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第四章 機械の宮③

 館のホールに入ったルカは、緊張で喉を鳴らした。

 左右へと分かれる大きな階段。見上げる先にはシャンデリア。所々に本などが散らかってはいるが、公爵家に恥じない立派な造りのホール。

 そして、そこには今、ルカの二人の先輩が待っていた。



「おっす。元気かルカ嬢」



 と、愛想の良い声で大柄な先輩――ジェイクが二カッと笑った。



「おはようございます。ルカ」



 続けて、頭頂部辺りで蜂蜜色の長い髪を結いだ、美女とも呼べそうな先輩――リーゼが優しく微笑んだ。



「は、はい! おはようございます!」



 ルカはぺこりと頭を下げた。

 二人とも出会って日は浅いが、親身になってくれる優しい先輩達だった。



「きょ、今日はお招きありがとう、ございます」



 と、ルカは緊張感丸出しで挨拶をする。

 すると、ジェイクとリーゼは顔を見合わせ、



「おいおい。ルカ嬢。それはオレっち達に言う挨拶じゃねえだろ」


「ええ、そうですわ。わたくし達も招かれた身なのですから」


「え、そ、その……」



 困惑するルカ。その時、コウタがポンと彼女の肩を叩き、



「まあ、二人とも。いきなり後輩を弄るのはナシだよ。今のルカの台詞は歓迎会に対するものだし」



 と、フォローを入れる。ジェイクとリーゼは済まなさそうに苦笑していた。

 ともあれ、ルカはホッとした顔を浮かべて、



「す、すみません。コウ先輩」



 と、コウタに何度も頭を下げていた。

 コウタは困った表情を見せると押しとどめるように両手を出して、



「いや、そんなに謝らないでよルカ。君はただ挨拶しただけなんだし。むしろまず君に対して挨拶すべきは――」



 そこでコウタはホールを見渡した後、リーゼに目をやった。



「リーゼ。メルはまだ支度を?」


「……はい」



 対し、リーゼは頬に片手を当てて嘆息し、



「困ったものですわ。やはり土壇場で尻込みをしてしまって……今はアイリが説得している最中ですの」


「う~ん、そっか」



 メルティアの人見知りレベルは恐ろしく高い。

 可愛い弟子とは言え、『本来の姿』を見せるのはやはりまだ怖いのだろう。



「うん。分かった」



 コウタはこくんと頷いた。



「ボクがメルの様子を見てくるよ。リーゼ達は先にルカを地下の工房に――」



 と、言いかけたところで。



「ははっ、待ちな。コウタ」



 不意にジェイクが笑った。



「あんまメル嬢を甘く見んなよ。どうやら覚悟を決めたみてえだぜ」


「……え?」



 コウタが目を丸くする。と、

 ――ガシュン、ガシュン、ガシュン……。

 重厚なのか軽快なのかよく分からない足音がホールに近付いてきた。



「あ、この音って」



 と、コウタが軽く目を瞠っている内に、彼らはホールに現れた。

 現れたのはゴーレムの集団。

 彼らは一糸乱れぬ同一個体のような動きで軍隊のように進み、ホールの一階。そして階段に陣取った。壮観ではあるが少しだけ怖い布陣だ。



「す、凄い、です!」



 が、それを見て瞳を輝かせたのはルカだった。



「零号さんが、いっぱい、です! こんなに量産されてた、なんて!」



 数機ぐらいの量産は予想していたが、この場にはなんと五十機近くもいる。流石に想像を超えていた。彼女にとってはまさに夢のような光景だった。



「さ、触ってもいい、ですか!」



 そう言って、一番近くのゴーレムに触れようとした時だった。



「ルカ。ゴーレムと遊ぶのはもう少し待ってくれないかな」



 と、優しい声でコウタに止められた。



「え、ダ、ダメ、ですか?」



 ルカが残念そうな顔でコウタの方に目をやった。

 するとコウタはふっと笑みを零し、



「今はまだね。まずは彼女にご挨拶をさせて上げて欲しい」



 そう言って、ホールの正面、二階の位置を指差した。

 ルカもコウタにつられて視線をそちらに向けた。

 そして――。



「…………え?」



 ルカはゴーレムの集団を見た時よりも驚いた顔をした。

 そこに居たのは二人の少女だった。

 一人はメイド服を着た九歳ほどの少女。薄い緑色の長い髪が印象的な女の子だ。

 そしてもう一人は――。



(……綺麗……)



