表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第8部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/531

第六章 戦いの地へ②

 場所は戻って、クライン工房の作業場ガレージ



「……へ?」



 長い沈黙を破って、エドワードが目を瞬かせた。

 一瞬だけ呆然としていたが、すぐに青ざめていく。



「お、おい? コウタ? お前、今何を言ったんだ?」



 ――仕合。

 新しい友人は、そんなことを言ったような気がする。

 それも、あの『師匠』に対して。

 そこに至って、他のメンバーもハッとしたようだ。



「おい! コウタ!」



 ロックが声を張り上げる。



「お前、師匠の素性は知っているんだろう!」



 続いて、アリシアも愕然とした。



「そ、そうよ! アッシュさんは学生に手に負える相手じゃないのよ!」



 真剣にコウタを心配して、二人はコウタに詰め寄った。

 コウタは少し困った顔で二人に目をやる。と、



「落ち着いてよ二人とも」



 コウタの代わりにそう告げる者がいた。

 苦笑を浮かべるサーシャだ。



「コウタ君は稽古をつけて欲しいって言っただけだよ」



 アッシュの愛弟子である彼女が言う。

 師はグレイシア皇国最強の戦士だ。隣国であるエリーズ国の騎士候補生が、稽古を願い出てもなんらおかしくもない。

 それは、ユーリィも同意見だった。



「うん。皇国でもよくあった」



 そう告げて頷く。



「あ、ああ、なるほど。そういうことか」



 ロックが呟く。

 指摘されて納得する。



「確かに、それならあってもおかしくないな」


「お、おう。そうだな。マジな顔してっから焦ったぜ」



 エドワードもホッとした様子だ。

 思い出すのは、初めてアッシュと対峙した日。

 彼らにとっては、今でも背筋が凍るような戦闘だ。



「あはは」



 アリシアも苦笑するように笑った。

 気恥ずかしそうに、パタパタと手を振り、



「コウタ君があんまり真剣な顔をしていたから、本気の仕合を臨んだかと勘違いしたわね」



 少し安堵した声でそう呟くのだが……。



「……勘違いではありませんわ」



 不意な指摘に少しギョッとする。

 それは、リーゼの声だった。

 彼女はとても真剣な表情を浮かべていた。



(そうですとも。これは、コウタさまの心からの望み)



 リーゼは、ゆっくりと歩き出す。

 目を瞬いて「え?」と呟くアリシア達の横を通り、彼女は青年の前に歩み出た。

 彼は、リーゼを見つめた。

 とても静かな、黒い眼差し。

 本当にコウタの瞳によく似ている。



(……お義兄さま)



 緊張を宿した、とても真剣な表情を浮かべつつ、リーゼは、いずれ自分の義兄となる青年に深々と頭を下げた。



「どうか、コウタさまの望みを叶えて上げてください。コウタさまと、本気で立ち合っていただけませんか」


「…………」



 少女の願いに、アッシュは無言だった。

 ――と、



「クライン君」



 シャルロットも歩み出てきた。そして、彼女の主人である少女の横に並ぶと、深々と頭を下げて、「私からも、お願いします」と願い出る。

 アリシアやサーシャ達は困惑していたが、事情を知るミランシャ達は、ただ真剣な顔で成り行きを見守っていた。

 アッシュの沈黙は続く。

 アッシュだけではなく、誰一人何も語らない。

 工房内に静寂が訪れる。と、



「……オト」



 不意に、アッシュが一人の女性の名を呼んだ。



「……何だ?」



 名前を呼ばれたオトハがそう尋ねると、アッシュはおもむろに言った。



「悪りいが、立会人を頼めるか?」



 一拍の間。オトハはアッシュを見つめた。

 そして言葉を返す。



「それは構わんが……」


「せ、先生っ!?」



 そこで、驚愕の声を上げたのはサーシャだった。アリシアも「ア、アッシュさん、本当に受けるんですか?」と愕然とした声で尋ねている。



「まあな」



 端的にそう告げるアッシュ。

 その言葉に、コウタは一瞬だけ瞳を閉じた。



(……ありがとう。兄さん)



 どれほど、久しぶりであったとしても。

 兄のことはよく知っている。

 いま、兄は自分の我が儘を聞いてくれたのだ。



(兄さんは本当に変わらないや)



 そう思った、その時。



「……アッシュ?」



 ユーリィが、兄の『愛娘』が眉をひそめた。

 彼女は兄の傍に寄ると、兄のつなぎの裾をギュッと掴む。

 そして、少し不安を宿す翡翠色の瞳で兄を見つめた。



「どうしたの? 様子がおかしい」


「…………」



 兄は特に何も答えない。

 ただ、優しい眼差しを向けて、彼女の頭を撫でていた。



(本当に彼女が大切なんだ)



 コウタは、頭を撫でられ目を細めるユーリィを見やる。



「その子はあなたの……」



 ――家族なんですね。

 そう続ける前に、兄ははっきりと答える。



「ああ。俺の『娘』だ」



 言葉に揺らぎはない。

 コウタは、黒い瞳を優しげに細めた。

 何となくだが。

 幼かった頃の自分と、ユーリィの姿が重なるような気がした。

 兄と弟は沈黙して、再び静寂が訪れる。と、



「仕合はなんでやる? 素手か?」



 アッシュが尋ねてきた。

 コウタは答える。



「鎧機兵で。全力を尽くしたいから。ボクが一番得意なものでお願いします」



 これも事前に決めていたことだ。

 この戦いでは、すべてを出し切りたいからだ。



「……そっか」



 アッシュが呟く。

 兄の傍らのユーリィは、より不安そうに兄の腰に掴まっていた。

 そんな少女に、兄は「……大丈夫だ。ユーリィ」と告げて、頭を撫でていた。

 そして一拍の後。



「一旦街を出るか」



 兄は、告げる。



「鎧機兵戦なら、もっと広いところの方がいいだろ」



 コウタは、グッと拳を強く固めた。

 ――いよいよだ。

 いよいよ、この時がやって来た。

 微かに息を吐き、緊張を解す。

 そうして、コウタは、はっきりと答えた。



「はい。よろしくお願いします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