身の外套を払い、木々の間から左腕の砲身を黒い鎧機兵の一機に向ける。狙いは右膝だ。
『お嬢。三機はオレっちが潰す。あとの二機は頼むぜ』
『ええ。了解ですわ』
と、リーゼが返答すると同時に、砲身が火を噴いた。
撃ち出された砲弾は螺旋を描き、黒い鎧機兵の右膝に直撃した。
『な、なんだと!』
黒い鎧機兵の操手が驚愕の声を上げる。
そして片足を失った機体は、そのまま前のめりに倒れ伏した。
『――クッ! 砲撃だと! 伏兵か!』
残りの四機がすぐさま散開した。
その内の一機に《グランジャ》は狙いを新たに定め、リーゼの駆る《ステラ》は森を飛び出し、別の一機へと突進していく。
『くそッ! やはり通常の鎧機兵も潜んでいたのか!』
白銀色の機体の突進に気付いた黒い鎧機兵は、迎え撃とうと身構える。
――が、
『な、なんだと! こいつら! いつの間に!』
ガクガクと機体が震える。
黒い鎧機兵の両足は、数機のゴーレムによって押さえられていた。
文字通りの足枷だ。
『――チィ!』
思わず舌打ちする黒服。相手は小型とは言え鎧機兵。その力は相当なもので一瞬だけではあるが、動きを止められてしまった。
『ま、まずい――』
操手の黒服は急ぎゴーレム達を振り払おうとするが、すでに遅い。
一気に間合いを詰めた《ステラ》の刺突が、黒い鎧機兵の頭部を貫いたのはその直後だった。両眼を潰された機体は、さらに左膝まで蹴り抜かれ、ズズンと倒れ込む。
『く、くそがあッ!』
そんな黒服の罵声が聞こえるが、眼と足を破壊されては動けない。
戦闘続行は不可能だった。
腕だけを動かして蠢く黒い鎧機兵。
リーゼは無駄に足掻くその敵機を静かに一瞥し、
(……ふう)
と、小さく息を吐く。
事実上の初実戦。内心の緊張は隠しつつ、リーゼは《ステラ》の足元にいるゴーレム達を見やり、笑みをこぼす。
実に、絶妙なタイミングの援護だった。
事前情報だと、相手は皇国において最大規模の犯罪組織。
たとえ末端であっても、まともに相対すれば、決して容易な敵ではなかっただろう。無論、負けるつもりはないが、無傷での勝利は出来なかったはずだ。
リーゼは素直な気持ちでゴーレム達に礼を述べた。
『助かりましたわ。ありがとうございます』
すると、鋼の従者達は《ステラ》を見上げて、
「……オトメ、タスケル」「……オトメ、マモル」「……リーゼハ、オトメ」
そんなことを次々と言ってくる。
リーゼは一瞬目を見開いた後、クスリと笑った。
『あらあら。あなた達は紳士なのですね』
それから愛機を残り三機――いや、丁度今、《グランジャ》の砲撃で一機大破したので残る二機と対峙する。
(さて。残りは二機ですか)
その内の一機はジェイクが対処してくれるので、彼女の担当は一機だ。
しかし、まだ増援が現れる可能性は十二分にある。
『申し訳ありませんが、迅速に片づけさせてもらいますわ』
言って、リーゼの《ステラ》は長剣を横に振るった。
そして愛機の操縦棍を握りしめ、少女は凛々しく告げる。
『さあ、かかって来なさい! 悪漢ども!』
◆
暗闇の中を、黒髪の少年は走る。
だが、幸か不幸か、この広場は月明かりで余すことなく照らされている。
人影を完全に覆うほどの暗闇ではないため、黒髪の少年――コウタは時折、テントの影に隠れて慎重に移動を繰り返していた。
もどかしさのあまり、わずかに焦りも浮かんでくる。
すでに戦闘開始から四分経過していた。
(……メル)
コウタは小さく呼気を整え、救出すべき少女の名を想う。
すでに、彼女が囚われているであろうテントには目星をつけていた。
あと少しでその場所に辿り着くはずだ。
(……よし)
コウタは人気がないことを確認し、隣のテントの影に移動する。
そして遂に目標のテントを目視できる位置に立った。
(……見張りは一人か)
テントの入り口に立つのは、黒服の男が一人。
見た所、武器の類は持っていないが、恐らく懐には短剣を忍ばせているはず。
立ち姿も自然体で、かなりの実力者であるのが窺えた。
(まともに戦うと時間がかかるな)
そう判断するとコウタは近くの石を拾った。
続けて渾身の力で空へと高く放り投げる。と、同時にコウタは走り出し、見張りの男の前に姿を現した。
「ッ! 誰だ! 貴様はッ!」
当然、見張りの男はコウタの姿に気付き、懐に手を入れるが、
――ガツンッ、と。
突如上空から降ってきた石を頭部に受け、身体をぐらつかせた。
「ッ!? くそッ! 伏兵がいるのか!?」
流れ落ちる血にも構わず、体勢を立て直そうとする黒服。
しかし、次の瞬間、目を見開いた。
音もなく忍び寄ったコウタの順突きが、黒服の男の腹部にめり込んだからだ。
見張りの男は力なく膝をつき、倒れ伏した。
「……ふう」
小さく息を吐くコウタ。どうやら一人時間差は上手くいったようだ。
そしてコウタは焦る気持ちを抑えつつ、テントの中の様子をちらりと見た。
中にも見張りがいるかもしれない。そう判断した行動だったが、そこにいたのは背を向けて佇む一人の少女だけだった。
(……ッ!)
