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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第1部

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第七章 鋼の進軍③

「……異常はないか?」



 不意に声をかけられ、見張りの黒服は振り向いた。

 そこには、テントから出て来たばかりの同僚の姿があった。

 その片手には何やら小さな革袋を携えている。



「ああ、異常はないさ」



 周辺を一瞥してから見張りの男は答える。

 時刻は深夜二時半過ぎ。周囲からは虫の声しか聞こえない静かな森だ。

 当然、人の気配もない。



「皇国にしろエリーズにしろ、流石にまだこの場所の特定はできないだろう」



 ふっと笑って、同僚にそう告げると、



「まあ、確かにそうだろうが油断はするなよ。それと差し入れだ。あと三十分ほどで出立だからな。腹ごしらえしておけ」



 言って、革袋を差し出してきた。どうやら夜食のようだ。

 見張りの黒服は苦笑しながら受け取った。



「ありがとよ。けど、どうせなら見張りを代わってくれよ」


「それはごめんだな。どうせあと三十分ほどだろ。我慢しろ――」



 と、言いかけた所で同僚の男は、視線を森の方へ向けた。



「……どうした?」



 見張りの男が問う。が、すぐに異常に気付いた。



「……虫の声が」


「ああ、さっきから消えている」



 数多の修羅場を越えてきた男達の勘が囁く。

 これは危険な兆候だ、と。



「……おい」



 懐から短剣を引き抜き、見張りの男は同僚に告げる。



「支部長に連絡を頼む。俺は少し探りを――」


「いや待て。何か聞こえるぞ」



 同僚は見張りの男の声を遮り、そう呟いた。

 確かに耳を澄ませば、何か聞こえてくる。

 獣の声か? 人の声か?

 いや、生き物にしては無機物すぎるような……。



「くッ! 正体は分からんが、何かが近付いてくるぞ!」


「――ああ、来る!」



 見張りの男が短剣を身構え、そう叫んだ瞬間だった。



「「「……ウオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」



 いきなりそいつら(・・・・)は現れた。

 繁みの中から砲弾の如く飛び出してきたのは、恐らくは鎧機兵。

 幼児ほどの大きさしかなく、手には何故か工具を握りしめた紫色の機兵達だ。

 次々出てくるため、その総数は把握しきれないが、数十機は確実にいる。



「な、何だこいつらは!?」


「が、鎧機兵なのか!? こんなサイズの!?」



 あり得ない光景に仰天する黒服達。

 すると、そいつら(・・・・)は獲物を見つけた獣の群れのように男達に襲い掛かってきた。



「「う、うわああああああああああ――ッ!?」」



 百戦錬磨のはずの黒服達が、思わず悲鳴を上げた。

 それはあまりにも異様な光景だった。狼狽するのも無理はない。

 しかし、紫色の鎧機兵――ゴーレム達はあらゆる意味で容赦なかった。



「……メルティアン!」「……ホロボス!」


「――ごふっ!?」「ぐぎゃ!?」



 黒服達は目を剥いて前のめりに倒れ込んだ。

 地面に横たわる彼らは、ピクピクと身体を震わせていた。

 問答無用で急所(・・)を殴打されたのだ。

 ゴーレム達の背丈は幼児ほど。彼らが工具を振り回せば、必然的にヒットするのは下半身の位置――男性にとって最悪の急所だった。

 人間ならば攻撃を躊躇うような部位も、鋼の従者達には関係なかった。

 黒服達は泡まで吹いているが一瞥もせずに放置し、ゴーレム達は進軍する。

 その先頭を駆けるのは零号だ。

 スパナを振り上げ、始まりのゴーレムは叫ぶ!



