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【第16部更新中】悪竜の騎士とゴーレム姫  作者: 雨宮ソウスケ
第4部

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第四章 追跡者達⑤

「では、皆さま。こちらへどうぞ」



 そう言って、アシュレイ家の執事長――ラックスが案内をする。

 そこはアシュレイ家の本邸にある広大な庭園だ。

 背の低い植木は迷宮のように整えられ、中央には輝く噴水が見える。ラックスに案内され、アルフレッド達四人は庭園を進んでいた。

 時折、警護である騎士や庭師に出会う。礼儀正しく挨拶をする彼らだったが、アルフレッドは別の意味で感心した。



「(へえ。これは凄いねイアン。騎士は勿論だけど、庭師の方も……)」


「(はい。相当に修練を積んでいることが窺えます。恐らく我ら黒犬と同じ者達。アシュレイ家の私設兵団の者なのでしょう)」



 と、イアンが小声で答える。

 ここまで数人の庭師や使用人と出会ったが、全員が隙のない立ち姿だった。

 騎士達に加え、この布陣はまさに万全の警備である。



「(安心したよ。アシュレイ将軍は件の少女を全力で守るつもりなんだ……と)」



 不意にアルフレッドはその場で立ち止まった。

 どうしてか、少し前を進んでいたリーゼが足を止めたからだ。

 彼女の視線は庭園の一角に向いている。美しいこの場所で唯一、ほぼ放置されたような深い森となっている場所だ。



「……やはり、こちらではないのですね」



 そうリーゼが呟く。彼女の言葉の意味が分からず、アルフレッドとイアンは眉をひそめたが、ラックスは理解したようで、



「はい。本日メルティアお嬢さま達は本邸におられます」



 と、足を止めて振り返りリーゼに告げる。彼女は目を大きく見開いた。



「まあ! メルティアが本邸にいるのですか!」



 口元を片手で押さえて言う。

 ラックスは好々爺の笑みを見せて「はい」と答えた。

 アシュレイ家の令嬢が本邸にいる。そんな当たり前のことを非常に珍しいことのように語るリーゼとラックスに、アルフレッドは内心で首を傾げた。

すると、ラックスがアルフレッド達に深々と頭を下げ、



「お客さま方には大変申し訳なく存じ上げますが、本日は当家の主人が不在のため、ご息女であるメルティアお嬢さまが名代をされておられるのです」 


「ああ、なるほど。アシュレイ将軍はご多忙なお方ですからね。アイリ=ラストン嬢との面会をお許し頂けだけでも充分です。お気遣いなく」



 と、アルフレッドが応じる。

 今回の訪問は、アシュレイ家の当主との面会が目的ではない。

 件の少女の無事と安全を確認し、《死面卿》に対する今後の対策を練るためだ。

 無論、当主に挨拶すべきだとは思うが、名代である人物がいればその対応は充分できる。

 それに少し楽しみだ。

 この国のもう一人の公爵令嬢。一体どのような少女なのだろうか。

 リーゼの時の対応を見る限り、この国の公爵令嬢は淑女のようだ。アルフレッドは自分がよく知る破天荒すぎる公爵令嬢――すなわち、姉の姿を思い浮かべる。



(まあ、結局、姉さんがはっちゃけすぎているだけってみたいだし)



 思わずそんなことを思う。



「………え?」



 その時、リーゼが小さな声を零した。

 彼女の声には驚きの色があった。少し気になり、アルフレッドが少女の方を見やると、リーゼは――彼女のメイドであるシャルロットも含めて唖然とした顔をしていた。



「……どうかされましたか? リーゼさま」



 アルフレッドがそう尋ねると、



「い、いえ、まさかメルティアが名代をするなんて……」


「……はい。驚きました」



 と、リーゼだけでなく、シャルロットまでそう告げる。

 アルフレッドとイアンは少し訝しげに眉根を寄せた。

 公爵令嬢が公爵家の名代を担うことに何か不自然なことでもあるのだろうか?



