第七章 《煉獄》の鬼②
(……コウタさま)
リーゼは祈るような想いで、《ディノス》を見つめていた。
彼女の隣には、同じような表情をするアイリがいて、リーゼの手を握っていた。
(あれが、お義兄さまの機体、《朱天》ですか)
真紅の角と白い鋼髪。
まるで《煉獄》の鬼を思わせる漆黒の鎧機兵。
コウタの《ディノ=バロウス》と並んでも、見劣りしない威圧感を持つ機体だ。
「……コウタ、勝てるかな?」
アイリが、リーゼの手をギュッと掴んで呟く。
あの敵が尋常ではないのは、素人のアイリでも分かるのだろう。
「……アイリ」
リーゼは強くアイリの手を握り返した。
しかし、気休めは言えない。
「……お義兄さまは《七星》最強です」
わずかに視線を伏せる。
「対し、コウタさまの今の実力は、アルフレッドさまとほぼ同等。ミランシャさまの予測は、わたくしも正しいと思いました。恐らくコウタさまに勝ち目は……」
ほぼ皆無。
それは口にはしなかったが、アイリは眉をひそめた。
「ですが、安心してください。アイリ」
リーゼは、優しく微笑む。
「この戦いは、《九妖星》を相手にする時とは違います。想いを伝えるための戦い。お怪我されないことは祈りますが、命を失うようなことだけは絶対にありません」
「……それは分かっているよ。けど、私は」
アイリは、リーゼの顔を見上げた。
「……純粋にコウタに負けて欲しくない」
リーゼはクスッと笑った。
「まあ、それはわたくしも同じですわね」
愛する人の勝利を願わない女はいないということだ。
アイリは、チラリと《ディノ=バロウス》に目をやった。
「……いつも思うけど、メルティアだけ相乗りの特権を持っているのはずるいと思う」
「……そうですわね」
リーゼも《ディノ=バロウス》に目をやって頷く。
「そろそろ、あの特権は取り上げるべきですわね」
「……うん。私達も要求すべきだよ。けど」
アイリは自分の真っ平らな胸を見た。それからリーゼの胸も見やる。
アイリは「……むう」と呻いた。
「……リーゼなら、まだ押しつければ、おっぱいの感触は伝わるだろうけど、私にはまだ無理だよ。前から抱きつくってのは無理かな?」
「え? そ、それは……」
リーゼは目を見開いた。
そしてその直後に、ボッと赤くなる。
思い出すのは、彼女の人生を決定することになった新徒祭。
純白の鎧機兵と対峙した事件だ。
「シ、シートの位置や、操縦棍の高さを調整すれば可能ですが、そ、その……」
体験談をつい語り始めてしまう。
が、すぐにハッとし、リーゼは、口元を隠して視線を逸らしてしまった。
耳や、うなじまで真っ赤だった。
「……リーゼ?」
アイリが首を傾げる。
「……どうしたの? どうして顔が赤いの?」
「い、いえ! 何でもありませんわ!」
それよりも、と続け、
「か、仮に、アイリが《悪竜》モードが制御できるようになっても、コウタさまが戦場にアイリを連れて行くことはあり得ませんわ」
「……むう」
無念そうに呻くアイリ。
リーゼは、アイリの頭を撫でた。
「……けど、権利だけは欲しいところだよ」
「……そうですわね。後でメルティアに要求しますか」
と、リーゼが頬に手を当て呟いた時。
「うわあ、何あれ……」
呆然としたアリシアの声が届く。
リーゼとアイリが、少し離れている彼女に視線を向けた。
「なんか、無茶苦茶おっかねえのが出てきたな、オイ」
続けて、エドワードも呟きも聞こえてくる。
どうやら、彼らは《ディノ=バロウス》を見て驚いているようだ。
(まあ、初めて《ディノス》を見れば当然の反応ですわね)
リーゼは苦笑した。
これは、きっと説明がいるだろう。
リーゼは、アイリの手を引いて、アリシア達の方へと足を向けた。
が、近付く前に、一度だけ足を止める。
彼女は、視線を《ディノ=バロウス》に向けた。
愛する人と、親しき友人が乗る鎧機兵は、今日も雄々しい姿だった。
リーゼは、微かに瞳を細めた。
(……コウタさま)
そして、彼女は祈る。
(どうかご武運を。そしてメルティア共に、怪我だけはなさらぬように)




