表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/525

プロローグ

 見晴らしの悪い森の中。

 その一行は馬に乗り、木々の間を進んでいた。

 人数は十数人ほど。全員が白い騎士服の上に、真紅の外套を纏っている一団だ。

 彼らの外套には翼を広げる鷹の紋章――この西方大陸にある国の一つ、エリーズ国の紋章が刻まれている。彼らはエリーズ国の騎士団だった。



「……アシュレイ将軍。こちらです」


「……うむ」



 先導する騎士に声をかけられ、『将軍』と呼ばれた男性は頷いた。

 年の頃は四十代前半。白銀に近い総髪が特徴的な人物だ。

 彼の名はアベル=アシュレイ。

 エリーズ国の騎士団を率いる四将軍の一人だ。



(……よもやこんな状況に出くわすとはな)



 馬の手綱を引きつつ、アベルは内心で歯がみした。

 彼ら一行は会談のため、隣国であるこの国に訪れていた。

 そして特に問題もなく会談も終え、後は帰国するだけだった。

 しかし、帰路の途中、同行する騎士の一人が街道隣りの森で異常を察したのだ。

 その騎士曰く、森が燃える匂いがする、と。

 元々その騎士は山育ちで鼻の良さには定評があった。

 ここは隣国の領地だが、もし山火事ならば見て見ぬふりも出来ない。

 そこでアベルは斥候隊を森の中へ派遣したのだが――。



『……森の奥で村が焼けていました』



 それが斥候から戻った騎士の報告だった。



『恐らくは山賊かと。外部から襲撃を受け、火を放たれたようです』



 騎士は神妙な口調でそう続ける。

 現在、他の斥候隊は生存者の探索をしているそうだ。



『……そうか』



 それを聞いた以上、アベルもじっとしてはいられない。

 騎士団の一部を率いて、アベル自身も生存者の捜索に乗り出したのだ。

 人道的な処置と、ここで隣国に恩を売っておきたいという打算からの判断だ。

 かくして、アベル一行は森の中を進んでいるのである。



「もうじき森が抜けます」



 と、先導する騎士が告げる。

 その言葉通り、十分もしない内に森は抜けた。

 そして目に飛び込んできた光景に、アベルを始め、騎士達は息を呑んだ。



「こ、これは……」「ぬう……」「……惨いな」



 次々と上がる呻き声。この場にいるのは歴戦の上級騎士ばかりだったのだが、そんな彼らでさえも思わず呻くほど、その光景は酷かった。



「……むうぅ、これは……」



 アベルもまた眉をしかめて呻く。

 恐らくは、人口百人程度の小さな村だったのだろう。

 しかし、その面影はもう欠片もない。

 田畑や家屋は一つ残らず焼かれ、原形を留めているモノはなく、家畜まで炎に呑まれた無残な姿を晒していた。よく見れば、未だ微かに火が燻ぶっている場所まである。

 そして、ここに暮らしていた村人達に至っては……。



「…………くそッ!」



 アベルは小さく舌打ちして馬から降りた。

 それから一番近くの遺体の元へ歩み寄ると、片膝をついた。

 焼き尽くされた遺体は性別すら判別できない。

 しかし、身体の大きさから十にも満たない子供なのは分かった。

 アベルはグッと唇をかみしめ、静かに手を合わせる。



「……やはり山賊の仕業なのでしょうか?」



 と、アベル同様に馬から降りた副官の騎士が尋ねる。

 だが、それはアベルにも判断しようがない。



「……分からん」



 山賊が村を襲うのはよくあることだが、この状況はあまりにも酷過ぎる。

 明らかに強奪ではなく、殲滅を目的とした惨状だ。



「これは調査が必要だな。だが、今はそれよりも生存者の捜索が先決だ。せめて一人だけも生き残りがいればいいのだが……」



 アベルは周囲を見渡した。

 すでに部下達は生存者の捜索に入っている。

 それを一瞥してから、アベルは副官を見やり、



「近くの街の屯所にも連絡しなければならないな。ああ、そうだ」



 ふと、重要な事を思い出して尋ねる。



「ところでこの村は何という名前なのだ?」 



