第七章 星が映る湖面にて②
――ズシン、ズシン……。
森の中に足音が響く。
それは二機の鎧機兵の足音だった。
一機は白い塗装の騎士型。長剣と盾を装備したオーソドックスタイプだ。
ルクスの愛機・《ハークス》である。
そしてもう一機はかなりの大型機だった。
全高はおよそ四セージル。
闘士型に分類されるこの機体の名は《ティガ》。バルカスの愛機だ。
しかし闘士型と言っても無手ではない。両腕には四本のかぎ爪が装着された手甲を纏っている。なお全身の塗装は虎模様という騎士にしては派手な機体だ。
両機とも傭兵時代からの二人の愛機だった。
「う~ん、そろそろかしら」
と、呟くのはミランシャだ。
彼女だけは鎧機兵に乗っていない。代わりに《ティガ》の肩の上に座っていた。
そして手には周辺を記した地図を開いている。
それをじっくりと確認した後、ミランシャは周囲に目をやった。
ルーフ村近隣の森は思いのほか深かった。
密林というほど木は密接していないが一本一本の背が高く太い。
「ちょっと木が邪魔だけど視界はそんなに悪くないわね」
とは言え、まだ景色に変化はない。
『そうっすね』
その時、バルカスが応えた。
『村長の話だとそろそろ「通路」が見えるはずっすね』
「うん。そうね。あ、見えたわ」
ミランシャは前方を指差した。
そこでは多くの木々が倒れている風景が広がっていた。
『……まるで開拓のために伐採したような後ですね』
と、ルクスが倒れた木々を見渡して呟く。
無残に倒された木々。中には粉砕されているものもある。
そして大きな『通路』と化した場所には、巨大な足跡が刻まれていた。
「これは話に聞いた以上にデカいわね」
言って、ミランシャは《ティガ》の肩から降りた。
続けて地面に刻まれた足跡に近付く。
「鎧機兵の三倍近くあるわ。全容も推して知るべしってとこかしら」
『もし戦闘になったら厄介そうっすね。どうしますか姐さん』
と、バルカスが尋ねる。
ミランシャは「そうね」と呟いてあごに手をやった。
そうして数秒後、荒く切り開かれた森の道を観察してから、再び地図を開いて視線を落とした。
「ちょっと気になることがあるのよ」
『気になることですか?』
ルクスがそう尋ねると、ミランシャは視線を《ハークス》に向け、続けて《ティガ》の方にも目をやった。
「うん。とりあえず方針としては、あなた達はこの道を辿って『巨獣』の後を追って。私は確認したいことがあるから別行動をするわ」
『別行動ですか? 大丈夫ですか? お一人で』
と、ルクスが心配そうな声をかける。
ミランシャの容姿は華奢で可憐だ。自然と案ずる言葉が出たのであろう。
そんな部下に、バルカスは『ははっ』と苦笑を零した。
『そりゃあ無用の心配ってもんだぞルクス。姐さんを誰だと思ってんだ』
そこで《ティガ》が肩を竦めた。
『気持ちは分からなくもねえが綺麗な見た目に騙されんなよ。中身は虎や魔獣さえも補食する大鷲だぞ。一人だろうが関係ねえよ』
「……あえて否定はしないけど、はっきり言われるとムカつくわね」
額に青筋を浮かべて微笑むミランシャ。
バルカスもルクスも思わず身を竦ませるが、
「まあ、いいわ」
ミランシャは夜空を見上げた。
「ここからは別行動をしましょう。今日のところは相手の確認が目的だから戦闘は極力避けてね。あなた達でも二人だけじゃ厳しいかもしれないから」
『了解しやした』『ハウル隊長もお気を付けて』
そう応じて《ティガ》と《ハークス》は警戒しつつ、足跡を追った。
ズシン、ズシンと鎧機兵が歩く音が響くが、二機の姿が遠ざかっていくにつれ、それは消えていった。
ミランシャはしばし見送った後、もう一度、地図に視線を落とした。
そして数秒の沈黙を経て、ふっと笑う。
「これって明らかに誘いよね。一体何が出てくるのかしら?」
◆
場所は変わって、ルーフ村の宿の一室。
コウタ達は彼らが借りた部屋に集まっていた。
