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第4歌 誕生

天使の生んだ地上の栄華に、人の涙が添えられるなら、全ての科学の使途達は、

それらの前に跪き、長い黙祷を捧げるだろう。そして、沈黙した科学の島よ、

そこにはただ、何も知らぬ蝉達が鳴けば鳴くほど広くなる、青々とした空間がある。

もしくは――彼らを狙い、咥え、そのまま巣へと帰る鳥の羽の彩りがある。

終わりでも始まりでもなく、それは今の情景だ。そして継続ということの困難を、

年毎に散っては新たな芽を付ける、この国の桜の空間と時間が、五月の潤いのもとに示すだろう。


ひとつの写真は止まっている。そこにある奥行きが、いかに人々の情感を捉え、

脱出不可能な牢屋のように閉じ込めようとも、もはや引き出すことはできない。

「今」は自らを指して「今」と言う以外、言葉を知らない。過去は彼の幼年時代ではない。

それは死んだ彼の兄であり、父である。同様に未来は、彼にとって妹であり、母である。

彼は宿命ゆえに、女家族を愛することはできるが、男家族には反抗する。

「今」は父や兄の顔を見れば、即座に嘔吐を催すだろう――であれば、

彼の男家族は、彼自身によって殺されたのではないか。

雪降る晩の丸い染みの跡、だが、「夜の染みは全て灰色」と彼の言葉が語る。

それは赤かもしれない。黒かもしれない。それが、兄弟の血なのか、この国の血なのか、

もしくは空間に満ちる光の外装なのか、どうして判別できるだろう。

私達のそんな無能を、「今」はよく知っている。

彼が記憶するものは、私達にとって「概念」という名で親しまれるもの。

だが悪魔の言葉が、記憶と概念を「永遠」へと変えたのだった。

すると人間は石を鉄に持ち替え、貝を金貨に持ち替え、海へ毒を流し始めた。


しかし、地上の素朴さはいくらでも讃えられる。なぜなら、全てがそこから発したからだ。

私達はもう少しだけ、誕生の必然に至る素朴な素材と、

そこに加えられた人間と天使の共同作業を見てみよう。

この、どんな心も受け取れる単純な見た目の始まりは、一滴の血であった。

十字の上から流れた赤い雫は、やがて浄化された一人ひとりの杯に注がれ、

大地の裾野を広げるだろう。そこには一匹の獅子がいる。彼は太陽を呑みこむ。

すると「在る」という固有のリズムが平凡な人間の生を打ち鳴らし、獅子は自ら光輝く。

たてがみの一本一本から、新しい言葉が生まれるように。

人間はどうだ? そこにはより一層強固となった平凡が流れ、

神々の定めた幸福を求める姿がある。彼は本当に憂いなく生きているのか。

予感とは遥か彼方からやってくるほど、胸を不安にさせる。

どれだけ自然を謳歌しても、波から生まれた美しい女の一人でさえ、

まともに抱けずに後ずさる。だがそれは恐れではなく、根拠なき不安のせいだと知る。

では人が自らを「在る」と言いながら、さらに熟れるためには何が要ったのか、

もちろん戦いである。彼らの内で火の点いた争いが、人を利己的にしたのだ。

そうならざるを得なかったと、認めなければならない。そうでなくして、

誰が出所不明の不安に耐えられただろう。そしてひとつの悲劇として、

私達はこれを受け取るべきなのだ。最も傷付いたのは、他ならぬ、

武器を選んだ彼ら自身であるのだから。

それでも、まるで月のように膨らんでいく不安が、彼らの平穏と共存した。

全ての争いは無意味だったのか――いや、そうではない、ここには第二の誕生がある。

仕事、結婚、病気、離別……それらはし難いと言われた継続に手綱を引かれ、鼻息荒く、

天と地を猛烈ないななきで繋いでいたのだ。聖女のヴェールが蹴散らされ、砂埃の宙に舞う。

一本の剣がそれを貫き、泥のような地面に固定する。風に吹き飛ばされないように。

そしてそれは意味を成した。人々から不安が消えた時もあった――いや、消えたわけではない。

それでも人間はある時、自分達にまとわりつくあらゆる心配を手にして、「これでよい」と言えた。

おそらく破壊の力がみなぎっていたのだ。

自らの体が強くなっていくような、太陽との調和のもとに生まれた、一次的な肯定を持つ力が。

むしろ人々は、引きずられていたのかもしれない。だがそうとは感じないほどの支配力を、

