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第3歌 原子力

川床の最も無垢な虫が清浄な水を体に受けて、その形態に沿って生まれる流れが、

川の様々な善悪にさらされ、時に速く、時に遅く、そして落下の白い飛沫が轟音に呑まれる時、

私達は先祖から受け継いできた生活のありようの、偉大な智恵のひとつを目にする。

もっと以前に遡り、はるかはるか彼方の、私達の体が覚えてもいないような昔――

その頃の人間は鉱物的な体を持たず、まるで海月のように神秘的な夜の世界を生きていた。

そんな地球の記憶を覗いて見るなら、私達は「水」に触れる。

かつて孤独=荒野で叫んだ者、ヨハネと呼ばれた者が授けた水の浄化が、あらゆる心に喚起させる。

たおやかで、柔軟な水の体、そこに半分浸った「私」は、

この硬くなりゆく地上において、夢のように軽やかな仕方で、

もはや見ることのできない閉じられた世界の豊かな現実を感じていた。


だが私達はかつて、「水」によって滅んだ。今一度始められた文化の意味を、

ひとつひとつ紐解いて噛み締めてみるなら、次に私達が滅ぶ時、

一体何によってそうなるのかが分かる。それはあまりにも悲惨で、残酷で、

人間の未来を暗く貶めるようなものになるだろう。私達が手を結んだ悪魔の、狡猾な笑い方、

そして地球の内から取り出されたわずかな鉱物を解放して、

かつて水の秘儀が私達にもたらした恩恵も、収穫も、全て「ささいなもの」だと言い放ち、

自分達の生活を支える多くの力への感謝は既に、「悪意」という名に変わっている。

いいや確かに、私達は新たな力に助けられている。

夜の闇に迷わないということ、暑さや寒さを克服できるということ、命を救えるということ、

遠くへ思いを飛ばせるということ、これら全てを、悪魔のおかげと言うことは、

今の地上に生きる多くの者にとって、耐えがたいことなのだ――しかし、

隠された悪意が密かに狙う危険の可能性と共存することは、誰にとっても肯定し難い。

それでも悪意の温床を全て捨て去ることが、この広い世界の誰にもどこにも共通した善意であるとは、

おそらく誰にも言えないだろう。なぜなら私達は、ともかくとして、

一度、その恩恵を手にしてしまったのだから。


もうひとつの、人間に与えられた智恵はどうか。はるか昔に、雷の神より盗んだ宝。

智恵を生む智恵、それはかつて、「私」と呼ばれ、今もなお、この崩壊の時代において、

彷徨える我ら人間は貧弱な声で「私」と呼んでいる。大いなる預言者、プロメテウスよ、

あなたの大きな手足が属する世界はしかし、私達には閉じられたのです。

あなたの肝臓と同様に、それらはついばまれ、消え失せ、もはや幻となりました。

それでも幾度、復活してはまた盲目という鳥によって無意識に喰われたでしょう。

あなたの預言は一体、私達のどこまでを見透かしていたのでしょう。

誰もあなたの所業を悪だと言う者はいません。あなたのおかげで点火した「私」は、

この地球をさらに大きくできたのです。私達には、かつての「水の民」を指して、

野蛮で遅れた人々、と言う権利はありません。彼らは彼らの現実を生き、

あるいは私達よりも幸せであった部分があります。しかしそれにも増してプロメテウスの火は、

人類に可能性と発展を与え、神々に近付けさせたのです――そして、

私達は地球の肝臓をむさぼり始めました。まずは石炭、次に石油、次にはガス、

それらは大きなものです。ますます私達の体は硬くなり、水の時代は遠くなりました。

預言の神よ、それでもあなたはゼウスに対して、

「これで良い、私は人類に絶望しない。お前のように、彼らを見下したりもしない」と、

そう言い切れたのです。なぜなら、あなたこそ「火」そのものであったからです。

それは一度だけ、肉を持って地上を歩きました。つまり、誰の目にも見えるくらいに濃縮されて。

天使の灼熱の翼が、地上の全てを燃やしにきたのです。

その明るさは、おそらくどんな火にも増して、どんな光よりも強く、

私達の暗く閉ざされた秘密の部屋に満ち満ちました。


ですが人間の転がる坂はあまりにも急で、落ち込んだ穴は瞬時に固まり、

ともし火は残り続けたものの、もはやその光を外には出せません。

そして何をもたらしたのでしょう――力です。かつて私達が畏敬と共に仰ぎ見た広大な滝など、

まるで宇宙船の前の模型飛行機。そんな大きなものが、この地上のいたる場所に置かれ、

ある者は言います。「これぞ、プロメテウスの真の炎」と。

確かに、それは火などというものではなく、炎なのです。同時に争いの火種であり、

私達は安全、安心、それらを暴力で埋められるようになりました。

天使をもはや信じない者は、この力の暴発について、あまりにも楽観視しているようです。

なぜなら彼らには、この、空に向かって開かれた「外の世界」しか存在しないからです。

外の火がどんな力に変わろうと、鍵にはなりません。扉を開く風にもなりません。

しかし内の火は、預言者の落とした優しさであり、威厳であり、真実です。

私達は例外なく、その火によって「私である」と言い、「あなたと会えた」と語る。


ここに何かを描き、白い紙を埋め尽くせば……

子供達は赤いクレヨンを取り、成人前の少年少女は赤い色鉛筆を取り、

大人は赤い絵の具を取って、そして私は赤い霧を噴きかけよう。

すると輪郭のない絵はまとまり、ハートの形を示すだろう。それは心で、命、

もうひとつ、大切な私達の体――それを作り上げるのは、赤い色そのものの「私」

プロメテウスの予言は続く――火は炎となり、やがて愛となる。


「今」の空には多くの烏が飛びまわる――だが、彼らは賢明だ。地上の動きを集めながら、

「理解できない」とは決して言わないだろう。皮肉を言うこともないだろう。

ゼウスとプロメテウスを行き来する、彼こそ天使のものまね師だ。

白い煙を何度も何度も突き抜けて、それでもなお黒くいることのひたむきさよ、

誰かがお前の苦悩を見つけ出す時、頑なな眼球を惜しみなく差し出せ。

すると人々はお前の記した福音に、ぴしりと閉じた窓の向こうを予感する。

そこには、静かな光が落とした一枚の羽根を取り、聖人の顔をする餓鬼がいる。

彼の足は鎖に繋がれているが、そうしたのは自分自身だ。羽根の主に触れれば、

その存在は一瞬で消し飛ぶだろう。それを恐れた餓鬼は皆、自らを地中に捕まえる。

「飛んではいけない。飛んではいけない。羽根はあってもそこには行けない」

ただ烏のみが、目を失ってもなお、光源に向かって正しく啼ける。


私は今、炊飯器の音を聞き、救急車の音が過ぎ、暗い世界で目を覚ます。

窓の向こうで光っているのは、海の向こう、半島の根元、憂いの――

部屋の灯りを点けるとそれらは、明るさのなかに消える。

何かの気配に――側の犬が吠える。一回、二回、三回……

無表情の幽霊達が、一斉に指差す場所には、彼らの生を作り上げた炎の死体が……

とても大きな、計り知れない巨人だ。私が寝ているのは、彼の指だ。

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