第三章 王城にて②
「ふふ。緊張せずともよい。ルカのご友人の方々よ」
厳かな声が響く。
豊かな顎髭に、温和な眼差しを持つ王は、笑った。
謁見の間。
そこには多くの騎士と、三人の騎士団長達。
そして、玉座に座る王と、王妃の姿があった。
すなわち、ルカの両親である。
顔の半分を覆う豊かな顎髭のためか、ルカの話では五十を少し越えたばかりらしいが、王は老人のようにも見える。
一方、王妃は若々しく、何より美しかった。
年齢は三十代半ばとのことだが、二十代と言っても疑う者はいないだろう。
白いドレスを纏うそのプロポーションは群を抜いており、ルカによく似た面持ちは当然ながら整っている。
(ルカってお母さん似なんだ)
コウタは、そんなことを思った。
この場には今、馬車に乗っていたメンバーがそのまま勢揃いしていた。
当然、コウタ達のみならず、ミランシャや、アリシアやサーシャ達もだ。
本来は王族であるルカも、今回は玉座ではなく、コウタ達と共にいる。
完全武装のメルティアのゴーレム達に対しては、謁見の間に入る前に少し問答があったが、鎧もまた騎士の正装。武装もしていないので、どうにか許可をもらえた。
そうして簡単な――コウタにとっては緊張して仕方がなかったが――挨拶を終え、エリーズ国で過ごしたルカとの日々を語ったところで、王は破顔した。
「楽しい談話ではあるが、余の我が儘でこれ以上付き合わせるのは申し訳ない」
そう言って、双眸を細める。
「ルカよ」
「は、はい。お父――へ、陛下」
ルカが、少し緊張した様子で答えた。
「お前のご友人の方々を部屋に案内してあげなさい」
そう言って、優しく微笑んだ。
その面持ちだけで、王がどれほど愛娘を愛しているかが分かる笑みだ。
「遠方よりのご友人の方々」
王は続けて、コウタ達に目をやった。
「長旅でお疲れであろう。部屋を用意したので、今は旅の疲れを癒やされるがよい」
そこでニコッと笑った。
「話の続きは、夕食の会合で聞かせてくれ」
かなり緊張したが、それが謁見の終了の告げる台詞だった。
コウタ達一行は、謁見の間を後にした。
そして長い渡り廊下を無言で歩いていると、
「……ふうゥ」
おもむろに、アリシアが息を吐き出した。
そして細い肩を、ゴキンと鳴らした。
「謁見って、やっぱり疲れるわね」
「まあな」
そう言って同意するのは、エドワードだ。
彼も凝りを解すように肩を回していた。
「緊張は大分マシになったが、まだ慣れねえよな」
「あははっ」
すると、ミランシャが笑った。
「こういうのは、何回やっても慣れない人は慣れないものよ」
と、公爵令嬢にして、現役の騎士でもあるミランシャが告げる。
彼女も謁見はどうにも苦手だった。
「あら」
その時、リーゼが、アリシア達に視線を向けた。
「皆さんは、学生ですのに謁見の機会が多いのですか?」
「まあ、どちらかというと多い方ね」
アリシアが頷く。
次いで、隣を歩くサーシャとルカに目をやった。
「私とサーシャはルカの幼馴染でもあるしね。それに昔、ちょっとしたことをして、勲章とか貰ったことがあるの」
「へえ! マジか!」
ジェイクが目を丸くする。コウタ達も驚いていた。
「……ナンノ、勲章ダ?」
と、短い足で進む零号が尋ねた。
それに対しては、サーシャが答えた。
「一言でいえば、固有種の魔獣を討伐したの。本来なら四人がかりでも勝てない相手だったんだけど、かなり幸運も恵まれて、どうにかね」
「……おお。固有種の魔獣退治をしたの」
アイリが、パチパチと拍手を贈った。ゴレーム達も「……オミゴト」「……ウチトッタリ!」と興奮気味に騒いでいた。
「……そう言えば」
その時。
ポツリ、とユーリィが呟く。
「オトハさんが、うちに居座るようになったのも、その頃からだった」
「あ、そうね」アリシアが、ポンと手を打った。
「確かにあの事件の後だったな。タチバナ教官が俺達の学校の教官になり、師匠の家に住むことになったのは……」
と、ロックも懐かしそうに目を細めて腕を組んだ。
そこでコウタは、少し首を傾げた。
「一つ聞いていいかな?」
コウタがそう尋ねると、アリシア達の視線が集まった。
「その、『師匠』って言うのは、トウ……クラインさんの、あだ名か何かなんだよね? ルカの『仮面さん』ってのも謎なんだけど」
ここまでの会話で分かったこと。
どうも、兄はあだ名で呼ばれているらしい。
ルカは『仮面さん』。エドワードとロックは『師匠』と呼んでいる。
すると、アリシアが、クスクスと笑い出した。
「アッシュさんを、『仮面さん』って呼ぶのはルカだけよ」
「私は『先生』かな? けど、その『師匠』というのは、元々は私の先生だからついたあだ名なの」
「あ、なるほど」コウタは納得した。
友人の先生。だから、エドワード達も師匠と呼んでいる訳か。
「ちなみに、ルカの『仮面さん』の由来は、初めて出会った時に、アッシュさんが仮面を被っていたからだって」
と、アリシアが説明を続ける。
出会った当時を思い出したのか、ルカは両頬を抑えて「あ、あう」と呻いている。
「……? なんで仮面?」
コウタは首を傾げた。何故、兄は仮面などを……?
「あえて言うのなら、そういう仕事だった」
と、補足するのはユーリィだ。
「ああ、それと」
コウタの義理の姪っ子は、さらに補足する。
「アッシュの『師匠』のあだ名は別に身内に限った話じゃない。多分、この国にいる人の九割ぐらいはアッシュを『師匠』と呼ぶ」
「―――へ?」
コウタは、唖然とした。
リーゼ達も目を丸くしている。
「え? なんでそんなことに?」
「色々あった。色々」
ユーリィは、何故かサーシャの方を見つめていた。
『……中々面白そうな話ですが……』
その時、初めてメルティアが口を開いた。
大人数の上、半分が出会ったばかりの人間なので、かなり緊張した声だ。
二セージルを越す鋼の巨人に、流石にまだ慣れないのか、アリシア達はギョッとした。
そんな反応に怯えつつ、
『ル、ルカ』
前方を指差して、愛弟子に尋ねる。
『もしかして、あの部屋が私達の部屋でしょうか?』
全員の視線が廊下の先に集まる。
そこには、数人のメイドが待機しており、深々と頭を下げていた。
「あ、はい」
ルカが頷く。
「あそこの部屋が、お師匠さまやリーゼ先輩達の部屋になります。隣が今日泊まる予定のアリシアお姉ちゃん達の部屋。コウ先輩達の部屋は向かい側です」
皆さんのもう荷物は運び込んでいますので。
と、彼女は続けた。
『そ、そうですか。ありがとうございます。ルカ』
メルティアが礼を述べる。
すると、ルカはかぶりを振った。
「気にしないで、ください。それよりもお師匠さま」
そこでルカは師の鋼の手を取った。
「本当に久しぶりに会えて嬉しいです。今日は、色々と話しましょう」
そう言って、王女さまは微笑むのであった。