己とは違う意志や、花々の未来を悲嘆する感情に及ぼすことができた。

そうして準備したものも、すぐに崩れ去ることとなる。見よ、側にまで来ている戦火を。

「これではいけない」全ての者がそう言ったことだろう。だがなかには、

「この腐りかけた世界が一番心地よい」と言う者もいた。何に永遠を求められよう――

しかしだからこそ、彼らは壊すために創ったのだ。少なからずそうしたエネルギーが、

世界の大きな車輪を回した。だからこそ、戦争も、飢餓も、差別も、格差も受け入れられた。

その影で、真に世界を回す「意味」が動いていたことなど、露ほども知らずに。


さあ、宇宙は一番目の調和の時を得た。私はこれを、「森羅万象」と呼ぼう。

全てのものが左を向いた。水と風も左を向いた。

ここで起こった思い違いも、定めだろうか。

存在する者は全て出てくるとよい。そこには生者の他に、あらゆる死者と、

私達を支え、導き、時に手を出す天使達もいる。この豊かな色彩の地球にあってしかし、

「肉体以外に存在するものを否定せよ」と声高に叫ばれたのは何のために?

だが分かっていよう、昇ることと同じように、降ることもまた人間の神秘であることを。

その分かれ道を見守っている者らがいます――我らのイザナキとイザナミです。

生死の境が、これまでの日常を変えた。いや、確かに昨日まで続いていたものが目の前に立ち、

それらは少年少女のように、未来を耕すための欲求に燃えている。

そして太陽が沈み、月が昇りだすころ、たちの悪い逃げ道へ誘う。

あらゆる幻想と叫ぶのか、それとも少なからず成長する自分の一部を守るのか、

好戦的だが負けることを何より恐れた、羊たちのそんな鳴き声を認めるがよい。

その上でさらに完成へと向かう己のあらゆる存在を見つめよ。

ただ感情に、はるか昔に体験していたような神々の生活の、ほとんど薄まりきった残滓が、

雷のような一瞬の微妙さで世界を闇から光、そして光から闇へと彩るだろう。

成長はまだまだ続く。人間にとって、それは当然のことだ。魚達が流れに乗って、

驚くほどの距離をひたすら泳ぎ続けることの平然さのように。

そのなかには戦いもある。余儀なくされた人々の憎み合いだ。だがそれらは肯定される。

誰もが自らの可能性を信じて疑わないのだ――それでも欠けているのが人間。

誰かこの足枷に気が付くだろうか。母親の名前を思い出せるだろうか。調和の夜のさらに昔、

荒野や砂漠で誰にも看取られず息を引き取った彼女の名前は、「失敗」ではなかったか。

そうであったかもしれない――だが、人間の全うな生き方を侮ってはいけない。数えよ――

自由に満ちた素数の数列を。独立、自立、そして多くの武勲。英雄は誰だ――それは誰もだ。

とは言え、分かっていよう、英雄の末路を。この時期において、完全な善意など存在しない。

自由はいつでも破滅と共に歩んでいる。三つの道を見よ、「肉体」「魂」「霊」

これらを一度に通ることは、まだ誰にもできないのだ。堅牢な地面より生え出る白い花々よ、

咲かせては蜂達を引き寄せ、自らの香りで捕らえる者よ、天から降る新たな神殿の入り口に、

英雄の死と復活を捧げよ――そうすれば、この時代は終わるだろう。しかし、どのように?

ああ、そうだ、全ては悲劇でなかったか。ただ力が、我らの健全な三つの道を捩じ伏せたのではないか。

そして英雄は、全ての誉れを失い石碑となった。それは大量に世界に配置され、

花の持つ柔軟さやしなりは完全な石に代わり、自然が本来の力を少しずつ解き放ち始めた。

これが、悲歌の誕生――


私達は、壊すことで取り戻せる過去を思うべきだろうか。

それとも、予想することのできない未来だけが待っているのだろうか。失いつつ歩を進める、

背中の丸い者を見よ。彼が真に直立する時、大地はもはや眠りを忘れているだろう。

だがそれまでの遠い遠い時間のなかで、今はまだ、固まることなく、転生の雫であらんことを。

そのための破壊を容認せよ。こだわり続けるあらゆる不変を否定せよ。

魚達のために、岩床の全ての藻を燃やし尽くせ。

「新しいもの」だと言い張る全ての模倣をことごとく砕き続けよ。それこそが――

この時代における唯一の「今」となる。生きよ、ここに生まれし健全な病達。

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