第七章 鋼の進軍②
「……とりあえずヌシはここで休むといい」
とある森の野営地。
メルティアはラゴウに連れられ、テントの一つに案内された。
複数人が入れるようなかなり大きなテントであり、木製の机や椅子、就寝用の毛布なども置かれている。高官用の上質なテントだ。
「ふむ。では吾輩は行くぞ」
メルティアがテントの中に目を向けていたら、もう用は済んだとばかりに、ラゴウは立ち去ろうとしていた。
が、テントの入り口をくぐろうとした所で足を止め、
「ああ、すまんが、しばし起きていてくれ。一時間後には出立する予定なのでな。その時には馬車で移動してもらう」
「……このテントといい、随分と親切なのですね。てっきり拘束され、牢屋にでも放り込まれるものと思っていました」
メルティアが皮肉混じりにそう告げると、ラゴウは軽く肩をすくめて、
「あの少年と約束した手前、乱雑に扱う訳にもいかんよ」
と、そこでふと思い出す。
「そう言えば、あの少年もヌシも、名を聞いていなかったな」
「……それを言うのなら、私もあなたの名前を知りません」
「ん? そうであったか?」
言われてみれば、ラゴウは彼女には名乗っていない。
宿敵にしようと見初めた少年と、情婦にすると宣告した少女。
そんな二人の名前を知らないとは、少しばかり間抜けな話である。
「ふん、まあ良いか。吾輩の名はラゴウ=ホオヅキという。ヌシの名は何だ?」
「……メルティア。メルティア=アシュレイです」
「ふむ。中々良い名ではないか、少女よ。では、あの少年の名は……」
と、尋ねかけた所でラゴウは思い直す。
「いや、別に今聞かずともよいか。それは、次にあの少年と立ち合う時の楽しみにしておこう。では少女よ。しばし休息をとるといい」
言って、今度こそラゴウはテントを去って行った。
テントに一人残ったメルティアはしばし入り口を見据えて――。
「…………ふう」
と、小さく嘆息して身体を支えるように机に片手を置く。
正直、本当に疲れた。
この神経を削る状況に加え、そもそも人と対面するだけで怖いのだ。
メルティアの消耗は相当なものだった。
(……でも、交渉には成功しました)
どうにかコウタ達の命の危機は回避できた。
ここまでは目論見通りだ。
後は彼女自身が救出されるのを待つだけなのだが……。
(コウタ達は上手くやってくれるでしょうか)
このテントに来る途中に周囲の様子を窺う機会があった。
規模的には四十人程度のキャラバンか。
二十を超えるぐらいのテントと、牢屋を思わせる馬車が数台ほど停留していた。
もしかしたら、あの中には今のメルティアと同じ立場の人間――《星神》達が囚われているのかもしれない。どうにかしてやりたいとは思うが……。
(今は自分のことを第一に考えましょう)
メルティアはかぶりを振った。
そこまでの余裕はない。何より彼女自身も危うい状況なのだ。
「……さて」
メルティアは小さくそう呟くと、おもむろにブラウスの上のボタンを外した。
そして、白磁のように白い胸元が露わになる。
メルティアは少し頬を赤く染めて嘆息した。英雄譚などではよく聞く手法だが、まさか自分でする羽目になるとは思わなかった。
「……万が一を考えてここに隠しましたが、我ながら……」
言って、彼女は豊かな双丘の間から小指程度の大きさの発信器を取り出した。
これがある限り、コウタ達に自分の位置を伝えられるはずだ。
だが、その探索範囲には限界がある上、恒力の補給もなく長時間使用はできない。
本格的に移動されたら、位置を消失する可能性が高かった。
(あと一時間。それがタイムリミット……)
メルティアは発信機をギュッと握りしめた。
彼女を守る鎧もなく、見知らぬ人間だらけのこの場所。
何よりコウタが傍にいないことが、不安を加速させていく。
「……コウタ」
そして少女は愛しい少年の名を呟いて、祈るように目を伏せる。
