第四章 とある一家へのお宅訪問②
バルカスの家は皇都の三番地にあった。
比較的裕福な市民達が居を持つ住宅街で知られる番地だ。
アルフレッドの案内でコウタ達一行は皇都に敷き詰められた短距離用列車――『鉄車』を用いてこの番地にやって来た。
そして景観が美しい街並みを歩くこと二十分ほど。
コウタ達は一つの邸の前に到着した。
「へえ。おっさんめ。中々デカい家じゃねえか」
と、ジェイクが素直な感想を述べる。
彼らの目の前にある邸。
流石にハウル邸には遠く及ばないが、そこそこの規模の館であった。鉄格子製の大きな門の向こうには、館以外にも小さくはあるが庭園も見える。
「上級騎士なら不思議じゃない大きさの家だよ。ましてや、ベッグさんの奥さん達も二人揃って上級騎士だからね」
「いや、家族が揃って上級騎士って戦闘民族かよ」
ジェイクが呆れたように呟く。
アルフレッドは「ははは」と笑うだけだった。
「ともあれ、ご挨拶といきましょう」
と、シャルロットが進言する。
他のメンバーはほぼ手ぶらなのだが、彼女だけは両手に花束を持っていた。
コウタ達にとってバルカスの妻達は初対面だが、彼女だけは違う。
知人の懐妊を祝して個人的に花束を用意したのだ。
「うん。そうだね」
そう言って、アルフレッドは門隣にある呼び鈴を鳴らした。
そうして待つこと一分。
不意に鉄格子向こうの館の扉が開かれた。
次いで扉から、ひょっこりと顔を出したのは一人の女性だった。
歳の頃は二十代になったばかりだろうか。
肩まである桃色の髪と、八重歯が印象的な愛らしい女性だ。
スレンダーな肢体の上には柄の入ったシャツにサスペンダー。茶系統のホットパンツに黒いストッキングを履いている。身軽そうなその格好が、小柄な彼女に、より活発そうなイメージを与えている。
「――おっ」
女性はまじまじと門へと視線を向けた。
次いで駆け足で門まで来ると、ギイィと門を開いた。
「よく来たッスね! アルフ君! それと――」
桃色の髪の女性は、シャルロットを見てニパッと笑った。
「シャル姐さんも! お久しぶりッスゥ!」
「ええ。お久しぶりです。キャシーさん」
言って、シャルロットも微笑んだ。
桃色の髪の女性――シャルロットに『キャシー』と呼ばれた女性は次にコウタ達に目をやった。そして再び人懐っこい笑顔を見せて。
「コウタ君達ッスよね。話は聞いてるッス。初めまして。バルカスの妻のキャシー=ベッグッス。まあ、立ち話もなんスからみんな家に入ってくださいッス」
◆
「(話には聞いてたが、想像以上に若い嫁さんだな)」
と、キャシーに案内されて長い廊下を進む中、ジェイクがコウタに小声でボソボソと話しかけてきた。
「(うん。確かに)」
コウタが頷く。次いでキャシーの後ろ姿を見やり、
「(多分、あの人が下の奥さんだと思うけど、はっきり言って、ボクらとほとんど年が変わらないように見えるよ)」
「(ああ。むしろお嬢の方が年上のように見えるよな)」
元気溌剌に手を振って前を歩くキャシー。
その後に淑やかに続くリーゼの姿を見ると、やはりリーゼの方が年上に見える。
「(……けどよ)」
ジェイクは眉をひそめた。
「(あの人が奥さんって……やっぱおっさんって犯罪者だよな)」
正直言って、キャシーの見た目とバルカスは明らかに釣り合わない。
下手すると親娘だといっても信じてしまいそうなギャップだ。
「(一体どうやってあんな若い姉ちゃんを口説いたんだ?)」
「(う~ん。そもそも、どんな経緯で知りあったのかも想像できないよ)」
と、少年達がひそひそと話していたら、
「……お姉さん」
「ん? 何スか? 小さなメイドさん」
不意にゴーレム達を従えたアイリがキャシーの手を引いた。
「……お姉さんは、本当におじさんの奥さんなの?」
と、純朴そうな顔で尋ねる。それに合わせて、ゴーレム達も「……ワカスギル」「……ヨメ、ナノカ?」と首を傾げた。
一見だけだと子供達の素朴な疑問。
――が、これはゴーレム達にまで協力させたアイリの戦略だ。