 ルカは思わず見とれてしまった。

 年の頃は十四、五歳ぐらいだろうか。

 ネコ耳を持つ紫がかった銀の髪に、神秘的にも見える綺麗な顔立ち。

 群を抜いたプロポーションを持ち、白いブラウスと黒いズボンから伸びる四肢は華奢であるが、しなやかさも宿している。

 実に見事なスタイルだった。これほどの神懸かったスタイルの持ち主はルカが知る限りでも彼女の母か、姉貴分である幼馴染ぐらいしかいなかった。



「も、もしかして……」



 ルカは直感で気付く。



「あなたはお師匠さま、なのですか?」



 少女の金色の瞳は、静かにルカを凝視していた。

 そして数秒後、メイド少女を従えた彼女は緊張した様子で「はい」と頷いた。

 聞き覚えのある声にルカはますます目を丸くする。

 そんなお客様に対し、彼女――メルティアは優しく微笑み、歓迎の言葉を告げた。



「よ、ようこひょ! わ、私の館ふぇ!」



 まあ、恒例のごとく盛大に嚙んではいたが。




       ◆




「……ふむ」



 場所は変わってアシュレイ家本邸。

 休日とはいえ、珍しく朝から邸にいるメルティアの父――アベルは呻いた。



「なるほど。『彼女』は無事メルの館に到着したのだな」



 と、執務席に座ったまま視線を下の方に向けた。



「……ウム。ルカ、メルサマトナカヨシ」



 そう答えるのはゴーレムの一機だ。



「……メルサマ。トモダチ、フエタ」



 と、その隣にいる一機も続く。



「……キョウハオトマリ。レッツパーリー!」



 さらにその隣の一機も答えた。



「……ルカハイイコ。オレノヨメ」



 さらにその隣のゴーレムが――。



「いや、もういい。報告ありがとう」



 少し引きつった声でアベルがゴーレムの報告を打ち切った。

 すると総勢で六機いたゴーレム達は真っ直ぐアベルを見つめて。



「……ウム。デハ、サラバ」



 一機がそう告げるのを皮切りに、ガシュンガシュンと足音を鳴らして全機が部屋の出口に向かった。届かないはずのドアノブにも前腕部をワイヤーで伸ばして掴み、器用に扉を開けて退室する。

 それを見届けてから、アベルは少し耳を澄ませてみた。

 獣人族の血を引く彼の五感は常人よりもかなり鋭い。意識を集中させれば微かにだが廊下の声も拾うことが出来る。



『あら。ゴーレムちゃん達。今日も来てたの?』


『……ウム。イツモノカラブキ、モトム』


『あはは、仕方がないわね』



 と、メイドらしき女性との会話が聞こえてくる。

 アベルの顔がかなり引きつった。



「もう完全に打ち解けているな。彼らは」



 愛娘が開発した自律型鎧機兵。我が娘ながらとんでもない天才だと思うが、どうも最近別館だけでなく本館にも居座っている機体がいた。

 コウタの話では本来ゴーレム達はメルティアの傍から離れないはずらしいのだが、最近は自主的に活動範囲を広げているようだ。メルティアの行動範囲が広がりつつあるのが原因だと思うので、ある意味喜ばしいことではあるのだが……。



「しかし、随分と増えすぎていないか?」



 自分の集中した聴力が確かならば、廊下の別方向からもガシュンガシュンという音が鳴り響いている。恐らく数機分の足音だ。

 アベルの顔がますます強張った。



「……メルよ」



 そしてアシュレイ家の当主は嘆息した。



「頼むからもう少し加減をしてくれ」



 いずれ別館だけでなく、アシュレイ家そのものがゴーレム達に覆い尽くされる。

 そんな未来を想像して、流石にげんなりとするアベルであった。

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