ようやく見つけたその姿に、コウタは思わず喜びの声を上げそうになったが、グッと堪える。ここで迂闊に騒ぐ訳にはいかない。
コウタは一度小さく息を吐いてから、少女に声をかけた。
「……メル」
「――ッ!」
すると、少女は雷に撃たれたように振り向いた。
「……コウタ!」
そして少女――メルティアは笑みを浮かべた。
思わず大きな声を上げそうになる彼女を、コウタはしっと指を立てて制する。
しかし、コウタの自制心もここら辺が限界だった。
少年は無言のままメルティアに近付くと、力の限り抱きしめた。
「コ、コウタ……?」
メルティアが頬を染めて動揺するが、コウタは無言のままだった。
彼女の温もりや呼吸を、はっきりと感じ取る。
一度は失いかけた少女の存在を、全身で受け止めた。
そうして、小さく嘆息し――。
「いくらみんなの為でも、あんなことは二度とやらないでくれ」
切実な声でそう願う。
あの光景は、彼にとっては自分が殺されることよりも怖ろしかった。
あの『炎の日』を嫌でも思い出した。
(……コウタ)
そして、その気持ちが分からないほど、二人の付き合いは浅くない。
メルティアは抱きしめられながら、視線を伏せた。
「……ごめんなさい。コウタ」
そう告げると、コウタの腕の力は一瞬強くなったが、
「……ううん。ボクの方こそごめん。自分勝手な言い草だった」
言って、少し名残惜しそうに彼女を離した。
いつまでも再会の喜びを噛みしめている余裕はない。
コウタは、真剣な眼差しでメルティアを見据えて告げる。
「今、ジェイク達が陽動をしてくれている。今の間にここを脱出するんだ」
「……分かりました。急ぎましょう」
メルティアも真剣な面持ちで首肯する。
そうして二人は手を繋いだ状態でテントを出た。
外では騒ぎがますます大きくなっていた。
きっと、ジェイクやリーゼ。そして零号達が奮戦しているのだろう。
「急ごうメル」
「はい」
二人はテントの影に隠れながら森に向かって進む。
作戦としては一度森に姿を眩ませ、別の広場に向かい、《ディノス》を喚び出す。
後は恒力値を探査されないほどの最低限レベルまで落として逃走する。
朝まで逃げ切れば、騎士団も到着するのでそれまでが勝負所だ。
「よし、メル。森の中に入るよ」
そう告げて二人は森の中に入った。
この辺の地図は作戦前に頭に叩きこんである。ここを五分ほど進めば大きな広場があるはずだ。そこで《ディノス》さえ喚べれば、逃走はグンと楽になる。
ガサガサ、と。
二人は繁みをかき分け、森の中を進んだ。
そしていよいよ森を抜け、広場に出た時だった。
「ほう。月下の逢瀬か? 中々ロマンチストではないか少年」
広場に着くなり、そんな声をかけられた。
コウタ、そしてメルティアの顔から血の気が引く。
まさか、この声は――。
最悪の状況に、二人は言葉もなかった。
「……どうして」
いち早く動揺から立ち直ったコウタが呻くように尋ねる。
「どうして、お前がここにいるんだ……」
するとその男は、あごを片手でさすりながら、
「……ふむ。実際のところはただの勘だったのだが……」
そこですっと目を細めて――。
「まあ、吾輩も月に誘われ、散策していたということにしておこうか」
そう言って、彼はくつくつと笑う。
コウタとメルティアは静かに喉を鳴らした。
その言葉が示す通り。
ラゴウ=ホオヅキは、月光に導かれたかのように佇んでいた。




