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第七章 新徒祭始まる③

 雲の隙間から、燦々と陽光が降り注ぐ。

 真冬でありながら、春さえも思わせる陽気に包まれた朝の中頃。

 騎士学校の校舎沿いにある長椅子の一つに、その男は腰を下ろしていた。

 そして疲れ切った休日の父親のように自分の肩を叩き続けている。



「やれやれ。何とも賑やかなことですね」



 そう呟く男の名は、ボルド=グレッグ。

 犯罪組織・《黒陽社》の最高幹部にして《九妖星》の一角である人物だ。



「しかしまあ新徒祭ですか。学園祭に来るなど何十年ぶりのことでしょうか……」



 と、行き交う人の流れを見つつ、ボルドは独白した。



「あら。意外ですね。ボルドさま」



 するとその独白に相槌を打つ人物がいた。

 ボルドの隣に座る美女。彼専属の秘書であるカテリーナ=ハリスだ。

 冴えない中年男に、凜とした美女。

 何やら邪推してしまいそうな組み合わせに加えて、二人とも黒服で揃えているためかなり目立つのだが、人々は気にすることもなく歩いていた。

 二人が完全に気配を周囲と同化させている証だった。

 そんな中、カテリーナはボルドの横顔に目をやって尋ねた。



「ボルドさまも学園祭に行かれたことがあるのですか?」


「いや、それぐらいは流石にありますよ」



 言って、ボルドは頬をかいた。



「むしろ私は一般職から今の組織に転職した人間ですからね。普通に学生時代を過ごしていましたよ」


「まあ、そうでしたか」



 そう言って、目を丸くするカテリーナ。

 が、同時に自分の知らないボルドの情報を聞けて嬉しくも感じていた。



(ああ、やはり出張はいいものですね)



 内心でカテリーナは笑みを零す。

 出張すればボルドから色々な話も聞けるし、何より彼と二人っきりになれる。不本意ながら男女としての進展は思うようにはいっていないが、こうして機会を繰り返せばボルドも男だ。いずれはきっと……。

 と、表面上に真意は一切出さず、内心だけで野望を抱くカテリーナだったが、不意に不満そうに少しだけ表情を崩した。



「おや? どうしましたか?」



 部下の表情の変化にいち早く気付くボルド。

 組織内で彼は気遣いに定評のある《妖星》だった。



「何か不満でも?」


「いえ。不満ほどではないのですが、伯爵閣下のことについてです」


「伯爵閣下ですか?」


「はい」カテリーナは首肯した。「協力してくださるのは有り難いのですが、元より閣下は底知れない人物です。どこまで信用できるのか……」


「う~ん、確かにそうですね」



 ボルドはあごに手をやった。

 カテリーナの不安はよく分かる。特に今回の伯爵はやけに協力的すぎる。

 何か二心があるのかと考えるのも当然だった。

 だがしかし――。



「ですがカテリーナさん。利害が一致している時の閣下は信頼できますよ。大切なのは利害が崩れる瞬間を見極めることです」



 今はまだ信用できる。ボルドはそう判断していた。



(彼が我々を陥れようとしているようには見えません。恐らくはもっと楽しみ(・・・)なことがあるのでしょうね……)



 心の中でそう呟く。恐らくその舞台こそがこの新徒祭なのだろう。

 果たしてここで彼は何をするつもりなのか――。



(ふふっ、面白いですね)



