第七章 それぞれの対峙②
「さて。どこに行こうか、メル」
同時刻。
コウタは、フードを深く被ったメルティアと一緒に街中を歩いていた。
「どこかメルの行きたいところはない?」
と、幼馴染に声を掛ける。
フードの奥にある金色の瞳がコウタを見つめた。
「コウタの行きたい場所でいいです」
言って、ギュッと彼の手を握る。
彼女の手の柔らかさに、コウタはドキッとするが、
「う、うん。じゃあ少し散策しようか」
そう返して、ぎこちない様子で歩き続ける。
その間もずっと手を繋いだままだ。
「い、いい天気だね」
「そ、そうですね」
会話もぎこちない。二人はずっと緊張していた。
だからこそだろうか。
二人は店舗に入ることもなく、大通りを進んでいた。ただ、無意識の間に故郷であるパドロ――コウタにとっては長らく住む街に似た場所を探していた。
そして――。
「……へえ」
コウタはふと足を止めた。
一つの看板が目に入ったからだ。
――《森のホテル・フォレスト》。
水網都市・皇都ディノスにしては珍しい冠だ。
確かにここら周辺にはかなり木々が多い。ホテルの看板には、森の中を指し示す矢印も記載されている。
「森の中のホテルか。パドロっぽいね。ちょっと行ってみようか」
「――え?」
何気なく呟いたコウタの台詞に、メルティアはギョッとした。
「ホ、ホテルに行くのですか?」
そうして彼女はフードの下で顔を真っ赤にして、もじもじとし始めた。
「ま、まさか、そこまで望まれるとは思っていませんでしたが、昔から旅は人を解放させると言います。コ、コウタが望むのなら、今ここでも……」
「……え?」
メルティアの台詞にコウタは目を瞬かせた。
――が、すぐに彼女の言わんとしていることに気付いた。
「ち、違うよ! メル!」
コウタは慌てて言い訳をする。
「そう言う意味じゃないよ!」
「そ、そうなのですか?」
どこかホッとした様子で呟くメルティア。次いでとても小さな声で「私もすでに覚悟はしているのですが、流石にいきなりは驚きました」
「い、いや。その、ただ、パドロっぽいなっと思っただけだよ」
とりあえず誤解は解けてコウタは安堵する。
それから煉瓦造りの街道が続く森の奥へと目をやり、
「と、ともかく森のホテルには興味もあるし、行ってみようか」
「は、はい」
メルティアはこくんと頷いた。
かくして二人はホテルへと続く街道を進んだ。
皇都の街並みから一変。森の中の風景が続く。耳を澄ませば鳥の声も聞こえてくる。
故郷に似た風景に、人通りも全くなくなったため、メルティアの緊張がかなり緩和されているのを、掌を通じてコウタは感じ取った。
まだ朝も早い。この時間にホテルに向かう人間もいないのだろう。
心地よい森の静寂の中、二人は歩き続けた。
「本当にパドロっぽいね」
「はい。そうですね」
二人は手を繋いだまま笑う。
――が、その時だった。
街道の向こう側から二人の男性が出てきたのだ。
一人は全身黒一色のスーツ。もう一人も黒いスーツなのだが、『四の月』に入って若干暑さを感じるこの時期に灰色のコートを纏っている。
こっちに向けってくるということは、恐らくホテルの客なのだろう。
メルティアは人の姿に少し緊張したが、コウタは特に気にしなかった。
そのため、ごく自然に彼らはすれ違った。
――はずなのだが。
「……待て。少年」
不意にコートの男が足を止めて、コウタを呼び止めた。
コウタもその場で足を止めて振り向いた。
そして、改めて男の顔を見る。
年齢は四十代半ばほどか。
灰色の髪に頬まで覆う顎髭。精悍な顔つきが印象的な男性だ。
「ボクに何か御用でしょうか?」
「いや、まさかとは思うが……」顎髭の男は眉をひそめた。「お前、アルフレッド=ハウルなのか?」
「……え?」
いきなり友人の名を出されてコウタは驚いた。隣にいるメルティアも同じだ。
が、すぐに男はかぶりを振って。
「いや、すまん。違うな。君は赤髪ではない。俺の勘違いだった」
そう告げてから男は苦笑を見せた。
「俺もそれなりの心得があってな。君の歩く姿が、あまりにも年齢離れしているために誤解した。呼び止めてすまなかった」
「い、いえ。構いません」
少々動揺したが、コウタはそう言って笑った。
そして彼らは再び背中を向けた。
もう互いに興味はない。そのはずだった。
「支部長。あの少年がどうかされましたか?」
黒服の男がそう呟くまでは。
「お前では気付けんか。まあ、俺も勘違いするほどだったからな」
顎髭の男は自嘲気味にそう答えていたが、
「――――え」
今度は、コウタの方が足を止めて振り向いた。
つられるように、男達も立ち止まって振り向く。
一拍の間。
そしてコウタは呆然と、その名を呟いた。
「……《妖星》」
「――な、なに!?」
動揺した声を上げたのは黒服の男だった。
続けて、最大限の警戒を込めて顎髭の男の前に進み出る。
警戒したのはコウタも同じだった。
失言だったと動揺する前に、すぐさまメルティアを自分の背後に隠す。
一気に緊迫する空気。
黒服の男は懐に隠した短剣に手をやり、メルティアは怯えた様子でコウタの肩に手を触れた。ただ、顎髭の男とコウタだけは感情のない表情で互いを見やり、
「……その身のこなしで《妖星》を知る少年か」
顎髭の男――レオス=ボーダーは目を細めて告げる。
「捨て置けんな。度々ですまんが、少し付き合ってもらおうか。少年よ」




