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第七章 魔窟館攻防戦⑤

 ――ズドンッ!


 強い衝撃が裏庭に迸る。

 悪竜の騎士の横薙ぎの斬撃は、銀色の獅子鎧人を大きく吹き飛ばした。



『――ぐうッ!』



 呻き声を上げて地面をバウンドする獅子の怪物。

 が、すぐさま立ち上がると、処刑刀を自然体で構える悪竜の騎士――竜装の鎧機兵・《ディノス》へ右の爪をかざした。

 途端、爪の先のみが鋭く伸びる。まるで五つの槍だ。

 それに対し、《ディノス》の操手であるコウタは、



『……くだらない』



 容赦ない評価を下し、五つの爪を微塵になるまで切り裂いた。

 通常の鎧機兵の斬撃とは比べようにもならない速度の太刀筋に、獅子鎧人――《死面卿》は目を大きく見開いた。



『――ぬう! ならば!』



 言って今度は棘のついた尾を地面に突き立てる。



「……ナンダ?」「……ヘンタイメ、ナニヲスルキダ」



 わずかに地面が震動し、ゴーレム達が騒ぎ出す。

 が、そんな中、コウタだけは冷静だった。少しの動揺も見せず、ただ静かに《ディノス》を後方に下がらせる――と、


 ――ズガンッ!


 次の瞬間、地中から獅子の尾が勢いよく飛び出してきた!

 狙いは《ディノス》の頭部。両眼(モニター)を潰し、動きを封じる算段だ。

 戦術としては悪くない。

 だが、所詮は悪手ではない程度だ。コウタにとっては想定内の攻撃だった。



『――ふッ』



 吐き出された小さな呼気。

 同時に《ディノス》は、爪同様、獅子の尾も無数の斬撃で切り裂いた。

 しかも、今度のはただの斬撃ではない。

 すべての太刀筋で不可視の斬撃――《飛刃》が放たれたのだ。

 見えない刃は尾を切り裂いた後、真っ直ぐ《死面卿》へと迫る!



『――うぬッ!』



 見えずとも脅威に気付いたのか、獅子の怪物は両腕を交差させて防御の姿勢をとるが、



『――がああああああ!』



 裏庭に響く絶叫。

 無数の斬撃が獅子の肉体に直撃し、深い傷を刻む。出血の様子はないが、衝撃は《死面卿》の巨体をさらに遠くへと吹き飛ばした。

 獅子鎧人は木々を次々と粉砕し、最後には地面に倒れ伏した。土煙が宙に舞う。

 地に横たわりながら、《死面卿》は『ぐウう』と小さく呻いた。



「「……オオオオオッ!」」



 その優勢な戦況にゴーレム達は歓声を上げるが、コウタは眉根を寄せていた。



(……何なんだ、こいつ?)



 戦闘開始からまだ一分程度だが、コウタは違和感を抱いていた。

 何故なら眼前で横たわる獅子の怪物が、あまりにも弱すぎる(・・・・)からだ。

 遭遇時。鎧機兵ではないその姿に驚き、同時に警戒した。

 いかなる方法なのかは分からないが、《死面卿》には人外に変貌する能力がある。

 ――恐らくその力は油断できないものに違いない。

 そう判断し、最大限――《九妖星》クラスの脅威さえ想定して警戒したのだ。

 しかし、いざ蓋を開けてみれば繰り出されるのは小手先の技ばかり。その上、どの攻撃も軽く、精々上級の鎧機兵ぐらいの戦力しかない。

 正直、拍子抜けするほどに《死面卿》は『弱い』と言わざるを得なかった。



(過大評価していたのか? それとも……)