椅子に座るコウタとメルティア。ベッドの上に座るリーゼとアイリ。そして三機のゴーレム達。壁に背中を預けるジェイクに、ドアの近くでそっと控えるシャルロット。
くつろぎ方はそれぞれ違うが話題は同じ。当然『巨獣』のことだ。
「しかし、『巨獣』ですか……」
ミランシャ達が出かけているので着装型鎧機兵は装着していないメルティアがホットココアを手に呟く。
「魔獣はどこにでもいるものなのですね」
「うん。そうだね」
と、コウタが頷くが、ふと首を傾げて、
「ところでメル。留守番中に何かあったの? 少し顔が赤いみたいだけど」
「え?」メルティアはビクッと肩を震わせた。
が、すぐにブンブンとかぶりを振ると、
「な、何でもありません。少し長湯をしてのぼせただけです」
「そうなんだ?」
どうも少し様子がおかしいメルティアが気になったが、あまり探るのも悪いだろう。コウタは話を戻すことにした。
「話を戻すけど、もしかするとただの魔獣じゃないかも。大きさからして固有種かもしれない。だとすると相当厄介な相手だよ」
「固有種か」ジェイクがあごに手をやって双眸を細めた。「確か講習だと固有種は一世代限りの分、寿命や戦闘力が桁違いって話だったよな」
「ええ。小型でも討伐するには小隊単位の鎧機兵が必要と習いましたわ」
そう告げて話に加わるのはリーゼだ。
「ところでシャルロット」
彼女は隣に座るアイリの頭を撫でつつ、シャルロットの方に目をやった。
「わたくし達はまだ固有種と出会ったことはありませんが、あなたは? 過去に戦ったことはありませんの?」
「……いえ。お嬢さま」
主人の問いかけにシャルロットは少しだけ苦笑を零した。
「私も遭遇した経験はありませんが、それより私は仮にもメイドなのですが? 何故固有種との戦闘経験があると思われるのですか?」
「あ、いえ。どうもあなたには密かに大冒険をしているイメージがあるので……」
「……うん。先生は休日に魔獣狩りとかしてそう」
と、リーゼとアイリが言う。流石にシャルロットも嘆息した。
「何ですかそれは……。まあ、いいですが。それよりも固有種ですね。私自身は見たことはありませんが、同期の卒業生で騎士になった友人がいます。彼女は遭遇したことがあるそうで、その話を聞く限り……」
そこでコウタに視線を向けた。
「ヒラサカさまの鎧機兵戦を思い浮かべれば宜しいかと」
「ああ。そりゃあ分かりやすい」
ジェイクが口角を崩した。
「特にサザンの別荘での戦いだな。確かにあんな感じなのかもな」
「まさしくそれが一番イメージに近いかと」
と、シャルロットも同意する。
「なるほど」
メルティアがホットココアを音も立てずに飲んで言葉を継いだ。
「ではミランシャさん達は、要するに野獣のコウタを相手にしに行ったのですね」
「……野獣のコウタさまですか」「……野獣のコウタ」
メルティアの言葉を反芻するリーゼとアイリ。
一体何を想像しているか二人の顔は少し赤かった。
「いやいや、その表現は酷いよメル」
一方、コウタはポリポリと頬をかいていた。
「まあ、ボクが比較対象になるかは疑問だけどもし固有種なら大変なことだよ。ミランシャさん達怪我しないといいけど」
と、心配げな様子を見せる優しい少年に、リーゼは目を細めた。
「いえ。コウタさま。その心配は不要だと思いますわ。たとえ相手が固有種であってもミランシャさまなら――あら?」
と、そこで彼女は小首を傾げた。
「あの、コウタさま」そしてふと尋ねる。「もしかしてコウタさまはミランシャさまのことをご存じないのですか?」
「え? 何が?」
コウタが不思議そうに目を瞬かせる。と、
「いえ。コウタさまは久しぶりのご帰国でしたわね。むしろ知らなくても当然ですわ。わたくしも彼女のことを調べたのは最近ですし」
そう前置きすると、リーゼは苦笑と共に語り出した。
「実は彼女は――」




