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第6歌 残虐ナ世界

無数の墓を荒れ地に立てよ。赤黒い空の下、褐色の風のなか、

見つからない肉体のためではなく、積み重なる軽い骨のためでもなく、焼け焦げた血のためでもなく、

未だこの地を歩く肉体や骨や血液そのものとして、どこまでも黒い十字架を、無数に立てよ。


生き生きとした植物は、人の思考のなかにのみ紛れている。

荒れ地には砂、そして固まった草木だけが、水も必要とせず、眠っている。

コスモスの純粋さに太陽の優しさを結びつけて、ふたつはまるで、生き別れた最愛の兄弟のようだと、

鉄骨の墓地に囲まれた私達の毎日のなかで、ほんの一瞬、思い、そして、深く、滲ませることが、

この心には可能だろうか――いいや、できる。私の前には、ひとつの種があるのだから。

無言の大都会を見れば、誰もが拳を握って歩いている。彼らはそれぞれに無縁だ。

あらゆる行事を、義務の延長だと思っている。例えば、入学式、運動会、卒業式、

それから、結婚式、葬式も、そして初詣にクリスマス、ハロウィン――

本当はただ美味しいものを食べ、受け身の脳が快感を得るための遊びに浸り、あとは眠るだけとしたい。

そんな昼の意識と、夜の無意識を繰り返すことでも、人の経験は大きい。

かつては、生きるために手足を動かすことそのものが、私達の喜びだったのだから。

その時はおそらく、誰もが手のなかに種を持っていた。

おそらくたくさんの種がそこで躍動し、感情豊かに笑う者を祝福の花々で包み込んだのだ。

だがそれに代わり、私達が拳を握るのは、そこにある金貨を落とさないためだ。

現実に絡み合う茎や蔓とは違い、私達は裏切りの代償を恐れて繋がる。

茎の数センチは無視されても、金貨の数枚は罰則の対象だ。おそろしい首輪が嵌められて、

誰も逃げることができない牢獄の世界。全ての金貨を手から落とせば、居場所を失う孤独な世界。

しかし金貨に埋もれて、きっと種はまだ残っている――残っているはずだ。

そして代わり映えしない日常のなかでもわずかずつ成長してきた私達なら、

この手の水が枯れていても、豊かな土壌を持っていなくても、最後の種を発芽させられるのではないか。

だが! いったいどこまで育てられるだろう!

他人の育てる種を見て、そこに向けて、いったいどれだけ自分の愛情を注ぎこめるだろう。

言わば、他人のものに対して! 私の作る靴が、名も顔も知らない誰かに履かれることを、

どれだけの現実味とともに想像できるだろう。いいやそれでも想像してくれ!

今や私達は、知らない者と電話で話すことができるのだ。

電波の遥か向こうに自分と同じように立っている人間が、自分と同じように何かを考え、感じ、

そして自分とははっきり異なる個性でもって何かを喋り、笑うということを、

私達をどこまでも包み込む大きな大きな第二の空間のなかで、私達はきっと感じることができる。

そこでなら、あらゆる植物が育つ。あらゆる欲望が浄化されて、あらゆる蔓が絡み合う。

「これは私の蔓ですか?」と聞くのは相応しくない。

「これらは私達の蔓です。そして私はここにいます」そう言える心を散りばめて、歩きたい。


では私達自身は、本当にそんな植物の傍らで、いつまでも無邪気なまばたきをしているのだろうか。

私達は植物とは違う。伸びる蔓の代わりの手足を持って、好きなところへ動き回る。

もちろんそれも、金貨を得るためだ。欲望がどんな素晴らしいものになるかという、

そんな疑問を持つ間すら与えられず、無条件に「欲望は正義」となった。

情念はどうだろうか。それこそが人間の奥深さだと肯定され、それゆえに起こる諍いに対しては、

「腐った世界だ」と諦められ、最後には、「そんな世界が面白い」と締めくくられる。

衝動に対するふたつの意見はこうだ。私達の原始的な野蛮さの延長として、

「これこそ生きるための智慧」とも言われれば、「これが人間を醜くさせる」とも言われる。

あまりにも危うい二面性を持って、人間は植物を踏みにじる。

そうやって人間は、階段を上ってきたのではないか。「世界は残酷だ」と言い、

「だが私達は生きていかなければならない」と立ち上がり、そして大きな大きな、残虐になることを選んだ。

いいか、人を殺すことがどれだけ地球という私達の第三の空間を傷付け、泣かせ、虐げることか。

石で頭蓋骨をかち割り、尖った剣で心臓を突き刺し、鋭い矢で喉を貫き、

熱い銃で生きた肉を吹き飛ばし、爆弾が、暗い爆弾が、人間の尊厳を消し去っていく。

投下されるのは、いつでも人間の冷たさだ。

「私は靴を作る。しかし私の知らない人間は履かなくていい。履きたくないやつも履かなくていい」

山の向こうは世界ではなく、ありえない幻。生死が問題となる前に、存在してもいない。

だから爆弾は誰も殺さない。それは生きた地域には落とされないからだ。

「そうだろう、お前は私の靴を履いている。その靴を持たない者は、生きてすらいない」

もはや私達は、残酷な世界に生きる私達は、そのための道具「残虐」を持って暮らしている。

完全に捨て去れる者はいない。そうだろう、事実、この世界は山を越えた場所でも、海の向こうでも、

同じように太陽が昇り、そして沈み、人は歩き、そして眠る。繋がりがないわけではない。

見えないわけでもない。ただ隠され、見えかけたら断ち切られ、幻だけが浮遊する。

そんなひと繋がりの単純な現実だ。私が豊かな果物を食べるほど、どこかの森が消えていく。

捨て去る食糧の分だけ、どこかで孤児が死んでいく。自分の生に浅はかな分、大気を汚し続けている。

このわずか百年あまりの命を、よくもここまで穢しきれるものだ!