アイリは、実に興味深いこの案件における情報収集を早速行おうとしていた。
それはメルティア、リーゼもすぐさま察した。
「そうですわね」
頬に手を当ててリーゼが相槌を打つ。
「何でも十九歳もお年が離れているとか。一体どんな切っ掛けがあったのですか?」
『ええ。気になりますね』
ズンズン、と重い足音を立てて歩くメルティアも同意する。
そんな少女達に、キャシーはあごに指先を当てて小首を傾げた。
「あれ? ウチらのこと、シャルロットの姐さんから何も聞いてないんスか?」
そう言われ、三人の少女の視線は、シャルロットに集中した。
「……いえ、その」
すると、シャルロットは少し困ったように笑い、
「確かに私はあの事件に関わった人間ですが、流石にバルカスさんとキャシーさんのなれ初めには詳しくありません。知っているのはあの事件でバルカスさんが、村娘だったキャシーさんを助けて、その後に傭兵団に加えたことぐらいしか……」
「ああ、そういやそうだったスね」
キャシーはニパッと笑った。
「バルカスがウチを助けてくれたことは事実ッスよ。ただ、その後に拘束されて、これでもかってぐらいにお尻を揉みしだされたッスけどね」
「「「………………は?」」」
いきなり犯罪にしか聞こえない台詞に、少年達はギョッとした声を漏らした。
「ああ、そう言えば次の日も拘束されて、そん時は無理やりキスされたッスね。凄くディープな奴だったス。しばらくウチは呆けてたぐらいスよ」
そう言って、手をパタパタと振って笑う。
少女達は足を止めて、呆然とした表情を見せた。
キャシーの話はさらに続く。
「そんで、その三日後の夜には抱かれて――ゴホン。まあ、愛されたんスよ。忘れもしないウチの十六の誕生日だったッス」
そこで両頬に手を当てた。
「もう無茶苦茶愛されたッス。ジェーン姉もそうだったそうッスけど、一晩でバルカスの色に染め上げられた日ッスね。あの夜が、ウチの将来を決めたんスよ」
「「「「……………………………」」」」
全員が無言になった。
すると、流石に自分の危うい発言に気付いたのか、キャシーは慌てた様子で。
「いやいや違うッスよ! 改めて概要だけ並べると何か犯罪っぽいスけど、最初の二件はともかく最後のは合意のことッスからね!」
「……いや、最初の二件だけで見過ごせないぐらい犯罪なんだけど……」
と、アルフレッドが呟く。
「……決闘で負けたからと聞くジェーンさんのエピソードも大概ですが、やはりバルカスさんは一度捕まった方がいいのでは……」
シャルロットが凍った笑顔で告げる。
「ち、違うッスよ! そりゃあ、バルカスは蛮族スけど悪い人じゃないッスよ!」
その後もキャシーはバルカスを弁護した。
曰く、その後もバルカスは優しくしてくれた。
何も知らない自分に色々なことを教えてくれた、と。
が、熱弁を振るうほど、コウタ達の眼差しは冷たくなっていった。
流石に旦那が犯罪者になりそうなので、キャシーは焦った。本人としては、ただの惚気話のつもりだったのに、何やら洒落にならない事態になってきている。
「な、なれ初めなんてどうでも良いことッス! 大事なのは、昔も今もウチがバルカスに愛されてることッスから!」
と、邸内に響き渡る声で叫んだ時だった。
「……キャシー。あんた、さっきから何を叫んでんのさ」
不意に別の声が響く。
コウタ達は反射的に声の主に注目した。
そこには白いドレスを纏う婦人の姿あった。
「恥ずかしいったらありゃしない」
歳の頃は二十代半ばから後半か。
高身長と凜々しい顔立ち。それに加え、極端に髪が短いため、一見だけだと中性的な美男子のように見えるが人並み以上に大きな双丘が彼女を女性だと教えてくれる。
ちなみに、彼女のお腹は少しだけ膨らんでいた。
「――まあ!」
シャルロットは瞳を輝かせた。
「お久しぶりです。お元気でしたか? ジェーンさん!」
「ああ、元気さ。久しいね。シャルロット」
そう言って、彼女――ジェーン=ベッグは笑った。