 ボルドは好々爺の笑みを浮かべた。

 欲望に素直であれ。それが《黒陽社》の教義にして社訓だ。

 欲望に従って邁進する伯爵を諫めるような無粋な真似をするつもりはない。



「まあ、いいではありませんか。カテリーナさん」



 そして未だ不審気な顔をするカテリーナに向けて、ボルドは告げた。



「ここは伯爵閣下のお手並み拝見と行こうではありませんか」




       ◆




「ところで伯爵閣下」



 握手を終えたコウタが、おもむろにハワードに尋ねる。



「今日はどうして騎士学校に?」



 すると、ハワードは「ははっ」と笑い、



「私もここの卒業生だ。母校の新徒祭に顔を見せてもおかしくはないだろう。だが、それにしても――」



 そこで相も変わらない無愛想な顔を見せるシャルロットを一瞥する。



「懐かしいな。そう思わないかスコラ君。学生の頃、私達も新徒祭で演武をしたからね」


「……ええ。そうですね」



 シャルロットは思わず渋面を浮かべそうになるのを堪えて答えた。

 学生時代。それなりに腕には自信があった自分が結局一度も勝てなかった相手。それがハワード=サザンだった。

 しかもそれを当然と考え、当時この男はシャルロットを歯牙にも掛けなかった。

 それがまた実に腹立たしい。

 シャルロットとしては懐かしさよりも会うだけで不快になる男である。



「しかし、サザン伯爵」



 だからこそ少し険のある声で尋ねた。



「あなたは私と違って、公人としてとても忙しい立場なのでは? 学生時代を懐かしむためだけにこんな場所にいても良いのですか?」


「ははっ、その点は心配いらないよ。スコラ君」



 ハワードは朗らかに笑う。



「今日はこの日のためにスケジュールを調整したんだ。なにせ、今年の演武は私の知る後輩達が行うと聞いていたからね」



 そう告げて、ハワードはコウタとリーゼに目をやった。

 コウタ達は目を丸くする。そしてリーゼが、



「え? どうして伯爵がそれを?」



 そう尋ねると、ハワードは「校長から聞く機会かあったのです」と答えた。



「だからこそ興味を抱いたのですよ。出来ることならば演武の前にリーゼさま達と落ち着いた場所で話したいと思い、偶然出会ったルカさまをここにご案内したのですが、どうもうちの学校の悪ノリぶりを失念していました」



