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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第4部

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第八章 天上の《星》と煉獄の《竜》④

『――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』



 獅子の怪物が己を鼓舞するように吠える!

 そして気迫を纏ったまま大地を蹴り、悪竜の騎士へと肉薄した。

 振り抜かれる右の爪。が、それを悪竜の騎士――《ディノ=バロウス》は意にも介さず左腕の裏拳で弾いた。



『ッ!? チイィ!』



 ビリビリと痺れる右腕。さらには全高では上回っているのにも関わらず、大きく仰け反ってしまった。膂力の差が比較にもならない。



『――ならば!』



《死面卿》は眼光を鋭くする。

 直後、三本の尾が獅子の巨体の背後から襲い掛かった。

《ディノ=バロウス》は炎を揺らしてそれらをすべて回避した――が、

 ――ズガンッ!

 唯一、襲撃に加わらなかった四本目が地中から飛び出してきた。

 しかし、それは影武者も行った戦法だ。

 当然ながら《ディノ=バロウス》には通じない。



『甘いよ。《死面卿》』



 コウタがそう告げ、《ディノ=バロウス》が襲い来る尾を左手で掴み取った。

 次いで、処刑刀を握りしめた右拳で獅子の怪物の鼻面を殴打する!



『ぐあッ!』



 巨体ごと後方に吹き飛ぶ《死面卿》。しかし、尾を握られているため、十セージルほどで動きは強引に止められてしまった。

 そして《ディノ=バロウス》は左腕を大きく振るう。尾を捕まれている獅子の怪物は宙空に釣り上げられ、そのまま地面に叩きつけられた。



『――ぬう!』



 地面にめり込みつつも《死面卿》は捕われた自分の尾を爪で切り落とした。これで拘束はもうない。《死面卿》は即座に立ち上がり間合いを広く取り直した。

 その間、《ディノ=バロウス》は悠然と構えている。

《死面卿》はそんな竜装の鎧機兵を睨み付けつつも、渋面を浮かべた。


 ……まさか、ここまで強いとは。



『だが、まだだ! 我はまだ諦めぬ!』



 言って、再び地を駆ける。

 両腕を交差して頭部を隠す完全防御による突進だ。

 それに対し《ディノ=バロウス》は一刀両断しようと処刑刀を振り下ろしたが、

 ――ガギンッ!



『――ッ!』



 コウタは目を軽く剥いた。

 強い衝撃と共に処刑刀が大きく弾かれてしまったからだ。

《死面卿》は不敵な笑みを零す。が、



『――コウタ』



 その時、悪竜の騎士から少女の声が響いた。



『あの男、恐らく両腕をダイグラシム鋼に変えています』


『ああ、そういうことか。なら!』



 続けて聞こえてくる少年の声に合わせて再び振り下ろされる処刑刀。

 両腕を掲げた《死面卿》は笑みを浮かべていたままだったが、



『な、なに!?』



 愕然と双眸を見開いた。

 材質を変えて強度を上げていた両腕が、あっさりと切断されたのだ。

《死面卿》は知る由もないが、この技はコウタの独自(オリジナル)の闘技であった。

 名を《断罪刀》と言う。

 極小の恒力の刃を刀身に沿って超高速で動かし、切断力を上げる技であり、かつて黄金の鎧機兵の腕さえも斬り落とした必殺の闘技だった。

 そして地面にズズンと落ちる獅子の両腕。ダイグラシム鋼の硬度さえ歯牙にもかけない結果に呆然とする《死面卿》だったが、その直後、

 ――ザンッ!

 今度は防御を失った無防備な胸板に深い斬撃を受けた。



『――がはッ!』



 反射的に身を前に屈める獅子の怪物に悪竜の騎士は左手をかざした。《死面卿》はハッとして横に逃げようとするがその前に強烈な衝撃を全身に受ける事になる。

 恒力を掌から撃ち出す《穿風》を喰らったのだ。

《死面卿》の巨体は吹き飛び、木々に叩きつけられた。



『ぐ、うぅ……』



 木に背中を預け、《死面卿》は呻いた。

 やはりこの悪竜の騎士はとんでもない怪物だ。

 すでに勝機はない。このままではただ殺されるだけだった。



(く、ここまでか)



《死面卿》は決断した。

 勝ち目がない以上、撤退するしかない。ここは、かつて自分を死の淵まで追い込んだ『あの男』からも逃走を果たした手段(きりふだ)を使うまでだ。

 だが、ここで大人しく引き下がるのもしゃくに障る。



『……少年よ』



《死面卿》は最後に不安を抱かせる捨て台詞を残すことにした。



『お主の強さは想像以上だった。口惜しいがここは撤退させて頂こう。だが忘れるな。我は乙女を諦めた訳ではない。そしてその機体に乗っている少女もな』


『――――……』



《死面卿》の捨て台詞に対し、悪竜の騎士は無言だった。

《死面卿》は『ふん』と鼻を鳴らしつつ一瞥し、逃走に入った。

 唐突に獅子の怪物の全身がドロドロと溶け始めたのだ。



『――コウタ!』



 少女の声が再び響く。



『まずいです! あの男、液体金属になるつもりです。地面に潜られては追跡もできません! 逃がしてしまいます!』



 と、的確に状況を説明する。



(……ふん)