「早く迎えに来て下さい。コウタ」
◆
「(……どうやら当たりみたいだな、コウタ)」
「(うん。反応はあそこから出ている。あのテントのどれかにメルがいるんだ)」
と、森の繁みの中、ジェイクとコウタは小さな声でそうやり取りした。
眼前には大きな広場で野営をするキャラバンがある。
直径としては三百セージルほど。
二十四、五のテントが点在しており、広場の右端には数台の馬車が停留してある。
ラゴウと同じような黒服を着た男達が、数人ほど見張りをしている所から察するに、間違いなく《黒陽社》の野営地だろう。
「(……よし。一旦戻ろう。ジェイク)」
「(おう。分かったぜ)」
そう言って二人は繁みで姿を隠しつつ、来た道を戻っていく。
そして十五分ほど進み、大きな広場に出た。
そこには、リーゼと零号。そして百二十三機のゴーレム達が待機していた。
コウタ達の現在の全戦力だ。ちなみにアイリだけは、数機のゴーレムを護衛につけて別の場所にて避難させている。
「ッ! 二人ともどうでした?」
偵察から帰還したコウタ達の姿に気付き、リーゼと零号が近付いてくる。
「うん。やっぱり野営地はあったよ。多分メルもいる」
と、答えるコウタに、リーゼはホッとした表情を見せた。
零号も機械ゆえに表情は変わらないが、安堵しているような感じだ。
「けどよ。やっぱ見張りが結構いてな。正直こっそり近付くのは無理そうだ」
「……そうですの」
ジェイクの補足に、今度は気落ちするリーゼ。
しかし、すぐさま表情を改め、コウタの方へ視線を向けて尋ねる。
「では、やはり当初の作戦通りに?」
「うん。それしかないみたいだ」
そう返して、コウタは零号に目をやった。
「零号。やっぱり君達の力を借りるよ」
「……マカセロ」
ゴン、と自分の胸を叩き、零号は応える。
頼もしくもあり、どこか不安でもある仕種にコウタは少し苦笑を浮かべたが、
「うん。君らには陽動を任せたい」
表情を真剣なものに変え、最も付き合いの長いゴーレムに改めて作戦を告げる。
「ゴーレム隊全機で奇襲をかけて、奴らをとにかく混乱させるんだ。その隙をついてボクがメルを救出する」
そこでひと呼吸入れて。
「君達の目標は馬車だ。多分あそこに《星神》が捕まっている。《星神》の救出自体を陽動にするよ。と言うよりこの際、全部かっさらってやろう」
今回の一件。当然だがコウタは相当腹に据えかねている。
ラゴウは《星読み》を使えるが、そう何人も使い手はいないだろう。ゴーレム各機に《星神》達を担いで森の中に逃走してもらえば、逃げ切ることも可能だ。
自分からメルティアを奪おうとしたのだ。これぐらいの意趣返しはさせてもらう。
「頼んだよ。零号」
「……了解シタ」
グッと親指を立てて承諾する零号。
そしてゴーレム隊の方へ歩き出す。が、ふと足を止めて。
「……トコロデ、コウタ」
「えっ? なに?」
いきなり声をかけられ、キョトンするコウタ。
すると、零号は背を向けたまま、不敵(?)に聞こえる声で、
「……メルサマト、《星神》ニガシタラ、ヤツラヲ全滅サセテ、イイカ?」
と、かなり物騒なことを言い出した。
コウタは目を丸くする。
「へっ? ぜ、全滅? い、いや、無茶しない範囲でなら……」
「……ソウカ」
言って、零号はテクテクと再び歩き出した。
そしてゴーレムの集団の前に立ち、声を高らかにして叫ぶ。
「……キケ。ワガ弟タチヨ!」
ゴーレム達の視線が、最も古きゴーレムに向けられた。
「……イマ、メルサマハ危機テキナ、状況ニアル」
ざわざわざわ、と。
ゴーレム達がにわかに騒ぎ出した。
それに対し、零号は淡々と言葉を続ける。
「……イマ、メルサマハ、ロリコンニ、狙ワレテイル。捕マッテイルノダ」
その内容に、ゴーレム達のざわめきはさらに大きくなった。
「……ヒドイ」「……メルサマ、カワイソウ」「……ユルセナイ」「……コロス」