そのように生まれついたことを恥ずかしく思う! もはやこの呼吸が世界を苦しめ、苛んでいるのだ。

だから私は、生きるということの耐え難き後ろめたさのために、

この血の最後の一滴まで鉱物のように眠りたい。骨はオブジェにもなろう。

だが脳は地中深くで炎に焼かれて消えればよい。この筋肉は、無邪気な動物の餌にくらいなるだろうか。

いやしかし、そうは言っても私は、死にたいわけではないのだ。どろどろの血を蓄えて、

醜いゾンビのように徘徊しながら、それでも天空まで届く梯子の存在を知っている。そして、

そこを昇っていくだけの意識もある。多くの傲慢と欺瞞が、私の足を引っ張るだろう。

それは快感ですらある。だから私は、何度も何度も、そして何度も何度も落ちるだろう。

ゾンビの爛れた皮膚のほうが、圧倒的に心地よいと誰もが思い、私もまた、騙されるのだから。


だが私達は同時に、この世界のなかで最も美しい薔薇の花びらの、赤い純潔の輝きをも知っているではないか。

そんなものは現実ではないと言うのか。そうだ、お前の立つ地面のどこにも、

そんな光を放つ薔薇など咲いてはいない。お前が歩いてきたどんな道にも、存在していなかっただろう。

なぜなら、世界は残酷だからだ。そしてその報復を選んだ私達の生き様のなかに、

全てを越えてあらゆる慰めとなるような何かを、お前は決して認めないだろう。

それはそうだ、どんな今にも、そしてどんな過去にも、「人間」のなかにそれがあったことなどないのだから。

しかしそれで満足する自分自身をもっと恥じてもいいのではないか。

だから私は言った。立てるのは死んだ者のための墓ではないと。

今生きている者のために、私達は墓を立てるべきなのだ。このどこまでも深い深い恥ずかしさのために、

私達は一度死んでみるべきなのだ。そうすればきっと、誰もが未来のための栄光の薔薇を見つけられる。

どんな者も、「夢」を語ることができる。現実が人間の伸び伸びとした心を押し殺すとしても、

語ることに金貨はいらない。だが植物が伸びていく様を想像する力は必要だ。

そのような内なる力強さがあれば、どんな「人間」が理想とされるのかを、純粋思考で手繰ることもできよう。

そのためにともかく、身を乗り出してあらゆる泉に頭を浸けなければならない。

そしてこの身に染み込んだ経験が未知なる楽しみを奪っていかないように、

ひとつの愚かさを持って、満ち欠けする月を最後まで渡り切ることを意識するのだ。

「人間」――私のなかでどこまでも澄んでいき、膨らんでいくもの。だが、私だって無限だ。

この圧倒的な「人間」を、私はどこまでも深く深くへと受け入れることができるだろう。そうすれば、

輝きは私の細胞のひとつひとつを照らしてくれる。無数の私の細胞、そのひとつひとつが、

未来の私に向けて跪いていく。何か、言っている。聞こえない。だが、そういうことだろう。

私には分かる。頭を足れた私の肉体が、何に感謝を捧げ、身を低くし、そして、

いずれは自らもあらゆる植物、動物、鉱物に、己を捧げようとしているのかということが。

そんな遥か遠いものに、私達は手を伸ばすことができる。この可能性だけで、

地上を生きる人間はすでに素晴らしい。だから――降りた階段は必ず昇ることができる。

一段、二段、三段、そして地の底に着き、五段、六段、七段――

そんな未来の私達のために、輝く赤い薔薇は七つある。それを黒い十字の胸に掲げるならば、

第四の世界が現実と融和する。天使達の世界だ。手を携えて、デュオニソスは躍り続ける。


私達の広大な黒い墓地は、ありとあらゆる方角から絶え間なく虐げられ、そのうえで、

優しい涙をぽつりぽつりと落とす。大雨は誰のために降っていたのだろう。

荒れ野を潤すのは、地球だけでは不可能だ。どんなに少なくてもよい。ただ、そこに、

かつて血が通い、それに乗って想いが風のように流れていた、

そんな人の体の秘密に濾されて溢れた涙があるならば、

私達は、雑然と荒れたこの世界のなかでも生きていける。一発の砲弾が、何人もの命を奪うなかで、

解きようもなくもつれる情念の恐ろしさに逃げることもなく、加わることもなく――

いやしかし、では、どのように、どのように歩けばいいだろう。

どのように呼吸すればいいだろう。私達は何と話し、何を愛で、何を受け入れればよいのだろう。

すぐそこまで、戦車の音が近づいている。爆撃機の飛来音も、地雷の炸裂する音も、

もはや、全く遠い話ではない。否応なく、生活はばりばりと引き裂かれ、

知らないうちにほとんどの権利が消えてなくなり、暗い洗脳が待ち構えているとして、

いったい何が、沈んだ墓地を照らす、希望の薔薇をもたらしてくれるのだろうか。

生きるという、その全てを容赦なく踏みにじる、この残虐な世界に。

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