 何かの罠なのか。

 コウタは未だ警戒を緩めずにいた。

 すると、



『ぬふふ、やはり強いな少年よ』



 不意に獅子の怪物は、くつくつと笑い声を上げ始めた。

 そしてムクリと立ち上がる。その全身に刻まれていたはずの傷はすでになかった。

《死面卿》はゴキンと肩を鳴らしつつ言葉を続ける。



『ものの試しに正面から挑ませてもらったが、この姿の我でさえも圧倒されるとはな。末恐ろしいものだ。しかしな』



 そこで獅子の怪物は口角を上げた。



『ありきたりな台詞だが、戦闘とは戦力だけで決まるものでもない。悪いが戦術を使わせてもらうぞ』



 言って、地面を強く蹴って遙か後方に跳躍する《死面卿》。

 逃走ではない。戦場を変えると、コウタを誘っているのだ。



「―――……」



 コウタは《死面卿》が消えた森の奥を静かに凝視していた。

 この先には恐らく罠が待っている。敵地とも言えるアシュレイ家の敷地内にどんな罠を仕込んだかは知る由もないが、それだけは間違いない。

 ここで深追いするのは、完全な悪手だった。


 だが――。



(それでもここは誘いに乗るしかないか)



 ようやく姿を現した相手だ。再び潜まれることだけは避けたい。

 ここで逃すと、次はいつ姿を表すのか検討もつかない状況だ。

 罠があるとしても、逃すわけにはいかなかった。



『……みんな』



 コウタはその場にいるゴーレム達に視線を向けた。



『ボクは奴を追う。ここの警備は任すよ。他に仲間がいるとは考えにくいけど、伏兵がいる可能性もあるから気をつけて』



 と、指示を出すコウタに、



「……ウム! マカセロ!」「……ロリコン、ウツベシ!」「……ココハマカセテ、サキニイケ!」「……ガンバレ!」



 ゴーレム達は次々と返答した。

 そんな頼りになる同僚達に笑みを見せつつ、



『それじゃあ任せたよ』



 そう言って、コウタは《ディノス》の操縦棍を強く握りしめ直した。

 そして轟く雷音。

 銀色の獅子の怪物を追い、悪竜の騎士も飛翔するのであった――。


 

       ◆



「……《死面卿》。どうしてお前がここにいるんだ」



 場所は変わり、魔窟館へと続く一本道。

 突如、自ら姿を現した《死面卿》に、アルフレッドは鋭い声で告げる。



「……ぬふふ。なに」



 対する《死面卿》は余裕の仕草だ。

 杖をくるりくるりと回し、



「黒犬には随分と世話になったからな。その主人に挨拶に来ただけだ」



 と、明らかに嘘と分かる台詞を吐く。



「ああ、それと……」



 しかし、一瞬後には少し表情を改め、こうも告げた。



「一度拝見してみたかったのだ。ハウル公爵家の次期当主。噂に名高い、かの《穿輝神槍(せんきしんそう)》の姿をな」


「……それは光栄だね」



 皇国内での自分の二つ名を持ち出され、アルフレッドは皮肉げに口元を歪めた。

 だが、これでますますもって分からなくなった。

《死面卿》の標的はアイリ=ラストンだ。その目的を放置してまでわざわざ二つ名持ちの騎士の前に現れるなど愚の骨頂だった。

 とても二十年以上皇国に潜み続けた殺人鬼の行動とは思えない。



(よほどの策があるのか?)