憤りや罵声の言葉が、鋼の従者達の口から次々と上がる。
まるで荒ぶる波のようだ。
そんな中、彼らの長兄たる零号は声を張り上げた。
「……ミナ、シズマレイ! 十三号ハ、イルカ!」
「……ココニイル。アニジャ」
ズシン、ズシン、と。
巨大な木箱を担いで一機のゴーレムが現れ出る。
「……工具ノ貯蔵ハ、ジュウブンカ」
零号のその問いかけに、十三号は木箱をひっくり返すことで応えた。
ガラガラと、大量のスパナやハンマーが地面に山積みされる。
零号はおもむろに工具の山に近付くと、太いスパナを一本引き抜いた。
「……良キ、剣ダ」零号はスパナを天にかざす。
「コノ剣ナラバ、世界サエ、ウチクダケル」
と、ただのスパナにとんでもない期待をかける。
それから零号は工具の山を見やり、弟達に告げた。
「……ミナモ、工具ヲトレ」
その指示に従い、次々と手渡しされていく工具。
瞬く間に全機に武器が行き渡った。
それを見届けてから、零号は言葉を続ける。
「……ロリコンハ、他ニモ《星神》ノ、乙女タチヲ、捕マエテル」
実際のところ《星神》には男性もいるのだが、零号はそう言い切った。
ゴーレム達は工具を手に、長兄の声に耳を傾ける。
「……弟タチヨ。ウヌラハ許セルカ? コノ非道」
「……ユルセナイ!」「……ゲドウガ!」「……ロリコン、シスベシ!」
打てば響くような弟達の声に、零号は笑み(?)を深めた。
始まりのゴーレムは弟達に問う。
「……ナラバ、ドウスル?」
「……タオス!」「……コロス!」「……ホロボス!」
怒涛の如く沸きたつ声。
頼もしき弟達を前にして、零号はスパナを横に振った。
「……ヨクゾ、言ッタ。弟タチヨ!」
続けて、スパナを雄々しく天に掲げた。
「……工具ヲカカゲヨ。《星導石》ヲモヤセ! 壊レテ螺子ヲ、拾ウモノナシ! ワレラ、メルティアン魔窟キシ団、ナリ!」
堂々とそう名乗りを上げる。
「「「……オオオオオオオオオオッ!」」」
それに呼応して、ゴーレム達も各自の工具を一斉に振り上げた。
「……メルティアン!」「……ナリ!」「……ナリ!」「……メルティアン!」「……メルティアン!」「……シカリ!」「……ナリ!」
森の中にて轟く大歓声。
その高い士気のもと、零号はスパナを振り下ろした!
「……ロリコンヲ、殲滅セヨ! メルティアン魔窟キシ団!」
「「「……オオオオオオオオオオオオオオッ!」」」
そして鋼の従者達は進軍を開始した。
各機が「……メルティアン!」「……コロス!」とか叫びながら、凄まじい速さで森の中を疾走していく。もはや紫色の雪崩だ。
後に残されたのは、呆然とするコウタ達だった。
「な、なあ、コウタ」
と、ジェイクが尋ねる。
「あ、あいつらって本当に機械なのか? 中に小人でも入ってんじゃねえの?」
「……は、はは、それはボクも時々疑問に思う」
あればかりは長い付き合いのコウタも半信半疑だ。
いずれにせよ、これで戦端は開かれた。
「ジェイク。リーゼさん」
コウタは真剣な面持ちで告げる。
「ここからは別行動だ。予定通り二人は敵が鎧機兵を喚ぶことに備えて、零号達のサポートをしてくれ」
「ああ、了解だ」「任せて下さいまし。コウタさま」
二人の承諾にコウタは頷く……が、少し内心で首を傾げた。
はて? 今、おかしな呼ばれ方をしたような?
(まぁいっか)
ともあれ、コウタは話を続ける。
「ボクはメルティアの監禁されたテントに向かう。作戦決行時間は十分。十分経過したら即座に撤退してくれ」
二人は真直ぐコウタを見据えて頷いた。
「二人とも無茶はしないで」
「ああ、分かっているよ。お前も無茶すんなよ」
「あなたも、どうかお気をつけて」
と、互いに言葉をかけて――。
「それじゃあ、メルティア救出作戦開始だ!」
森を駆け出す三人の学生達。
コウタ達もまた作戦を開始した。




