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第5歌 残酷ナ世界

なんだ、あれは――窓の向こう……向こう、まるでテレビの向こう側のように――

あそこで動いているものは、火の玉か、亡霊か――今は「静寂」と呼ばれる、かつての都市に、

何かおどろおどろしく揺らめくものがいる。もはや、それが命であるとは誰も思わない。

だが皆の者、よく――よく目を凝らして見なければならぬ。現か幻か、それは後で問えばよい。

今はただ、人間が踏み入ることも危うい大地の奈落に、

確かに何かがいるという、それに集中しなければならない。

そうすれば、脊髄の奥から表象が聞こえてくるだろう――あれは、天使です。天使なのです。

固くなった、まるで骨のような天使が、地上すれすれを浮遊しています。ああ! なんと残酷な……

これまで、人間の持つものを遥かに超えた愛をして見守り続け、与え続けてくれた彼らが、

どこかで道を失った我らの毒網にかかり、まるで強酸に溶ける蛋白のように、その尊厳が剥がれています。

見てください、こんなにも遠いところでも、はっきりと見えるのですから。

彼らの目、ただれた皮膚、もはや誰が誰だと判別もつかないほど、彼らは鉱物化しているのです。

そしてまっすぐ、私達を見つめてきます。何か口を動かして、もごもごと言うその言葉も、

はっきりと聞こえるではありませんか――汝、我を見よ、決して、目を反らしてはならぬ。


私達の知らない川が、彼らの土地に流れている。いつの間に、そしてどこから、どこへ向けて……

誰も何も知らぬ川が、特に何かに汚された形跡もなく、音を立てることもなく、ただ、横たわっている。

ごつごつと骨張った天使達も、知らないものを見ようとして、ほとりまでゆっくりと移動する。

そこは映画の舞台セットのようで、よくある怪談話まで付いているかのようだ。と言うのも、

天使たちは亡霊のように、当てもなくうろうろとしている。川のほうに向かっているようだが、

実のところ、行ったところで何となろう、と感じているのだ。天国に流れるレテ川のように、

己の穢れた衣服に付いたもの全てを浄化し、なかったことにできるなどとは、全くもって思っていない。

仮にそんな魔法があったとしても、天使達は従わないだろう。いくら彼らが死の白い骨となろうとも、

彼らには彼らの内側がある。それを解放できたならば、あるいは私達は、楽園を目にするかもしれない。

その期待と希望のために、天使達はあんな姿で彷徨っているのではないか。

目を反らしてはならぬ、と言う――その言葉は、私達から出たものではないか。

しかしだからといって、まるで自分の庭でのように、天使達や、彼らがうろつく場所を思うことができようか。

そうであれば私達は、住み慣れた家を捨てて放浪しなければならない。大切なもののどれだけを、

脇に抱えて持ち出すことができるだろうか。そしてすぐ隣の土地に移り住んだとして、

何かの用事で移動する一歩一歩が、緊張と不安と恐怖に溶ける。

「いいのだろうか……」やがては主語も述語も曖昧な、そんな問いを自らへ発するようになるだろう。

結局、テレビの向こうの遠い景色は、私達に逃げるための口実を与える。だからこそ、

「目を反らしてはならぬ」そう言って善人ぶるのだ。

――何ができよう、何もできまい。そしてそれで良いのだ、と、

「目を反らしてはならぬ」という言葉に慰められる。

街角で私が落とす募金の音が、天使達まで聴こえることはないだろう。届くことはあるかもしれない。

だがその音が乾いた空気を躍動させることもないならば、天使達の怒りを買うだけだ。

思い出せば、浅はかな行為のひとつひとつが、いかに命を馬鹿にしているか、すぐに分かるだろう。

かつて、そう、かつて我らは、「天使を恐れた」のだ。彼らは憐れみなど欲していない。

いつか人間が、彼らを超えるべくして超え、彼らの理想と成りえたならば、その時は足を洗ってもらうがよい。

だがそんな話を今することには、意味などないのだ。その気分だけでも欲しいと言う者がいるかもしれない。

それはそれで喜ばしいことだが、理想の世界が我らの現実を一瞬で変えることなどありえない。

我らが味わうべき気分とは、目の前の天使達の、強ばった骨だ――もう一度言おう、

「彼らを自らの庭に降り立たせよ!」「そして己の庭に亡霊の住み着くあばら屋を建てよ」


よし、では、春を待つ種が眠る冷たい土を掘り返し、手垢まみれの土台を置こう。

家を造るわけではない。雨よけできれば十分な、祖末な小屋でけっこうだ。

次には彼らが見間違うほど、心の在処を広げれば良い。溶けるくらいに、浸るくらいに。

そうすれば、空間を超越した天使達は、骨の体を重々しくもたげて、瞬きの間に移動するだろう。

もはや遠くの見せかけばかりの同情など、何の足しにもなりはしない。

かつて我らが感じた「恐れ」とは異なる種類の、いわば現代の「恐れ」が、

すぐ目の前に立っている。傍観者として座ってなどいられない。

何という目をしているのか!