《死面卿》は内心で感嘆した。

 なかなか聡明な少女だ。だが、もう肉体のほとんどは液体金属化している。

 こうなれば、いかなる攻撃を受けても致命傷にはならない。

 後は地中に深くにまで染み込み、移動するだけだった。

 しかし、そんな状況であっても少年は動じない。

 ただ、背筋が凍るような冷淡な声で、



『おい。お前』



 少年はポツリと告げた。



『アイリのことも当然だけど、ボクの目の前でメルを狙うなんてほざいてただで済むとでも思っているのか』


『……なに?』



《死面卿》は眉間にしわを寄せた。が、すぐに侮蔑するような笑みを見せて、



『強がりもいいところだな。液体化した我をどうやって始末しようというのだ。こうなってしまえば捕らえることさえも不可能――』



 と、語る《死面卿》の言葉は最後まで言えなかった。

 突如、ズズンと全身が潰されたからだ。



『な、なんだ、これは!』



 それは凄まじいまでの重圧だった。恐らく半径十数セージルの範囲が問答無用で押し潰されている。巨大な槌が叩きつけられたように地面が窪んでいた。



『この闘技は《堕天》と言うそうだよ』



 そう告げたのは悪竜の騎士だった。

 驚くべきことに竜装の鎧機兵は、この高重圧の中でも悠然と歩を進めていた。

 ズシン、ズシンと響く重い足音と共に言葉はさらに続く。



『この技はボクにとって決して忘れられない男の闘技だよ。正直、使用するのは色々複雑なんだけど、役には立つ技だ。お前が液体になってもこの闘技なら全身を余すことなく潰してしまえるしね』


『そ、そんな馬鹿な……』



 身動きが取れない《死面卿》は呻いた。

 まさかこんな方法で自分の逃走手段が封じられるとは……。



『とは言え、借り物の技でトドメなんて締まらないしさ』



 コウタは目を細めて告げる。



『決着はボク独自の闘技でつけるよ』



 言って、悪竜の騎士は処刑刀を横に薙いだ。同時に《ディノ=バロウス》を覆う炎がわずかに縮小し、その代わりに刀身が赤く輝き始める。



『ボクが名付けたこの闘技の名は《極天印》』



 コウタは《ディノ=バロウス》の操縦席から、人面を浮かび上がらせる水たまりと化した《死面卿》を見据えて説明する。



『広範囲を押し潰す《堕天》に対し、この闘技は恒力を刀身のみに収束させて円筒状に圧縮させるんだ。剣技としては刺突になる。だけど、穿つほど鋭くはない。ただ原型を留めないぐらいにすり潰す。そんな闘技だよ』



 そう言って高重圧に機体を軋ませながら悪竜の騎士は歩を進める。

 その光景を《死面卿》は呆然と見つめていた。

 もはや自分の死はどうあっても免れない。

 それを悟ったせいだろうか。

 不意に、とても懐かしい声が胸の奥に響いた。



『――――さん』



 それは、もう忘れてしまった彼の名前を呼ぶ声だった。

 懐かしい。彼が心から愛した唯一の女性の声だ。



『大丈夫だよ。今はスランプになっているだけ。貴方はきっと大丈夫よ』



 そう告げる彼女の顔はとても美しかった。

 幸運にも《ゴルディアの槌》を手に入れ、思いのまま金属を操る能力を得たおかげで自分のイメージを見事に再現できるようになった作品達。

 だが、忠実に再現できるほど彼は『何か』が足りないと感じていた。

 その『何か』は彼女の微笑みを見た時、気付いた。

 美しさだ。芸術では再現できない生命だけが宿す美しさだった。



 ――そう。それは女神だけが起こせる奇跡の業だった。



 それに気付いた時、彼は女神の使徒となっていた。

 この《夜の女神》が生み出した美しさを永久に残したいと思ったのだ。


 そして――。



(ああ、我は……)



 最も愛しい者を『作品』に変えた。

 後悔はしなかった。それどころか、その後も彼が美しいと思った人間を次々と『作品』にしたものだ。女神の美を残す。そのことに誇りさえ抱いていた。


 けれど、本当は――。



(命は形だけ留めても意味はない。変化こそが命の本質だった)