「驚かれるのも無理はありません」



 すると、今度はラックスが語り始めた。



「ですが、今回はラストンのこともあり、メルティアお嬢さまは旦那さまの名代を務めることを自らのご意志で決意なされたのです。無論、私とコウタさまがサポートをすることになりますが……」


「……ま、まあ、そうでしたの……」



 と、リーゼが喜ぶべきなのか、心配すべきなのかよく分からない心境で呟く。

 メルティアをよく知る彼女としては不安が隠せずにいた。

 一方、ラックスは「はい」と答えてどこか嬉しそうだった。



「ああ、失礼いたしました。ハウルさま。ディーンさま」



 おもむろに、ラックスは状況を何も知らないアルフレッド達のために説明する。



「メルティアお嬢さまは幼少時、病床の身でありました。そのため、人付き合いがお得意ではあらず、人前に出ることを避ける傾向にあるお方なのです」


「……そうなのですか」



 アルフレッドがそう呟くと、ラックスは首肯した。



「メルティアお嬢さまにとって初めての名代。何かと至らぬ点もあろうと思われますが、何卒ご容赦ください」



 深々と頭を下げるアシュレイ家の執事長に、アルフレッドは真剣な顔つきで答える。



「頭をお上げください。ラックス殿。それこそお気になさらず。どのような方にでも初めてはあるものです」


「……そう仰って頂けるとは、誠に有難く存じ上げます」



 そうやり取りをし、彼らは再びラックスが先導して庭園を進み始める。

 道中、何やらリーゼとシャルロットが「……本当に大丈夫なのでしょうか?」「……ヒラサカさまもおられるようですし……」とひそひそ話をしていたが、その後、足を止めることもなく一行はアシュレイ家の本邸に到着した。

 アシュレイ家の本邸は白を基調にした4階建ての大きな館だった。重厚な扉を持つ、豪勢という言葉よりも壮大という言葉が似合いそうな建造物である。



「では、こちらへ」



 ラックスがアシュレイ家の本邸の扉を開けた。

 音もなく扉が開かれ、一行は館の中に招かれる。そして立ち入った場所は、中央に二階へと続く大きな階段がある大ホールだ。

 その場には数名の執事やメイドの姿があり、来客に気付いた彼らは深々とアルフレッド達に頭を垂れた。が、そんな中でただ一人――。



「ん? ああ、お客さんか」



 唯一、騎士学校の制服を着た少年が呟きを零す。

 年の頃は十五歳ほどか。短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な、体格のいい少年である。

 彼は階段――二階近くで執事の一人と話し込んでいたようで「そんじゃあ、メル嬢に連絡を頼む」と告げると、一人階段を下りてきた。

 アルフレッドは赤い双眸をわずかに細めて、近付いてくる少年を観察する。

 相当鍛え込んでいることが分かる足取りだった。隙がほとんどない。どこか自分がよく知る同僚を彷彿させる少年だった。すでに二十代半ばなのに、大雑把過ぎるあの同僚から不真面目な成分を抜いたような印象を受ける。

 もしや彼が件の少年――コウタ=ヒラサカなのかと思ったが、



「あら。オルバン」



 リーゼが全く違う名を呼んだ。



「お知り合いなのですか? リーゼさま」


「ええ、彼はわたくしのクラスメートですの」



 と、アルフレッドの問いに答えるリーゼ。

 そうしている内に、少年はアルフレッド達の元に辿り着いた。



「その、初めまして」



 それから、少しぎこちない様子でアルフレッドとイアンに挨拶する。



「オレ……いや、私の名前はジェイク=オルバンと申します。レイハートとアシュレイのクラスメートになります。お見知りおきを」



 対し、アルフレッドも挨拶をする。



「こちらこそ初めまして。私の名前はアルフレッド=ハウルと申します。後ろに控えるのは執事のイアンです」



 言って、右手を差し出すアルフレッド。ジェイクはぐっと握手を交わした。

 力強い手だ。やはりこの少年はかなりの実力者だと分かる。

 ただ、緊張でもしているのか時折、そわそわとシャルロットやリーゼの様子を窺っているようだが……。



「ところでオルバン」



 その時、リーゼが声をかける。



「今日はどうしてアシュレイ家の本邸に?」



 ジェイクがいることは彼女にとっても予想外だった。しかも魔窟館ではなく、アシュレイ家の本邸にいることは非常に珍しい。

 すると、ジェイクはボリボリと頭をかき、



「コウタの奴に頼まれたんだよ。お嬢もアイリ嬢ちゃんの話は知ってんだろ? 今日だけはメル嬢もこっちの本邸にいるが、本拠地は『あっち』だからな。泊まり込みが出来る護衛要員にオレっちに声がかかったのさ」