 そう考えるのが妥当だった。

 アルフレッドは、機械槍の穂先を《死面卿》に向けた。



「アルフレッドさま。加勢致しますわ」



 側に佇むリーゼ、後方にいるシャルロットと四十六号も身構えた。

《死面卿》は四十六号だけはスルーし、リーゼ達を一瞥した。



「ぬふふ。これは……」



 そして嬉しそうに破顔する。



「二人とも実に美しい。我の作品にするのに充分な素材だ」



 そう言って、獲物を見定める眼差しでリーゼとシャルロットを凝視した。

 それからあごに手をやって、



「何よりかの乙女と違い、年齢的にも……ぬふ。割の合わない役目だと思っていたが、案外役得もあるかもしれんな」



 独白のように呟く。

 その隠そうともしない欲望剥き出しの視線に、リーゼ達は嫌悪感を露わにする。



「年頃の女性ならば陵辱してから殺す。噂通り最低の殿方のようですわね」


「ええ、確かに」



 と、シャルロットも同意した後、一歩前に踏み出した。



「ですが、先程の台詞は気になりますね。割の合わない役割とは一体どういう意味でしょうか? やはりあなたには仲間がいると?」



 その問いかけに、《死面卿》は肩を竦めて答える。



「あげ足を取るでない、蒼き髪の娘よ。我に仲間などおらぬよ」


「……そうですか」



 と、短剣の切っ先を《死面卿》の喉元にかざしながら、シャルロットは感情のこもっていない声で呟く。それ以上、問いかけをするつもりはなかった。

 無論、馬鹿正直に信じた訳ではない。

 ただ、まともに答えるつもりがないと悟ったのだ。



「いずれにせよ。お前が首謀者であることには違いない」



 と、言葉を発したのはアルフレッドだった。

 彼の表情にはすでに少年らしい純朴さはなく、完全に戦闘前の騎士のものだった。

 敵にどんな策があるとしても、首謀者を前にしたこの現状はアルフレッドにとって好機そのものだった。ここで《死面卿》を仕留めればすべてが解決するからだ。



「お前には多くの貸しがある。そのすべてをここで払ってもらうよ」



 言って、わずかに重心を沈めた。銀の穂先が陽光で輝く。

 一方、《死面卿》は表情を消して「やはり主も怪物だな」と呟く。

 それから不意にあらぬ方向に目をやって語り出した。



「本来ならば主らはそれぞれ足止めする予定だったのだが、見通しが甘かったな。二機程度の総量ではまるで足りぬか。怪物どもめ」


「……どういう意味だ?」



 いきなり意味不明なことを言い始めた《死面卿》に、アルフレッドは眉根を寄せた。リーゼ、シャルロットも眉をひそめ、四十六号は小首を傾げていた。



「なに。少々情けない話なのだが」



 そう切り出して《死面卿》は皮肉気な笑みと共に語る。



「我の認識がまるで甘かったということだ。主らのような怪物を両方足止めすることなど最初から無理だったということだな」



 そこで《死面卿》は天を仰いだ。



「せめてどちらか一方だけでも……そういうことであろう。()よ」


『ああ、その通りだ』



 と、《死面卿》の問いかけに答えたのはアルフレッド達ではなかった。

 その声は突如、空から響いたのだ。

 そして驚愕で目を大きく見開くアルフレッド達をよそに、巨大なそいつはズズンと地面に着地した。衝撃で地面が微かに揺れる。



「なッ! 魔獣ッ!?」



 リーゼが唖然とした声を上げた。

 一瞬、鎧機兵かと思ったのだが、眼前に現れた巨人は明らかに生物だった。



「何だ、こいつは……」



 いきなり現れた怪物に、アルフレッドが警戒を宿した声で呟く。

 が、動揺しつつも二人の女性をかばうように立つ。

 ――両腕に鎧を纏う二足歩行の銀色の獅子。

 それが目の前の怪物の姿だった。まるで固有種の魔獣のようだが、ここはアシュレイ家の敷地内。魔獣であるはずはなかった。

 何よりも銀の獅子の眼差しには知性の光がある。

 恐らくこの魔獣のような怪物は《死面卿》の仲間といったところか。



(だがまずいな。この怪物の正体は分からないけどこのサイズ。鎧機兵を喚び出さないと対応できない敵だ)



 アルフレッドは内心で焦りを抱く。

 しかし、結果的に言えばそれは無用な心配だった。

 何故ならば、



「――コウタさま!」



 と、リーゼが唐突に叫んだからだ。

 増援は何も《死面卿》側だけではなかった。

 アルフレッドはハッとして視線を上空に向ける。が、同時にギョッとした。

 そこには一機の鎧機兵が跳躍していた。

 だが、その姿が実に異様だった。甲鱗のような黒い鎧装に、側頭部から伸びる多関節の二本の角。竜頭を象った禍々しい小手に、手には処刑刀まで握りしめている。あまりにも悪役然とした機体がそこにいたのだ。