 名前を知らなければ連絡も出来ない。

 アベルがそう問うと、副官はおもむろに懐から地図を取り出し、



「少々お待ちを。確かこの村は……」



 と、小さな地図を広げて場所を確認しようとした――時だった。



「おい! いたぞ! 生存者だ!」



 突如響いたその声に、アベル達はハッとする。

 そしてすぐさま声の方へ駆け出した。

 他の騎士達も一斉にその場所に向かった。

 すでに人だかりが出来ているそこはどうやら倉庫のようだ。

 土台の煉瓦だけは崩れずに残っており、その中央に騎士が膝を屈めていた。



「おい! 生存者がいたのは本当か!」



 と、叫ぶアベルに、



「あっ、はい! 大分衰弱していますが……」



 そう返す騎士の腕の中には、一人の少年がいた。

 年の頃は七、八歳。この大陸では珍しい黒髪の少年だ。



「ここの地下貯蔵庫にいました。遺体が不自然な形で覆っていましたので……」



 と、報告しつつ、騎士はちらりと横に目をやった。

 彼の視線の先には、うつ伏せに倒れた状態の遺体があった。

 損傷が酷いため、顔は判別できないが、身体の大きさからして成人男性だろう。



「恐らくこの子の父親か、身内なのでしょう」



 敬意を込めて、その騎士は語る。



「まるで貯蔵庫を守るかのように倒れていました。火に覆われる前に、この子を地下貯蔵庫に避難させたと思われます」


「…………そうか」



 アベルはそう呟くと、遺体に対し黙祷した。

 周囲の騎士達もそれに倣う。

 と、その時だった。



「……ゴホッ、ゴホッ」



 騎士の腕の中の少年が不意に咳こんだ。

 アベルはハッとして少年の顔を覗き込んだ。



「――坊や! 大丈夫か! 私の声は聞こえるか!」



 そう声をかけると、少年はうっすらと目を開けた。

 少年は焦点が定まらない黒い瞳でアベルを見ると、小さく口を開く。



「……兄、さん………サ……姉さ、ん……」



 意識が朦朧としているのだろうか。呟いたのは家族の名のようだ。

 そして、それだけを口にして少年は再び意識を失った。



「坊や! しっかりするんだ!」



 アベルは再度声をかけるが、少年は反応しない。



「これはまずいな。想像以上に衰弱しているぞ。――医療班! 急げ!」


「「「――はっ!」」」



 将軍の指示に、即座に答える医療班の騎士達。

 アベルはおもむろに立ち上がると、他の騎士達にも指示を下す。



「他にもまだ生存者はいるかも知れん! 周辺まで範囲を広げて捜索せよ!」


「「「――はっ! 了解しました!」」」



 そして騎士達は敬礼をして散開する。

 それを見届けると、アベルも外套を翻して歩き始める。

 指示は動きながらでも出せる。自身もまた捜索に加わるつもりだった。



「とりあえず近くの屯所にも連絡せねばな」



 そう呟き、アベルはふと副官に尋ねた。



「そう言えば、この村の名前は分かったのか?」



 すると、副官は「ああ、そうでした」と返し、地図に目を落とした。

 それから、おおよその場所を探して――。



「あっ、見つけました。多分、位置的にこれですね」



 国境近くに位置する小さな村を見つけた。

 近くに他の村もない。まず間違いないだろう。



「ええっと、この村の名前ですが……」



 そして地図に記載された名称に目をやると、副官はポツリとその名を告げた。



「どうやら『クライン村』と言うそうです」

この物語に興味を持っていただき、ありがとうございます!

もし『少し面白そうかな』『応援してもいいかな』と思って頂けたのなら、

ブックマークや広告の少し下の「☆☆☆☆☆」にポイントをいただけると、嬉しいです!

とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 早速、村が全滅するという始まりですが、この少年がどのように成長し、何をするのか見たいと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