「……何ですのそれは……」



 それに対し、リーゼは不機嫌な顔を見せた。



「泊まり込みでしたら、わたくしにお声があってもよいでしょうに。アイリとは同じ女性ですし護衛もオルバンよりしやすいはずですわ」



 と、不満げに告げる。

 アルフレッドは、そんなジェイクとリーゼのやり取りを見やり、



(ああ、やっぱりそういうことか)



 少し拗ねたような、蜂蜜色の髪の少女の愛らしい様子に確信する。

 馬車での騒動で薄々気づいてはいたが、どうやらこの少女は件の少年――コウタ=ヒラサカに好意を、もっとはっきり言えば恋愛感情を抱いているようだ。

 公爵令嬢の婚約者として育てられた少年に想いを寄せるもう一人の公爵令嬢。

 アルフレッドの姉ならば、瞳を輝かせそうな話題(ゴシップ)であった。

 思わず内心で苦笑を浮かべてしまう。

 一方、リーゼ達の会話は今も続いていた。



「いやいや、男の連れとクラスメートの女の子じゃ扱いが違うのは当然だろう? ましてや明らかに危険な状況なんだぜ?」



 そう告げるジェイクに、少女はムッとした表情を見せた。



「危険だからこそではありませんか、オルバン。わたくしも腕には自信があります」


「いやまあ、聞けよお嬢」



 と、ジェイクは苦笑を浮かべてから、そっとリーゼの耳元に告げる。



「(要するにな、コウタはお嬢のことも守るべき女の子として認識してんだよ。それこそメル嬢にも負けねえぐらいに、危険な目には這わせたくねえのさ。むしろここは喜ぶべきところだと思うぞ)」


「(そ、そうですの?)」少し不安げにジェイクを見上げるリーゼ。「(では、コウタさまはわたくしのことを案じて……?)」



 ジェイクはニカッと笑い、



「(ああ、そのことについてはまず間違いねえよ。お嬢の日頃の頑張りは着実に成果を上げているってことさ。だからまあ……)」



 そこでちらりとシャルロットを横目で一瞥し、



「(オレっちの恋の応援も宜しくお願いするぜ。なっ、お嬢)」



 と、改めてリーゼに協力を申し出るのだが、彼女はわずかに眉を曇らせた。



「(そ、その、オルバン。そのことなのですが……)」


「(……ん? どうかしたのか、お嬢?)」



 首を傾げるジェイクに、リーゼが最近知ったばかりの、シャルロットの恋愛情報を告げようとした時だった。



「アルフレッドさま。リーゼさま」



 不意に、今まで沈黙していたイアンが声を上げた。

 リーゼとアルフレッド。ついでにジェイク、シャルロットも視線をイアンに向けた。

 グレイの髪の執事は真剣な面持ちで、階段の上を見据えている。



「どうやら、おいでになられたようです」



 そう告げれられ、アルフレッド達は階段の方へと顔を向ける。

 すると、そこにはエリーズ国の騎士学校の制服を着た黒髪の少年と、メイド服を纏う幼い少女の姿があった。



(ああ、そうか。彼らが例の……)



 ようやく待ち人と会えたようだ。

 アルフレッドは、まず少女の方へと目をやった。

 年齢は報告通り八歳ほど。人形を彷彿させるほど精緻な顔立ちをした少女だ。

 ……なるほど。まだ幼いが、この美しさなら《死面卿》の標的にされてもおかしくない。彼女は少し怯えた様子で、隣に立つ少年の腰に巻かれた白布(ケープ)を掴んでいた。

 続けてアルフレッドは黒髪の少年の方へと視線を移した。

 年齢は十五歳ぐらいか。黒曜石のような黒い瞳が印象的な少年だ。立ち姿は極めて自然体であり、それだけで実力のほどは疑うまでもない。ただ、予想と違って線が細く、強さよりも、穏やかさや優しさが強く面に出ている人物だった。

 本当にこの優しそうな少年が《死面卿》を撃退したのだろうか……?