「ええッ!? な、何だアレ!?」



 思わずアルフレッドが叫んでしまっても誰にも責められないだろう。

 と、そうしている内に、竜装の鎧機兵も地面に降り立った。わずかに地面が震えるが、振動のやむ間も開けず竜装の鎧機兵から声が響いてきた。



『――リーゼ! 無事か!』



 コウタの声だ。

 対し、リーゼが嬉しそうに返答する。



「――はい! わたくしは無事です! 他の皆も!」


(いや、この機体って本当にコウタの愛機なのか)



 二人のやり取りから完全に悪役にしか見えない眼前の機体がコウタの愛機であることを確信するアルフレッド。少し冷や汗を流す。流石にこの外装のセンスには驚きだ。まあ、同時にコウタが『悪竜王子』と呼ばれる意味も理解したが。

 ともあれ、これは好機だった。これで彼の愛機を喚ぶ隙が出来る。



『もう追いついたのか』



 その時、獅子の怪物が忌々しげに呟いた。

 傍らに立つ《死面卿》も渋面を浮かべている。

 その様子を《ディノス》に乗るコウタも神妙な顔で見据えていた。特にリーゼ達の前に立ち塞がっていたもう一人の《死面卿》から目を離せなかった。



(どうして《死面卿》が二人もいるんだ?)



 異常事態に思わず眉根を寄せるコウタ。

 リーゼ達が無事であることにホッとする反面、困惑を隠せない。

 が、そんな状況であっても彼の頭の中では凄まじい勢いで状況が整理されていった。


 わざわざ場所を変えた理由。

 一向に発動する様子のない罠。

 そして二人いる《死面卿》。


 それらの意味するところとは――。



(――そういうことか!)



 コウタは表情をこの上なく険しくする。



『――アルフ!』



 そしてこの場にいる中で最強であろう少年の名を呼んだ。



『ここは任せた! リーゼ達を守ってくれ! ボクは魔窟館に戻る!』



 そう宣言すると同時に、コウタが操る《ディノス》が大きく左腕を振った。

 直後に響く轟音。獅子の怪物の足下が砕け、土煙が舞い上がる。

 地面に《穿風》を叩きつけたことによる目眩ましだ。



『――チイィ、判断が速い!』



 獅子の怪物が目眩ましに紛れて飛翔した《ディノス》を追おうとする――が、



『どこに行くつもりだい?』



 唐突に呼びかけられた声に、思わず硬直した。

 それは拡声器を通じた、もう一人の怪物の声だった。



『確かにコウタは判断が速いね。現状ではこの分担が最速最善の手だ』



 少年の声は続く。獅子の怪物は渋面を浮かべた。



「追うのは諦めた方がよいな。我よ」


『ああ、確かにやむを得んな。一人だけでもこの場に足止めできれば上出来か』



 と、もう一人の自分の声に返答しつつ、獅子の怪物はゆっくりと振り返った。

 そして微かに喉を鳴らす。

 ――そこにいたのは、一機の鎧機兵だった。

 全高は三・五セージルほど。主となる機体の色は白金。王冠のような兜と肩当てを身につけ、各装甲には精緻な紋様が描かれている。右手に長大な突撃槍を携えるその姿は、まるで威光を放つ王者のようだ。



 そして機体に宿す恒力値は――三万五千五百(・・・・・・)ジン。



「こ、これが《雷公》……」



 と、リーゼが呆然とした声で眼前の機体の名を呼ぶ。

この機体は、グレイシア皇国において最も有名な七機の鎧機兵の一機だった。

 リーゼが敬愛してやまない、とある女傑の愛機と同格(・・)の機体。

 七つの《極星》の名を背負う最強の鎧機兵である。



『それじゃあコウタにも任されたし、名乗りを上げさせてもらおうか』



 と、宣言するアルフレッド。

 彼の愛機が突撃槍を真っ直ぐかざす。

 そうして今、七番目の《極星》が輝きを放つのであった。



『《七星》が第七座、《雷公》――《穿輝神槍》アルフレッド=ハウル! 参る!』

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