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前編

一人ピアノの前でため息を吐く。

 最近、上手くピアノを弾けない。

 どんなに練習しても、どんなに時間をかけようとも。

 ピアノに対する熱が冷めてしまったのか。 いや、ピアニストになりたいという気持ちはある。

 では、何が足りない? やっぱり才能?

 確かにお父さんは世界でも有名なピアニストだ。 しかし私は娘でありながら、その才能を受け継がなかった。

 お父さんの才能を受け継がず、普通の娘として生まれた。

 それが私、ソアーヴァだ。

 子どもの頃、影のように真っ黒な人(?)クローンに出会いピアノの楽しさを教えてもらい、ピアノを始めた。

 それから幾年もの時が流れ、私は音楽の大学に苦労の末に入学した。

 私はここで、いかにお父さんが有名で有能で素晴らしい人だということを痛いほど知った。

 話す人話す人、すべてがお父さんのことを知っていた。 誇らしい気持ちもあったが、それと同時に父との比較が始まった。


「お父様はあんなに素晴らしい方なのに娘は……」

「こんなことができなくては、お父様の名が泣きます!」

「それでもお父様の娘ですか!」


 嫌というほど言われた。

 お父さんが有能であるならば、その娘も有能でなければならなかった。

 それが、周りが求める私だった。

 誰も私の音を聞かず、お父さんの音を求めた。

 繊細でありながらも、力強く感情を高ぶらかせる音を求めた。

 どんなに頑張っても周りは私を批判した。

 私の弱さが涙となって頬を伝い、手の甲に落ちる。

 お父さんはお父さんであって、私は私。

 周りはそれを良しとはせず、時間が経てば経つほど私の風当たりは勢いを増していった。

 もう訳が分からない! なんで、みんな分かってくれないの!

 私は私でお父さんじゃない! 比べないで!!

 涙を流しながらピアノをかき鳴らす。

 荒々しい気持ちをむき出しにして攻撃的な音を出す。

 指の形が変形するほど強く鍵盤を押し、ピアノが悲鳴をあげる。

 苦しい

 つらい

 寂しい

 昔は楽しく弾けていた。 あの頃は純粋にピアノが好きだった。

 もう一度

 もう一度あの場所へ

 クローンの元へ

 行きたい……。

 弾き終わった時には、耳がキンキンしていた。 音が跳ね返って自分を痛めつけていた。

 また弱さが溢れてきた。




「ソア、元気ないけどどうかした? お父さん、力になるよ」


 家族三人で食事をしているとき、私の顔色を見てお父さんが心配そうに言った。


「ううん、大丈夫。 ごちそうさま」


 無理に笑顔を作って、早々に自分の部屋に戻った。

 明かりも点けず、ベットに倒れこむ。 夕焼けの光がお父さんの優しさのようにじんわりと暖めてくれた。

 どんなに些細なことでも気を使てくれる優しいお父さんにあまり心配をかけたくない。

 言ってもお父さんを悲しませるだけだし。 そもそも、お父さんに話したってどうにもならない。

 むしろお父さんを傷つけるかもしれない。 あんな性格だから……。


「ソア、入っていいかしら?」


 ベットに突っ伏していると、ドアの向こうからお母さんがノックしていた。 慌ててベットに腰かけてから、返事をするとお母さんが入ってくる。


「隣いい?」


 私に了承を得てから隣に座り、お母さんは口を開いた。


「偉大な父を持つ子供は大変よねぇ」


 私は目を見開いてお母さんを見た。 あなたのことなら何でも知ってます、といった微笑みを浮かべていた。


「そうでもないよ……」


 自分でも分かりやすい嘘だと思った。 でも、お母さんは何も言わず私の頭を抱き、耳元でささやいた。


「そう? だったらいいけど。 でもねソア、これだけは覚えておきなさい。 同じ花は咲かなくても、同じ実はつくのよ」


 そう言って私を解放したが、何を言いたいの分からず頭を傾げた。


「少しロマンチックな言い方だったかしら?」

「うん、よく分からないよ」

「答えは自分で探しなさい。 きっと今のソアを救ってくれると思うから」


 お母さんは頬に軽くキスをして部屋を出ていった。

 同じ花は咲かなくても、同じ実はつける。

 同じ花だからこそ、同じ実をつける、の間違い?

 一人頭を捻って考えるが、どうも答えが分からない。




 翌日、すべての講義が終わったあと生徒は個人レッスンを受ける。 個人レッスンは、学生オフィスに申請すれば誰でもタダで受けることができる。 そのこともあって、将来の道を音楽で考えてる生徒はこのレッスンを受けている。

 もちろん、私も受けている。 今では後悔してるけど。

 重い足を引きずって講義錬に入り、階段を上がっていく。

 教室にはすでに女性の先生が待っていた。

 先生に挨拶してからピアノに座った。


「ソアーヴァさん、先週課していた課題はやりましたか?」

「はい、作ってきました」


 バックから私が書いた曲の楽譜を引っ張り出して先生に渡した。 先生はざっと楽譜に目を通して満足そうな笑みを浮かべた。


「先生の言った通り、お父様を意識した曲を書いて来ましたね。 弾いてもらってもいいですか?」


 楽譜を受け取りピアノにセットして弾きはじめる。

 本当は違う曲を作りたかった。

 お世辞にもいい曲ができたとはいえない。 先生は満足そうな顔で聞いてるが、これのどこがいいのか分からない。

 音がまとまらなくて、この曲を通じて何を伝えたいのか作曲した私自身分からない。

 やっぱり、お父さんの曲は私に合ってない……。

 大抵のピアニストは同じフレーズを使いある場面に合う曲を作るのに対して、お父さんはまったく逆な曲を作る。

 一つの曲に同じフレーズはいっさい使わず、物語のような曲を作る。 演劇やダンスの曲には向かないが、その分演奏会には絶大な威力を発揮した。

 耳の肥えた評論家たちの心を激しく揺さぶり、『音で物語を紡ぐピアニスト』なんて名前とともに世界に名を知らしめた。

 先生、私にはそんな才能ないよ……。

 心の中で乾いた笑みを浮かべて演奏は終わった。


「良い演奏でしたよ! やればできるではないですか!」


 弾き終わった私に拍手を送りながら興奮気味に称賛した。 「どうも」と軽く頭を下げて自分の手に視線を落とす。

 先生はあの曲で何を感じ取ったの? あんな想いも乗ってない雑な演奏で何を思ったの?

 教えてほしいよ……。

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