 一瞬だけそんな疑問を抱くアルフレッドだったが、



(…………?)



 不意に眉根を寄せる。

 黒髪の少年と、薄緑の長い髪を持つ幼い少女。

 寄り添うように立つ二人の姿に、奇妙な既視感を抱いたのだ。

 自分はこれによく似た光景をどこかで見たことがある。

 それも多分ごく身近で、だ。どうもそんな気がしてならない。

 アルフレッドは記憶を探り、より深く眉間を寄せた――その時、



「……アイリ。先に行っていて」



 黒髪の少年がそう告げて、そっと少女の背中を押した。

 メイド服の少女は少年の顔を見上げると、こくんと頷き、階段を下り始める。黒髪の少年は少女がリーゼとシャルロットの元に到着するのを見届けてから、



「もうしばしお待ち下さい。メルティアお嬢さまの身支度が手間取っているようです」



 初対面であるアルフレッドとイアンにそう告げて、彼は階段の奥へと消えていった。恐らく主人である少女の様子を見に行ったのだろう。



「……ああ、良かった。アイリ。本当に怪我はないのですね」


「ラストンさん。変質者はどのような顔でしたか? 私が始末してきましょう」



 少女を抱きしめるリーゼと、二人を見つめるシャルロットの声が聞こえてくる。ラックスとジェイクはすでに状況を聞いているためか、何も語らず傍に立っていた。

 アルフレッドとイアンはその様子を一瞥し、



「……アルフレッドさま」


「……うん。そうだねイアン」



 あの少年のことは気にはなるが、名代である公爵令嬢の登場にもう少し時間がかかるのなら、先にこの少女から話を聞いた方がいいだろう。

 そう判断して、アルフレッドが動こうとした時だった。



『お、お待たせしました』



 少しくぐもった感じの、少女の声がホールに響く。

 黒髪の少年が去ってからまだ一分も経っていない。恐らく迎えに行く前からすでにこちらに向かっていたのか、思いのほか名代殿が早く到着しようだ。

 全員の視線が声のした二階の階段に集まる。

 そして――。



「「…………え」」



 アルフレッドは勿論、イアンまで呆気に取られた呟きを零した。

 ズシン、ズシン……。

 階段から響く重い足音。

 そこには、アルフレッド達の想像を超えた人物がいた。

 全身に纏うのは、分厚く重装甲な紫銀色の甲冑。

 身長は恐らく二セージルを越える巨人のような人物だ。背中には交差する槍と獅子の横顔の紋章――アシュレイ家の家紋が施された真紅の外套を羽織っている。

 アルフレッドとイアンは、いきなりの闖入者に呆然とする。

 まるでこれから出陣する大昔の騎士のような出で立ちだが、彼女(?)がアシュレイ家の公爵令嬢であることは間違いないのだろう。その証拠にと言うべきか先程の黒髪の少年が淑女をエスコートする紳士のように甲冑騎士の右手を引いている。


 だが、それにしても……。



(いやいやいや)



 アルフレッドは流石に混乱した。



(いや、だって深窓のご令嬢……えええェ……)



 もはや言葉が出てこない。これは正直、あまりにも予想外すぎた。

想い人がいると言ってもアルフレッドも健全な男子だ。

病弱と聞いていた公爵家のご令嬢。その単語(ワード)だけで儚げさを宿した可憐な美少女を密かに期待していたのだが、これはとんでもないキワモノが出てきた。

 ズシン、ズシンとゆっくりと階段を下りてくる姿は、まるで獲物を前にした大型の肉食獣のような様相だ。はっきり言えば少し怖い。

 そもそも何故全身甲冑なのか? 大柄な体格に似合わないとしてもここは普通ドレスではないのだろうか? まあ、甲冑は騎士の一族の正装ではあるのだが……。

 と、そうこう考えている内にも彼女(?)は黒髪の少年にエスコートされつつ、アルフレッド達の前へとやって来た。



『よ、ようこそ』



 そして未だ強張った顔を見せるアルフレッドとイアンに、見た目からは想像できない可憐な声で告げるのだった。



『我がアシュレイ家においでくださいました。お、おしゃくひゃま』



 ただ、最後の方では盛大に噛んではいたが。


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