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第1歌 存在

かつて我らは天使を恐れた。峻厳なる高みから降るまなざしの予感に、

まずは沈黙が出向いた。次に畏敬が、そして跪いた地面の硬さが、

私達の生活となった。羊飼いの歌を、未だ高々と歌える者はいるだろうか。

彼らは地平の彼方に消えてしまった。道にはただ、私達に残された鋤と鍬が、

何も語らぬ麦のために置かれてある――何も?

麦のちくちくとする穂や、様々な果実、それらは言葉を奪われた。

我らの口にするものの、何と硬いことだろう! 雨さえ染みぬ。だが以前にも増して、

硬さの国から来た者達は、いくらでもそれらに入っていける。おそらく彼らは、

全ての果実の内部を、外部にしようと企んでいる。


ああ、私達は、自らの柔らかい部分を放棄しようと言うのか。例えば、心臓の力強さは、

木々の豊かなしなりにも劣らぬ弾みを持って、風のもとの葉のように、

開いては閉じ、傾いては起き上がる。では血液は?

それは担い手。私達の一人ひとりが、暗い宇宙を照らす光であることを、

この真っ赤な流れは証すだろう――しかしそれも今ではあやしい。

私達はかつてより、怒りっぽくなったのではないか。そのたぎりが、

私達を硬くする。これまでどんな争いが、体内を駆け回っただろう。


これを、神の呪いと呼ぶことが、救いとなると言うのだろうか――カイン、

私達の血の先祖、あなたの持つ棍棒は、今でも血塗られたまま、

なおも泣き声を上げているのです。誰にも聞こえぬ声を! いいえ、

それは確かに聞かれました、あなたの子孫や、兄弟の子らの幾人かに。

どうか、世界があなたを誤解せぬように。アベルの子らは、あなたを否定するでしょうか。

あなたの子孫のなかにもやはり、かつての神のようにあなたの果実を否定し、

それが大地のためだと言う者がいます。それは間違っていないでしょう。

しかし私達は例外なく、あなたの槌と技によって、ここまで来られたのです。


いやしかし、私達はあまりにも、天使を無視してしまった。

彼らの手や翼が、どれだけ柔らかいのか、もはや本を読んでも理解はできない。

居心地が良かったのだ。目に見える天使――つまりは悪魔の舌や羽のほうが!

もう、ずいぶんと硬くなってしまった。私達はもう、ろくに恋人の手も取れない。

愛さえも売り払ったかもしれない。代わりに金銀宝石をたくさんもらった。

――もっと欲しいか。安いものだ。お前達はいくらでも、金持ちになれる――

いつか、そう、あなたの声と思い違い、この空には奴の黒い声だけが響いている。

そうして、最も硬いあなたの果実が、この地に成った――ああ、

それには何の罪もない。おそらく悪魔自身にも。

ただ、道を違えただけなのだ。様々な誘惑を言い訳にして。


今、私が立っているのは、かじることすらできない果実が、あの日、多くのものを消し去った地。

私は巨大な畏れと向かい合い、あなたの子孫のまま、天使達と語りたい。

嘆きの顔が、多くの命を呼ぶだろう。死の時まで、流れることで私は在りたい。

どんな慟哭が声高に叫ばれようとも、そのなかで止まることない水でありたい。

その心を焚きつける火自身でありたい。

あの果実は種を持たない。それでも増える硬さの枝の、恐れ、不安、諦め、死んだ心――

そんな破滅の芽を刈るために、今もう一度、カインの鎌を手にしたい。


ああ、私達の「生きる」――その道標は、いつの時代にも見えはしなかった。

だが感じる心の存在を忘れはしなかった。眼を瞑って何かを思えば、

いつでも新たな世界が蘇った時もある。黒が白から生まれ、白もまた黒から生じる。

そうやって大地ができたと語るのは、我々の無知からではない。むしろ私達の豊かさからだ。

では死の国が生まれたのはいつだろうか――私達はこう語っています。

愛する妻が命を落とした時、男は愛を貫く覚悟をしました。

彼は死の国へ参入した私達の祖先です。再び出会った我らの夫婦は、悪魔を地上にもたらしました。

それはこう呼ばれています。「意志」もしくは「思考」、続いて彼らの偉大な子供、「太陽」が、

魂の道を照らし始めました。それゆえ彼はこう呼ばれています――「自由」と。

悪魔は足枷を自らに課すでしょう。そして人の力となりました。しかし、

その女親、今は冥府で死を養う彼女を、悪く言う者もいます。

「死などなければ良かったのに」そう言って、彼ら夫婦の愛を否定するのです。

道を繋げて見て下さい。この男親はカインで、女親はアベルです。


時代は風のように過ぎ去り、どんな事物も塵のように舞う。だからこそ、

私は自分の胸を指差し、「これが私です」と言える。かつて私はどこにいたのか。

この広大な地球のなかにいて、そんなことが分かるだろうか。しかしこれだけは言える。

私はかつて生き、その生に後悔を残し、今また挑戦している、と、限りなく前向きに。

それも、あの遥かな両親のおかげなのです。そして「太陽」があるからなのです。

どうか、私から死を奪わないで下さい。私が生まれてきたことを肯定するための、

私だけの死とその場所を守って下さい。


大地は段々硬くなる。そこからこぼれ落ちる果実がひとつ、ふたつ、みっつ……

ずる賢く、形を変えてまたひとつ、ふたつ、みっつ……

それは両親に因って生まれたが、両親の結果と言ってはいけない。

天使よ、あなた方はまさしく恐ろしい。しかしそれとは異なる真の破滅が、

今、誰の目にも見えるのです。私達は戦えるでしょうか。

風が吹きます。それは爆風かもしれない。大地が揺れます。これは地響きかもしれない。

鳥は真直ぐ飛べるだろうか。蝶は花に辿りつけるだろうか。それらは今でも、

我らが恐れる境界を越えて、あらゆる流れや叡智を感じている。

人間だけが、あくせく汗を流している。それは素晴らしいことではないか。ただ、

親の思いを忘れぬ限り。ならば今一度、私達は鳥や蝶に学んでも良い。

彼らが空高く――空高く舞い上がることの喜びが、

この胸の隅から消え失せてしまわないように。


君は、古い歌を歌っているね――それでいいのだ。

そこからまた、始めよう。

なぜならそれは、人類だからだ。誰かが君を無知だと罵るなら、

超然として、こう言い返しなさい。

「私は在る。在ることの望みを輝かせる。全ての心が感じ入るまで」と。

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