 ハワードは少し気まずげに頬をかいた。

 あんなアナウンスがされることだけは、ハワードにとっても想定外だった。

 ちらりと見ると、ルカは恥ずかしすぎて深々と俯き、前髪で瞳を隠していた。流石に申し分けないことをした気分になるが、それはもう済んだことだった。



「ともあれ、こうして無事会えたのは幸運ですね」



 ハワードは面持ちを真剣なものに変えて、コウタとリーゼに視線を向けた。



「リーゼさま。ヒラサカ君。公人としてではなく君達の先輩の一人として今日の演武を楽しみにしているよ。二人とも頑張ってくれ」


「は、はい。伯爵閣下」


「……ご期待に添えるよう努力致します」



 と、リーゼが少し驚いた様子で答え、コウタの方は頭を下げて応える。

 ハワードは満足げに微笑むと、



「では、私は校長に面会する予定があるのでここらで失礼するよ。ルカさま。どうか我が母校の新徒祭を楽しんで下さい」



 そう告げてハワードは去って行った。

 後に残されたコウタ達はしばし沈黙していたが、



『………ふうゥ』



 不意にメルティアが大きく息を吐き出した。

 慣れない人物とのいきなりの遭遇で彼女が一番緊張していたのだ。伯爵の友好的な挨拶にも『は、はい』『そうですね』と相槌しか打っていなかった。

 ようやく解放され、彼女は着装型鎧機兵(パワード・ゴーレム)の中で深く脱力していた。



『ま、まあ、こうしてルカと会えたの良かったですね』



 と、気持ちを改めて弟子にそう告げる。



「は、はい。ご迷惑をお掛けしてすみません。お師匠さま。みなさん」



 そう言ってぺこりと頭を下げるルカ。

 対し、全員が「気にしないでいい」と告げた上で、



「では行きましょうか。おっぱいの大きい迷子のルカちゃん」


「ひ、ひゥ?」


「……うん。行こう。とにかくおっぱいの大きい迷子のルカちゃん」


「ひゥっ!?」



 早速リーゼとアイリに弄られ、ルカは涙目になった。

 メルティアとシャルロットは何も言わなかった。

 そうして一行は、用が済んだ教室から出ることにした。まずルカを囲んだ女性陣が教室を出て、次にゴーレム達がガシュンガシュンと足音を立てて続いた。

 その後にコウタも続こうとする――が、



「……なあ、コウタ」



 最後に残ったジェイクが相棒の背中に問う。



「どう思う? あのおっさんの態度」


「どう思うって? それは……」



 と言いかけたところでコウタはジェイクの方へと振り向き、苦笑いした。



「その前に伯爵をおっさんと呼ぶのはやめなよ。それを言っちゃうと、同い年であるシャルロットさんまでおばさ――」


「どう思う? あのお兄さんの態度」



 即座に言い直すところは、いかにもジェイクであった。

 コウタは乾いた笑みを見せつつも、真剣な眼差しを親友に向けた。



「率直に言うと怪しすぎると思ったよ。語った内容にも、ここにいた理由も不自然さはなかったけど、そもそもあの人は前回の事件の時から怪しすぎる」



 一拍おいて、



「それを置いたとしても一番怪しいのは、伯爵はメルのあの姿を見ても全く動じていなかったことだよ。ゴーレム達も含めて当然のように対処していた」



 たとえメルティアの事情を誰からか聞いていたとしても着装型鎧機兵(パワード・ゴーレム)の威圧感は相当なものだ。だというのに伯爵は当然のようにメルティアを淑女として扱っていた。

 それが今回において唯一不自然な点であった。



「多分、あの人は何かを企んでいるよ」



 コウタはそう確信していた。



「……ああ、そうだな」



 その意見にはジェイクも同意だった。

 前回の事件以降、彼もサザン伯爵には警戒していた。



「もしかすっとあの伯爵さま。この新徒祭で何か仕掛けてくるかもな」


「うん。そうだね。その可能性は高そうだよ。多分シャルロットさんも警戒していると思うけど後で話しておこう。ただ、ボクは今日演武があるから……」


「おう。分かっているよ」



 ジェイクは親指を立てて言葉を継いだ。



「万が一の時はオレっちがメル嬢を守ってやるさ。もちろんアイリ嬢ちゃんやルカ嬢のこともな。何よりシャルロットさんもだ。あっ、けどお嬢のことだけは頼むぜ」


「うん。任せておいて」コウタは力強く首肯した。「リーゼはボクと一緒に演武に出るからね。いざとなった時のリーゼのフォローはボクがするよ」



 と、告げたところでコウタは、



「ああ、そう言えば」



 そう呟き、実に気まずそうな表情を見せた。息巻いて「シャルロットを守る」と宣言するジェイクの様子から、ある事実を思い出したからだ。



「けどさジェイク。シャルロットさんの話なんだけど……」



 そしてコウタは、どこか申し訳なさそうに語る。



「その、ジェイクには辛いことだろうけど、シャルロットさんってどうも本気で好きな人がいるみたいだよ。残念だけどジェイクに脈は……」


「ふん! それがどうしたよ。それでもオレっちはシャルロットさん一筋さ!」



 ジェイクの意思は揺らがなかった。



「たとえシャルロットさんに好きな野郎がいても、要はオレっちがその野郎を超えてシャルロットさんに惚れてもらえばいいだけだろ!」



 清々しいぐらい前向きにそう宣言する。

 その気迫を前にして、コウタは「おお……」と敬意の混じった声を零した。

 流石はジェイク。折れない男だ。

 当然ながら、コウタとしては親友の恋を応援したかった。



「うん。そうだね。けど、相手がどんな人か分からないと対策も難しいからね。ボクもそれとなくシャルロットさんに探りを入れてみるよ」



 と、自ら協力を申し出る。いつもいつもジェイクには助けてもらっているのだ。せめてこれぐらいのサポートは積極的にすべきだろう。

 ジェイクは「おう! サンキューな!」と言ってコウタの背中をバンと叩き、教室から出て行った。結果、最後に残ったのはコウタだけになった。

 コウタは静かになった教室を見渡した。

 そしてポツリと呟く。



「どうやら騒がしい新徒祭になりそうだね」



 その声は確信を宿していた。

 しかし、その後に「だけど」と続けてコウタは目を細めた。



「あなたが何を企んでいようと、ボクは負けないよ。サザン伯爵」



 そう宣言し、歴戦の少年もまた教室を後にした。

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