第三章 師弟。あるいは似た者姉妹③
そうして十五分後。
『零号の《星導石》にはC級のものを使用しています』
「C級、ですか? 鎧機兵ではほとんど、使われないクラスですね」
『はい。ですがこの子の重量、骨格ならば充分な出力です。最近は戦闘時用に恒力の増幅機関も搭載しましたし』
「恒力の増幅! そんな機関が!」
と、ココロッソ工房の片隅にて。
零号を挟んで、メルティアとルカは談義に花を咲かせていた。
一見すると美少女が瞳を輝かせて厳つい甲冑騎士に話しかけている光景。
周囲の店員や来客者は不思議そうな眼差しを向けるが、工房内では甲冑姿もそこまで目立たないのですぐに視線を外した。そんな中で彼女達に注目するのは少し離れた場所にて立つコウタと、ルカのメイドであるカタリナだけだった。
「……これは驚きました」
その時、不意にカタリナが語り始めた。
「引っ込み思案のお嬢さまがあんな大柄な方に自分から話しかけるとは」
「いや、いえいえ」
コウタは視線を隣で佇むカタリナに向けた。
「彼女も中身は女の子ですし。怖いのは外見だけですよ」
と、メルティアのフォローを入れつつ、
「それよりもワーカーさん」
コウタは楽しそうに話すルカを一瞥してから、改めてカタリナに尋ねた。
「本当に彼女はボク達の学校に?」
「はい」カタリナはコウタに視線を向けて頷いた。「来月から入学する予定です。何卒お嬢さまのことよろしくお願い致します」
そう言って、深々と頭を下げてきた。
コウタも慌てて頭を下げて、
「こちらこそよろしくお願いします」
と、挨拶を返すのだが、内心では大喜びしていた。
(――やった、やったぞ!)
何という幸運! 何という僥倖なのか!
メルティアのアドバイザーを見つけるという今回の難題中の難題。拭いきれない不安を抱えて臨んでいたが、まさかこんなあっさり解決するとは!
コウタはメルティアに目をやった。
着装型鎧機兵を纏っているため表情は分からないが、そこは長年一緒に暮らしてきた幼馴染だ。彼女のテンションが徐々に高まっているのは態度と口調だけ分かった。
今もルカと会話をしているだけで、メルティアが復調しつつあるのは間違いない。
ルカは見事なまでにすべての条件を満たしていた。
しかも性格面でも問題ない。全身から溢れ出ているルカの子犬のようなオーラは、メルティアの警戒心を大いに緩和させていた。
まさにベストなキャスティングだ。
恐らくこれ以上の人選はない。それどころか、彼女ならば魔窟館への立ち入りさえも許されるかもしれない。コウタはそんな予感がした。
ただ、唯一思惑と違うのは――。
『なるほど! 遠隔型の鎧機兵ですか! その発想はありませんでした!』
「はい! それが出来れば鎧機兵の使用方法も、幅が広がると、思い、ます!」
そう言って、ルカが大きな胸の前で両の拳を固めた。
メルティアはおもむろにあごに手をやり、
『ええ。確かにそうですね。しかしあなたは面白いことを考えますね』
「い、いえ。私に出来るのは思いつくことだけで……お師匠さまみたいに創り上げることまで、出来ません……」
しゅん、と肩を落とすルカ。
すると零号が「……元気ダセ」と励まし、
『大丈夫ですよ。ルカ』
零号の母たるメルティアはふっと微笑んだ。甲冑上は何の変化もないが。
『すべてはこれからです。共に学んでいきましょう』
そう励まされ、ルカは表情を輝かせた。
そして尊敬の眼差しをメルティアに向けて言う。
「はい! お師匠さま!」
……………………………………。
……………………………。
「「………………」」
コウタとカタリナは、何も語らずその光景を見ていた。
いつの間にか二人の間には師弟関係が結ばれていた。
「あ、あの」
コウタはカタリナに尋ねた。
「あれっていいんですか? どうも師弟関係になっているみたいですけど?」