駄目だ、直視などできない。あの目、禁断の呪術で変わり果てた、呪われし魔術師のように――

目が合えばこの命、紙屑のように燃え尽きてしまいそうだ。

「目を反らすな」だと? いいや、逃げ出したくならない者が、一体どこにいるというのか。

雨が降ればまだ幸いだ。視界が曇れば、少しは見てもいられよう。

だが彼らがゆっくりとでも歩き始めたら、すぐさま家に閉じ籠りたい。私は彼らを知っている。

畏敬の主、跪きそのもの、彼らにとって私の命など、何の造作となろうか。そんな者らが、

今、私の庭に目に見える形を伴って立ち尽くしている。少しばかり膝を折り、

冷たく鋭い雨をはじきながら、やや上を向いて口を開けている。

手を伸ばすだろうか。そして枯れかけた花に触れるだろうか――そうだ、一瞬だ、全ては!

全ては、何と短い!――時間と呼ぶこともできないくらいのほんの間に――ああ!

私の庭の全ては、朽ち果て、崩れて、生命を失ったのです!

鳥が無言で飛ぶのが見えたら、私も同じ方角へ、全速力で逃げていきたい。逃げていきたい!

天使達は永い。人間の肉体の長さに比べれば、もはや永遠と言っても差し支えないほどに。

そしてあらゆるものが、死を纏っていきます。これまでは、生を羽織っていた死であったのに、

今では生が纏っているのです。例えば地面に染み込む雨粒、木々を揺らす風――

夢見る牛も、深い眠りの野菜達も――あまりの寒さに、それを選び取ったのです。

地上の宇宙である海を旅する魚達も、星々の導きが退廃の大口を開けていることを知りながら、

それが持つぼろぼろになった歯のひとつひとつに涙し、愛撫し、慈しむように身を捧げる。

まだ捕われた意志しか持たぬ彼らに、どうして他の道が選べよう。であれば、人間よりも諦めは早い。

最後まで私達は抵抗するだろう。だが早くに天使の骨に抱かれることを選んだものらを見ては、

「もうおしまいだ」「人類は滅亡する」と、病的興奮に身を任せてしまう。

いいや、その通りだ。今の我々に、降りてきた天使達と共存する可能性など、まるでないのだから。


膝を折り、頭を垂れる者の側には、それらの辛気臭さに反発するように、地面を踏み叩く者らもいる。

彼らの声は大きい。どんな無責任が聞こえないふりをしようとも、無視などできないくらいに。

彼らは自らを指して、「希望」と言うだろう。あるいは「正義」と言うかもしれない。

なぜなら、彼らは手っ取り早く、醜い天使達を悪だと定めたからだ。

「今すぐ、全ての天使の残骸の息の根を止めよ!」「やつらがいなくとも、私達は人間でいられる」

それが彼らのスローガンだ。そして彼らを疎ましく思う者らも、同じように悪と呼ばれる。

人々の恐怖心がここにはある。それを取り除くことは、誰の目にも正しく映るだろう。

しかし待て、ここで、必ずしもあり得なくはないひとつの仮定を見ても良いだろう。

例えば、天使に触れられることに耐えられる皮膚を、全ての人間が持つということ。

天使の脅威が、我らの叡智にひれ伏すということ。

そうであれば、「希望」や「正義」の語る言葉は、空しいものとなる。彼らは己の正当性を失う。

だがすぐにこう言うだろう――この現実は、決して変わることなどない。夢は夢のまま……

もうひとつ付け加えて――共存の可能性がないと言ったのは、お前ではないか。

確かに、この私の命が見渡す範囲に、天使達が悪のレッテルを受けない場所などありはしない。

そうだ、私の真意を伝えよう。こんな回りくどい矛盾は捨てて、私の「恐れ」を伝えよう。

あまりにも、天使への無知をさらし過ぎではないか、正義の徒よ。そんなにも簡単に感情に従うならば、

歴代の芸術家が与えてくれた人類の宝を腐らすつもりか。

確かに祈りは空高い。海へは果てしなく深い。そして宇宙へ向かってはどこまでも広い。

それに比べて取るに足らないと言うのならば、お前の立つ時代と心理の声を聴け。

どうだ、祈りはやがて、石工達の建造物に収まらなければならない。そのための柱や梁のひとつひとつ、

細工や窓枠の意匠の全てを、価値なきものと切り捨てるのか――だが天使達とは違う話、と、

そう切り返してくるのだろう。その通りと言うより他ない。だが、どんな悪事の息子へも、

親の愛は無条件に包み込むものではないか。私には「恐れ」がある。数々の「恐れ」がある。

立ちすくんでどこへも行けず、べそをかいて泥まみれ。惨めなものだ、すぐ側は崖だ。

これ以上お前の犬が吠え立てるなら、私は居場所を失うだろう。だが待ってくれ、

お前が間違っていると言うつもりはない。だが天使達の悲痛も忘れてはいけない。このように――

何も選べず、決めることもできない苦悩こそ、我らの真の嘆きだと知れ。

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