 いつしかそれに気付いていた。だからこそ、女神は命に『時』を与えたのだ。



(結局、我は芸術家でも女神の使徒でもなかったのだな)



 皮肉気に口角を崩す。

 そんな自分にトドメを刺すのが女神の神敵というのだから、もう笑うしかない。

 悪竜の騎士の処刑刀はより赤い輝きを放っていた。

 そして処刑刀の切っ先が地面に向けられる。



『……少年よ』



 そんな中、厳かな声で《死面卿》は最後の言葉を語った。



『お主の傍らにいる獣人族の少女。そしてあの《星神》の乙女。二人とも本当に美しい(・・・・・・)。失うには惜しい存在だ。何としてでも失うでないぞ』


『お前に言われるまでもないよ』



 少年の声は無下もない。

 まあ、それも当然か。《死面卿》は最後にもう一度だけ皮肉な笑みを見せた。

 そうして――刺突は撃ち出された。

 円筒状に地表が砕け、四方に亀裂が走る。わずかに大地が振動した。

 周囲の木々までもが木の葉を散らして揺れていた。

 が、その振動も十数秒後には収まる。

 そして余韻のような静寂の後、



「……メル」



 コウタは自分の腰を掴むメルティアの腕にそっと触れた。



「全部終わったよ。怖くなかった?」



 それに対し、メルティアは「ふふっ」と笑い、むにゅんと大きな胸を目いっぱい背中に当ててくる。



「はい。けど、何だか今日のコウタはいつもよりも優しい声ですね」


「ま、まあね」



 内心では双丘の柔らかさにドギマギしつつ、コウタは、



「今回は魔窟館にまで侵入を許しちゃったしね。君達を怖い目に遭わせてしまった。ボクの大失態だ。この埋め合わせは必ずするよ」



 とりあえず、動揺を誤魔化すようにそう答えた。

 するとメルティアは少し目を細めて、



「そうですね。ならこの後、アイリを甘えさせて上げてください。今回は本当に怖かったでしょうし、何だかんだ言ってもあの子は甘えたい年頃なんです」



 そんなことを言い出した。

 言われてみると確かにそうだ。アイリは年齢からは考えられないほどしっかりした考えを持つ子だが、まだ八歳。本当は親に甘えたい年頃なのは明白だった。

 コウタは「うん」と頷き、



「そうだね。後でフォローするよ」


「はい。数分間のギュッとぐらいなら許します」


「ん? いや、それはメルかリーゼの方がいいんじゃないの?」


「それはそれで効果はあるかもしれませんが、自分を守ってくれる人がしてくれるのとでは効果の度合いが違うのです。ですから」



 そこでメルティアは口元を綻ばせた。



「私には三十分ほどブレイブ値の補充をお願いします」


「さ、三十分!?」



 思わずギョッとして振り返るコウタ。



「無理だよそれは!? 幾らなんでも長すぎるよ! それだけは勘弁してよ!」



 と、顔を青ざめさせてそう交渉するが、メルティアは聞く耳を持たなかった。



「ダメです。と言うより、出来ることなら今からでもお願いします」



 言って、両腕を振り向いたコウタの首に絡めた。

 そして豊満な胸を寄せて抱きついてくる。

 唐突なこの状況にコウタは面白いぐらいに動揺した。



「メ、メル!? 何でこんなに積極的なの!? ちょ、ちょっと待って!?」



 と、両手を泳がしながら悲鳴じみた声を上げるが、



「だからダメです。何気に今回は私も堪えているのです。魔窟館には変態に忍び込まれましたし、一部ですが壊されもしました。私の『城』の防壁が揺らいだのです。かなりヘコんでいます。ですので……」



 そこでメルティアは上目遣いでコウタを見つめた。



「お願いです。人目のないこの時だけは、どうか貴方に甘えさせてください」


「……うう」



 一番大切な少女にそう懇願され、コウタは何も言えなくなった。

 メルティアの心が今、とても不安定になっているのをコウタは肌で感じていた。

 これまで『人買い』などの幾つかの事件に巻き込まれてはきたが、魔窟館への侵入まで許した今回の事件の深刻ぶりが今まで以上だったのは間違いない。

 彼女が強い不安に苛まれるのも当然だった。



「~~~~~ッ」



 コウタは少女の速い鼓動を感じ取りつつ、複雑な表情を見せていたが、



「わ、分かったよメル」



 数十秒後、負い目と愛おしさから、ついそう答えてしまった。

 メルティアが満面の笑みを見せたのは言うまでもない。

 ややあって、メルティアにとことん甘いコウタは理性を総動員し、三十分間、沸き立つ本能と激戦を繰り広げることになるのだが、それはもう別の話だった。

 

 かくして魔窟館での最終戦闘を経て――。

 後に《死面卿》事件と呼ばれるこの騒動は幕を閉じたのであった。

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