ここまでにコウタ達は簡単に互いの素性を話していた。
メルティアがアシュレイ公爵家の令嬢と聞き、流石にルカ達も驚いていたが、それはともかく、話によるとルカはこの国に留学で来ているそうだ。
ルカ達の故郷の詳細までは聞かなかったが、こうやって従者まで付いている以上、恐らくは貴族。それも相当な名家のお嬢さまではないかとコウタは考えていた。メルティアもこの国における最高位の貴族のご令嬢ではあるが、それでも他国の令嬢を弟子扱いするのは問題があるように思える。
するとカタリナは微笑むような苦笑を浮かべて。
「特に問題ないかと。お嬢さまのご家族はとても大らかな方々ですから。同年代と技術を語り合うのはよい経験でしょう。それにこの国に来てからお嬢さまは部屋に籠りがちでしたので、お元気になられて結構です」
「は、はあ……。そうですか」
とりあえず問題はないようだ。しかし、コウタはコウタで流石に弟子になるとは想定していなかったので、つい生返事をしてしまう。
と、そうこうしている内に時間は経ち、工房は閉店間近になってしまった。
店内に閉店を知らせる音楽が響き始める。コウタ達四人は工房から出ると、人通りが若干少なくなった歩道にて向かい合わせに立った。流石に夜もかなり遅くなってきている。別れの挨拶のためだ。
『それではルカ。名残惜しいですが、今日はここでお別れです』
「はい。お師匠さま。どうかお元気で」
と、ルカが今生の別れのようにメルティアの手を掴んで言う。
続けて「零号さんもお元気で」と、腰を屈めて零号にも別れを告げると、最後にコウタの方へと目をやり、
「あ、あの、その、先輩。お休み、なさい」
コウタに対してだけはよそよそしく挨拶をする。
ほとんど会話をする機会もなかったので仕方がないことかも知れないが。
すると、カタリナが深々と嘆息し、
「ヒラサカ殿に失礼ですよ。お嬢さま。申し訳ありません。お嬢さまはどうにも初対面の方とお話するのが不得手でして」
「い、いえ。ボクと彼女はほとんど会話もしてませんし、緊張もしますよ」
そう言って、コウタは破顔した。
一方、ルカは「ひ、ひゥ」と頭を抱え、カタリナはますます嘆息した。
「そう言って頂けると有り難く存じ上げます。しかしお嬢さま。もう少し会話に慣れて下さい。それも騎士学校で憶えていくといいでしょう」
「わ、分かりました。カタリナさん」
再び、しゅんとした様子でルカは返答する。
カタリナは主人である少女を見据えて、
「宜しいですか。ルカお嬢さま。学校ではくれぐれも粗相がないように。入学のためにお力添えして下さったサザン伯爵閣下の信頼を裏切ってはいけませんよ」
と、厳しい口調でそんなことを言う。
「え?」
コウタは目を丸くした。
メルティアも甲冑の下で眉を少しひそめ、零号は首を傾げた。
聞き覚えのある名前が不意に出てきたからだ。
「あの? ワーカーさん。サザン伯爵とお知り合いなのですか?」
「え?」
対し、カタリナは初めてキョトンとした表情を見せた。
が、すぐに表情を平静なものに改めて。
「ええ。存じております。実は入学手続きの際、少しばかりもめまして。正直困っていたのですが、今お世話になっているお嬢さまの遠縁の方からサザン伯爵のことをご紹介されまして。もしやヒラサカ殿も伯爵をご存じで?」
「はい。以前お目通しする機会がありまして……」
「まあ。そうでしたか」
思いがけない共通の知り合いにコウタ達は少し驚いた。
が、それ以上何かを語る前に、不意に周囲が少し暗くなった。ココロッソ工房の明かりが落ちたのだ。ただの別れの挨拶が随分と脱線してしまったようだ。
「あら。夜も大分遅くなってしまったようですね」
カタリナは苦笑を浮かべてそう言った。
「サザン伯爵のお話は機会があれば後日にでも。それではアシュレイさま。ヒラサカ殿。零号さん。我々はここで失礼させて頂きます。よい夢を」
