後編
「今日のレッスンは終わりにします。 ソアーヴァさん、今日のレッスンは有意義なものでした。 明日からも期待してますよ」
「……はい」
先生は私の肩を叩いてから教室を出て行った。
ふぅっと息を吐いて脱力した。
一人残った教室で指で鍵盤を押す。 クローンもこうやって音を出しながら曲を作っていた。
クローンのまねをすれば、あんな曲を作れると思って作曲の時はいつもまねしていたけど、どうも私にはできないみたい。
まったく……私は何ができるんだろう?
お父さんのように物語性のある曲は弾けない。
クローンのように聞いてる人の心に訴えかけられるような曲は弾けない。
二人のようにピアノを弾けない。
はぁ……、もう大学もピアノもやめようかな……。
鍵盤から手がだらしなく落ちる。
ピアニストになる夢も、ピアノが好きだった気持ちもすべて落ちてしまった。
その時、壁際に置いておいたバックからメールの着信を知らせる音が鳴った。
メールはお母さんからだった。
『昨日お母さんが言ったこと考えてる?』
私は少し間を置いてから返信した。
『考えてるけど、分かんない』
返信したと思ったら、またすぐお母さんからのメールが来た。
『ヒントはピアノよ。 弾いてみなさい、自分のやりたいように』
スマホの画面からピアノに目を移す。 傷一つない綺麗なピアノが蛍光灯の光を浴びて光っていた。 私に弾いてほしいと自己主張しているようだった。
同じ花は咲かなくても同じ実はつける、そうお母さんは言った。
そして、その答えはピアノにあると言った。
だったら弾こう。 それで、もし答えが分からなかったらそれまで。
音楽を
ピアノを
やめる。
私は椅子をひいて鍵盤に手をかけ目を閉じる。
最後になるかもしれない私の演奏を、最も尊敬するクローンに捧げます。
優しく鍵盤を押し込み、ピアノから暖かな音色が零れる。
最後になるかもしれないのに、心は落ち着いていた。 焦りはない。 不安もない。
大丈夫、思った通りに弾ける。 自分の想いを込めて弾ける。
だけどこれが答えになるかは分からない。
ねぇ、クローン……もし私の音が聞こえてるなら一緒に考えて。
私一人じゃ、分からないの。 お願い。
……。
やっぱり届いてないか。 残念だけど、諦める理由にはなった。
これまで頑張ってきたけど、結局ここが限界。
もう終わっていいっか。 疲れた、ここまでよく頑張ったと褒めてやりたい。
音が間延びしだし、ダラダラとした音がこだまする。
その中で微かに一つだけ芯の通った音が聞こえた。
空耳かと思ったが、どんどんはっきりとした音で私の耳に届いた。
懐かしくも、心に直接響くあの音色が
クローンの音色が。
間延びしていた私の音が活気を取り戻し、クローンの音と重なる。
届いてた!
そして届けてくれた!
私の即興な曲にクローンの音色が自然に溶け込む。
はじめから打ち合わせでもしていたかのように、二人の音色が響く。
この不思議な二重奏にしばらく耳を傾けながら、お母さんの言葉について考える。
同じ花は咲かなくても同じ実はつける。
ヒントはピアノ。
ピアノで花? そして実?
ねぇ、クローンは分かる?
クローンの音色に乗って言葉が届く。
『ソアで花、夢で実』
……?
『私からのヒント。 あとは……』
うん、ありがとう。 後は自分で考えるよ。
クローンの音色が強くなり、音で背中を押してくれた気がした。
ふふ、懐かしいなぁ……あの通路に入る時も背中を押してくれたよね。
うん、ちゃんと答えは出すよ。
ピアノが私だけの音を乗せて響く。
私で花、夢で実。
夢、私の夢は
それは、ピアニストになること。
音に夢が乗る。 それは小さいころからずっと夢見てきたこと。
これが私の夢で、私の実だ。
花は、たぶんこれだと思う。
空気を胸いっぱいに吸い込んで、想いを音に込めた。
私の音がいつも以上にわめき上げる。
花は
私の才能
私の技量
私にしかできないこと
お父さんにはお父さんの花が
クローンにはクローンの花が
みんな違った才能を持っている。
お父さんはその花で実をつけた。
クローンも生きていれば、その花で実をつけた。
私も、私にしか咲かない花で、実をつける!
それがお母さんが私に言った言葉の意味。
これが私の答え
他人のまねをすることはない。
自分にしかできないことをしろ。
それが自分の魅力で、良いところで、誇れることだから。
同じ花は咲かなくても、同じ実はつく。
そういうことだよね、お母さん。
『素敵な考え』
クローンもありがと、来てくれて。
『また来るよ、ソアが呼んだときに』
うん、またね。
ふぅー、久しぶりに思いっきり弾いた。 楽しかった。
やっぱりピアノはいい。
スッキリした顔で教室の電気を消して家に帰った。