第四章 いざ、クライン工房へ②
翌朝。
コウタは、朝早くから王城の廊下を歩いていた。
三階の窓の外には、鳥が羽ばたいているのが見える。
再会の日に相応しい晴天だった。
今の時間帯は普段の起床時間よりも早い。同室のジェイクはまだ寝ている。
コウタは、どうしても目が冴えて早めに起床したのだ。
「どこかで素振りでもしようかな」
もはや日課となった早朝訓練。
都合のいい場所はないかと、城内を進んでいたら、
「お。コウタじゃねえか」
「おはよう。早いな。コウタ」
不意に、声を掛けられた。
進んだ廊下の奥。そこには、エドワードとロックがいた。
昨日と同じく、アティス王国の騎士学校の制服を着ている。
「おはよう。エド。ロック」
コウタは破顔した。
昨日出会ったばかりの新しい友人達。
しかし、コウタ達は、半日程度でかなり仲が良くなっていた。
一番の理由は、昨日の晩の男だけのお祭り騒ぎのおかげか。
親睦を深めると理由で、コウタとジェイクの部屋にエドワード達が遊びに来たのだ。
そして少年達が夜に集まれば、当然、話題は好きな子のことになる。
『オレっちは、シャルロットさん一筋だ!』
そう堂々と宣言するジェイクに、エドワードとロックは拍手で応えた。
ちなみにコウタは、明言こそしなかったが、隠しきれない好意から、何となくメルティアなのだと認識された。メルティアの本来の姿を知らないエドワード達は『お、おう』『そ、そうか。好みは人それぞれだしな』と顔を強張らせていたが。
(そして、ロックが好きなのはアリシアさんで)
コウタは、エドワードに目をやった。
(エドが好きなのは、ユーリィさんなのか)
彼女の名を聞くと、少しだけ複雑な気分になる。
兄が溺愛しているという『愛娘』。
兄が子煩悩なのかは、流石にコウタも知らないが、エドワードの恋路が困難なのは目に見えている。「娘が欲しければ俺を倒してみろ」ぐらいは言われてそうだ。
(まあ、ミランシャさんの話通りなら、ロックの方も大変だろうけど)
誰にも気付かれないように内心だけで溜息をつく。
ジェイクも含めた三人の友人達。何気に彼らの想い人全員が、揃って兄に好意を抱いているのはどういうことか。
(……兄さん)
流石に少し頬が引きつってくる。と、
「ん? どうかしたか? コウタ?」
エドワードが首を傾げた。
「い、いや、何でもないよ。それより二人とも早いね」
「まあな」
エドワードは肩を竦めた。
「どうもベッドが豪華すぎて落ち着かねえんだよ」
「俺達は、結構小市民だからな」
ロックも、苦笑を零した。
「はは、それはボクも同じ――あ、そうだ」
ふと、思いつく。
コウタは、エドワードとロックを見据えた。
「折角だし、一つ聞きたいんだけど、二人は、アッシュ=クラインさんが戦うようなところって見たことがあるの?」
「ん? 師匠か?」
「それは戦闘を見たことがあるかという意味か?」
エドワードが目を瞬かせ、ロックがあごに手をやって尋ねてくる。
コウタは「うん」と頷いた。
すると、二人は顔を見合わせて――。
「いや、戦闘っつうか」
「俺達は初めて出会った時、戦ったな」
「え? そうなんだ?」
コウタは目を丸くする。
それに対し、二人は渋面を浮かべた。
「実は昔、街中でフラムといざこざがあってな。その場の勢いで、決闘もどきをしたことがあったんだ」
と、説明するロックに、コウタはあごに手を当てた。
「フラムって、サーシャさんのことだよね?」
「おう」エドワードが頷く。「そんで、俺とロックが、フラム相手に鎧機兵で戦うことになったんだ」
「へ? 街中で鎧機兵?」
コウタは、さっきよりも目を見開く。
エドワードは「はは」と笑った。
「うちの国はそこら辺甘いんだよ。喧嘩となるとお祭りっぽくなるんだ。鎧機兵でも。まあ、そんで戦いそのものは俺らがあっさり勝ったんだが……」
「あれは、勝ったというのか? フラムが自滅したようにしか見えなかったんだが」
と、ロックが腕を組んで唸る。
「まあ、勝ちは勝ちだろ。けど、そのせいでたまたま見物してた師匠が出てきてさ」
当時を思い出したのか、エドワードが身震いした。
ロックも顔色が蒼い。
「なし崩し的に戦闘になったんだが、それはもう酷いものだった」
「ああ。マジでな」
ロックとエドワードが、深く嘆息した。
「……何があったの?」
コウタが恐る恐る訊くと、
「まず俺は胸部装甲を粉砕された。掌底一発でな」
ロックが神妙な声で言う。
「だが、俺はまだマシな方だ。エドに至っては――」
「お、俺は……」
エドワードが喉を鳴らして呟く。
「空を飛んだ」
「え?」
コウタがキョトンとする。
エドワードは顔を強張らせながら、言葉を続ける。
「尻尾で足を掴まれてさ。そのままブンって。鳥がさ。隣を飛んでいるんだ。地面なんて遠くてよ。けど、それがドンドン近付いてきて……」
話し続ける内に、エドワードの声は徐々に小さくなっていった。
ロックがエドワードの肩を叩き、はあっと溜息をついた。
「しかもだ。当時、師匠が使った機体は胸部装甲を取り外していた師匠の愛機でな。出力も千ジンほどに抑えた機体。要は業務用にカスタマイズした機体だったんだ」
「……業務用に惨敗したんだぜ。俺ら」
エドワードの声には、もはや覇気はなかった。
(うわあ)
コウタの脳裏には、かつての兄の姿がよぎった。
傭兵を、次々と殴り飛ばしていく兄の姿だ。
(兄さん、全然変わってない)
思わず顔が強張ってくる。
「まあ、あの人はマジで化けモンってことだ」
「そういうことだな」
どこか悟った顔で二人は言う。
「……はは。そう」
コウタが引きつった顔のまま、笑う。
それから三人は、少し談笑してから別れた。エドワード達は少し小腹が空いたので食堂に向かうそうだ。
残されたコウタは、ふと外に目を見やる。
兄の話を聞いても、緊張はさほどない。
「――よし」
コウタは、パンと両頬を叩いた。
気力は充分。いよいよだ。
そして、少年は真剣な顔で決意を呟く。
「会いに行こう。兄さんに」