「あ、はい。お休みなさい。ルカさんもお休み」
深々と頭を垂れるカタリナに、コウタも頭を下げ、ルカに優しい声でそう告げる。
ルカは「は、はい。お休みなさい」と応えた。
そうして異国の主従は背を向けて大通りを去って行った。
コウタ達はしばし彼女達の後ろ姿を見送っていたが、
『コウタ! 私達も早く魔窟館に帰りましょう! 今ならどんどんアイディアが湧いてきそうです!』
と、甲冑の中で満面の笑みを浮かべているであろうメルティアが言う。
ムフー、という興奮気味の息まで聞こえてきそうだ。
コウタは目に見えて元気になった彼女の手を取り笑った。
しかし、内心では――。
(……サザン伯爵か)
かつて月光が差す森の中で対峙した青年。
実直な戦士ではあるが、同時に策士とも感じられた不思議な人物。
コウタはメルティアの手に触れたまま、もう一度ルカ達が去った大通りに目をやった。
まさか、ここであの青年の名前を聞くとは――。
色々とあったせいか、少しだけ警戒する気持ちが湧いてくるが、
(まあ、気にしすぎかな)
と、思い直してコウタは苦笑する。
そうして彼らもまた帰路につくのであった。
◆
――同時刻。
「おおッ、これが私の!」
王都パドロの一角。王城に近い位置にある高級ホテルの一室にて。
興奮を隠せない声でハワードがそう呟いた。
ソファーに座る彼の手にはある鎧機兵の性能表が握りしめられていた。
「はい。これこそが閣下が求められていた鎧機兵です」
そう告げるのは、向かい側のソファーに座る黒服を纏った男だ。
年齢は四十代後半。頭髪はかなり薄く、線のような細い瞳を持ち、いかにも中間管理職が似合いそうな男だった。
ボルド=グレッグ。
温和な風貌からは考えられないが、とある犯罪組織の大幹部を担う人物である。
ハワードとボルドは今、高級木材の背の低い机を挟んで座っていた。
室内には彼ら以外の姿はない。
「さて。では本命を」
そう言って、ボルドは足下に置いてあったトランクケースを机の上に置いた。
ハワードの眼差しが性能表からトランクケースに移る。
そしてカチャリと開かれるトランクケース。その中にあったのは、丁重に保管された白い鞘の儀礼剣だった。
「おおッ! これがッ!」
「はい。我が社が開発した閣下のための鎧機兵――《アズシエル》です」
「おおお……」
ハワードは緊張した面持ちで儀礼剣を手に取った。
そしてすっと抜刀する。この上なく美しい刀身にハワードは見とれてしまう。
「感謝致します! グレッグ殿!」
が、すぐさま歓喜の表情を見せた。
「これで私は万全となった! では早速、購入の方ですが――」
「あ、それは少々お待ち下さい。伯爵閣下」
と、そこでボルドが興奮して身を乗り出すハワードを止めた。
「実は大変申し訳ありませんが、この機体の代金の代わりに伯爵閣下にはぜひお力添えして頂きたいことがあるのです」
そう告げられ、ハワードは一瞬目を見開いた。
「……ほう」
またしても『力添え』と来たか。最近いささか頼まれ事が多い気がする。
しかし、それにしても――。
「グレッグ殿が頼み事とは珍しいですな」
「いやはやそれは」
ボルドは懐から出したハンカチで頬の汗をぬぐい、困った顔で笑う。
「実際のところは私自身の頼み事ではないのですよ。他ならぬ我らが『姫君』の願い事なのです。正直に言えば結構無茶な要望でして。しかし彼女のお願いに関しては私も立場的に無下にも出来ず本当に困っているのです」
そう語るボルドは、どこか疲れた様子だった。
両肩を力なく落とす仕草など実に板についている。
「おやおや、グレッグ殿もしがらみが多く大変そうですな」
そしてハワードは不敵な笑みを零して告げた。
「分かりました。私でお力添え出来るかは分かりませんが、まずはそのお話をお伺い致しましょうか。グレッグ殿――」