「……雑魚ニ、カマウナ! 乙女ヲタスケヨ!」


「……ラジャ!」「……マカセロ」「……オトメ、タスケル!」



 ゴーレム達は各機、了解の声を上げた。

 そして怒涛の勢いで広場を駆け抜ける鋼の軍団。

 彼らが目指す場所は《星神》達が囚われている馬車だ。



「な、何だ! 敵襲か!?」


「おい、どうした――うわあっ!?」



 異常を察した黒服達が、次々とテントから顔を出して驚愕の表情を浮かべるが、ゴーレム達は気にもかけない。

 鋼の進軍はまさに留まる事を知らなかった。



       ◆



「し、支部長! 大変です!」


「――ッ! 何事か!」



 と、答えるのはラゴウの副官だ。

 ラゴウと副官は支部長用のテントで移動に向けてルートの確認をしていた。



「どうした?」



 ただならぬ部下の様子に、ラゴウは面持ちを鋭くする。



「緊急事態か。何があった?」 



 そう尋ねる支部長に、部下は険しい声で報告する。



「――はっ! 敵襲です! 広場の右端部にて、《商品》を管理している馬車が現在襲撃を受けています!」


「なんだと!」



 と、副官が怒声を上げた。



「馬鹿な! 皇国騎士団か! それともエリーズの騎士団か!」


「そ、それが……」



 しかし、副官の設問に、報告に来た部下は一瞬困惑したような表情を浮かべた。

 その様子に、ラゴウと副官は眉をひそめた。

 いかに奇襲であろうとも彼らの部下は、いつまでも動揺したりはしない。

 だというのに、眼前の部下は明らかに未だ困惑していた。



「どうした? 敵の規模を申せ」



 長たるラゴウにも促され、部下は躊躇いがちに口を開いた。



「襲撃者の所属は不明ですが、恐らくは鎧機兵。その規模は目視で確認する限り百~百三十機ほどかと思われます」


「ひゃ、百機以上の鎧機兵だと!?」



 副官は目を大きく見開いた。

 言葉には出さないが、ラゴウも神妙そうに眉根を寄せた。

 流石にその数は、あまりにも想定外の大部隊である。



「察するに皇国とエリーズの合同部隊か。だが、どうやってこの場所を……」



 と、ラゴウが独白すると、部下の男はかぶりを振った。



「い、いえ、その前に支部長。申し訳ありません。説明不足でした。その、敵は恐らく鎧機兵だとは思うのですが、通常のサイズとまるで違います。子供の背丈ぐらいしかない鎧機兵が百十数機、我々に襲い掛かって来ているのです」



 いきなりそんな報告を受け、ラゴウと副官は目を丸くした。

 が、一瞬後には副官が怒声を上げた。



「何だそれは! まさか貴様酔っているのか!」


「い、いえ、酒など呑んでおりません! 正直私も困惑していまして……」



 と、口籠る部下の男。彼自身この状況が信じられないのだ。

 テント内が奇妙な緊迫感に包まれる。

 そしてそんな中、ラゴウはすっと黒い瞳を閉じた。



(……ふむ)



 部下の報告を疑う訳ではないが、まずは自身でも確認すべきだろう。

 ラゴウは感覚と耳を研ぎ澄ましてみる。

 すると、遥か遠くで悲鳴や怒号のような声が聞こえて来た。



「……なるほど。微かにだが騒乱の音が聞こえるな」



 あごに手を当ててラゴウは呟く。

 どうやら襲撃自体は間違いないようだ。



「では、支部長。本当にそんな小型の鎧機兵が……?」



 副官が困惑した眼差しを向けてくる。

 組織最強の戦士である上司が言う以上、事実なのだろう。



「もしや皇国かエリーズ国の新兵器なのでしょうか?」



 そう尋ねてくる副官に、ラゴウは両腕を組んで答える。



「それは何とも言えんな。皇国かエリーズ国の騎士の姿はないのか?」



 と、報告に来た部下に問う。

 それに対し、部下はかぶりを振る。



「いえ。小型鎧機兵だけです。騎士らしき姿も、従来タイプの鎧機兵の姿も現時点では確認されていません」


「……そうか」



 ラゴウは目を細めた。

 そして副官の方へ目をやり、指示を出す。



「……よし。お前が現場に向かって指揮を執れ。鎧機兵を使用しろ。小型の見た目に騙されるな。鎧機兵には鎧機兵でしか対抗できない」



 支部長の指示に副官は敬礼する。



「了解しました。支部長はどうなされますか?」


「吾輩は一つ気になることがあるのでな。そちらは任せたぞ」


「――はっ! お任せ下さい。では行くぞ!」



 副官の最後の台詞は、もう一人の部下に向けたものだった。

 そうして、ラゴウの二人の部下達はテントから退出していった。

 その姿を見届けてから、



「さて。吾輩も行くか」



 そう呟いて、ラゴウもテントの入り口をくぐった。

 外に出てみると、改めて騒ぎの大きさが分かる。火の手は上がっていないようだが、阿鼻叫喚の声がここまで響いてきていた。



「……ふん。また随分と派手にやってくれたものだ」



 思わず苦笑を浮かべてしまう。

 しかし、ラゴウの部下も無能ではない。

 右腕とも呼べる副官も送った。鎧機兵さえ使用すれば、すぐに巻き返すだろう。



(これは吾輩もぐずぐずはしておれんな)



 ラゴウは一人、目的の場所へ向かい始めた。

 この状況は正直、腑に落ちない。

 報告にあった小型鎧機兵が、グレイシア皇国か、もしくはエリーズ国の新兵器だったとしても、どうして未だ騎士の姿がどこにもないのか。

 新兵器の試験の可能性もあるが、それを救出作戦で実施するなどあり得ない。

 恐らくこれは騎士団の襲撃ではない。

 だとすれば第三者。例えば《黒陽社》に恨みを持つ組織などが考えられるが、そんな連中がいきなりここに現れるというのも説得力がない。



「……ふふ、ふはははっ」



 草原を歩きながら、ラゴウの口元からは笑みがこぼれていた。

 色々と推測しているが、結局、ラゴウの脳裏に浮かんでいるのは一つだけだ。

 理屈も推測も越えて、戦士としての勘が確信させる。

 きっと、この襲撃の黒幕は――。



「くくくっ、何ともせっかちなことよ」



 先程の戦いから、まだ一時間半ほどしか経っていない。

 五年の猶予を与えたというのに、まさかこうも早く再戦を挑みにくるとは。



「やれやれだな」



 ラゴウはくつくつと笑う。



「そこまであの少女が愛しいのか。少年よ」

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