The way of living
<はんだごて>
彼にとって、得物はなんでもよかった。包丁でも、アイスピックでも、はさみでも、ボールペンでも。殺す必要のある相手を死に至らせるという結果はいつだって変わらなかった。ただ彼はどういうわけか半田ごてを好んだ。乾電池をいれて、携帯性を持たせたタイプのものだ。熱く熱されたそれを、急所に、的確に、深く、突き入れる。相手は生きているというだけの、ただの動く的だ。彼は殺す。もちろん彼は殺すことになんの異常性も感じない。殺して得をするのであれば、殺す。合理的だ。殺すという手段で、他人を利用する。
勿論彼も、日本に生まれて日本で暮らし日本の教育を受けてきたが、その間、彼は常に人とうまくやれなかった。他人とうまく付き合うことができないし、それができる人を、他人をうまく利用できる世渡り上手な人間としか考えていなかった。また、彼は他人を利用するための、仲良くなるといった手順をひどく嫌い、また利用する必要もなかった。だが一つの転機が訪れた。それは彼にとっては良い兆候だったが、他人にとっては災難の前触れだった。転機とは、彼の両親が死んだことだった。経済的な礎をなくし、そして彼は家族という最小の社会共同体にも属さなくなった。彼は何にも遠慮する必要がなくなり、そして金を稼ぐ必要が生まれた。
今の彼は、他人というモノを消耗して、つまり殺すことで生計を立てている。そうする必要があったし、世の中には死ぬ必要のある、または死んで喜ばれる人間がいる。加えて殺しが彼の性分にもあっていた。今ではなじみの仕事だ。殺しの武器がはんだごてというのは珍妙かもしれないが、それが彼のアイデンティティにもなった。彼の同業者はそれなりにいる。殺しという仕事は、彼のアイデンティティにはならなかった。だから、彼ははんだごてを得物にしたのかもしれない。
彼は、殺し屋ではなく、「はんだごて」とよばれた。
<自殺屋>
彼は、人を殺さない。人に自殺させるのだ。
はじめは、小学校の同級生の少女、だったように記憶している。その少女は、クラスの男子を苛めていた。しかし、彼女の取り巻きの少女たちはいじめと呼ばれるほどのことを、その少年にしているとは思っていなかった。その少年が決して「辛い」「やめて」といったことを言わなかったためだ。ただ少年は、女子達にいいようにされても張り付いたような笑みを浮かべていた。むしろ、いじめを扇動した少女のほうが、気まずそうな顔をすることがあった。
彼は、いじめについて少女に問うた。なぜその少年をいじめるのか、どのようなことを彼にしたのか、彼の気持ちを考えたことはあるのか。二人きりで、面と向きあって、彼はなるべく彼女を責めるような目で見ようと努めた。はじめは少女は負けじと言い返していたが、徐々に覇気をなくしていき、最後には俯いて、涙を流すでもなくただただ虚ろな目をしていた。
その次の日、彼女は死んだ。帰り道にある橋からの投身自殺だった。彼女に思い付くでろう死に方のなかで、もっとも容易で確実な死に方だった。
次に彼は、いじめられていた少年と話をした。彼女の死に心当たりはあるか、彼女をどう思っていたのか。それらを質問してみた。それは少年を思いやってのことだった。彼はケアのつもりだったのだ。ただ、話しているうちに少年は様子がおかしくなっていった。だんだんと声がちいさく、目がうつろになっていく。次の日、彼は死んだ。少女と同じ場所で同じ死に方をした。
彼は、それが自分によるものだとは感じていた。その後も、彼の身の回りで、彼が関わったか否かに関わらず、死人が出た。一つとして他殺や事故死はなくすべて自殺だった。
転機は、職場で起きた。彼の会社が倒産する直前の時、彼の周囲の社員が皆死んだ。そのうちの一人が、彼にこういった。
「君を見ていると、責められているように感じるんだ。あぁ、君がじゃない・・・。なにか、僕みたいな? 僕? いやとにかく誰かが、僕は本当は死にたいんだろう、って言ってくるんだよ・・・。でも、本当その通りなんだ。多分僕は静かなところに行きたいんだ」
彼が自分の持つ性質を把握した瞬間だった。それを活かせる生業など限られているが、確かに需要のあることを彼は知っていた。
そして、彼は殺し屋となることに決めた。彼の意志だけでなく、そう望む人間もいた。もとより、社会生活をおくれるような体質ではない。もとより、なにかに所属できる人間ではない。もとより、罪を背負っている。一人で、自分を拠り所として、生きていくのだ。生きる道は選べなかったが、その道の歩み方は、彼の自由だ。他者とはともに歩めない道を堂々と駆け抜ける。殺し屋としての道を他者より速く巧く駆け抜け、その道を制する。彼はそう心に決めて、人を自殺させてきた。
彼は、殺し屋ではなく、「自殺屋」と呼ばれた。
はんだごては、帰宅すると郵便受けに入っていた封筒を開けた。近くを車がやかましく駆け抜け、電車のガタンゴトン、ガタンゴトンという音がはんだごての耳に入り、そして抜けていく。封筒の中の書類にはいつも通り、殺す対象の顔が、詳細が書かれている。誰がこれをつくったのかは知らない。だが、殺しにも業界はあるのだ。こういった書類作成にだって業界はあるだろう。
(嫌な顔、いや目をしてやがんなぁ。はたまたなんで殺さるんだろーね。可哀想ォに)
名前は読まない。職業は読む。
「職業・・・殺し屋ぁ?」
さらにはんだごては読み進めていく。驚きで目が大きく開き、唇が乾く。部屋の中は静かだった。
「おいおい・・・自殺屋かよ・・・こいつが・・・!」
(まさか大御所を殺せとはなぁ・・・)
同業者を殺す機会はそこそこある。殺し屋と言ってもピンキリで、秘密保持すらできない殺し屋は、より上等な殺し屋により始末される。末端の殺し屋など、ただのチンピラと言っても過言ではない。殺し屋同士の対決が多いからこそ、この業界では下剋上はざらにある。だが、名の通った殺し屋を殺せという依頼はない、はずなのである。秘密を洩らさず、かならず仕事を完遂する殺し屋を殺すメリットはないのだ。
(でもまぁ・・・依頼されたからには殺さなくっちゃな)
理由が分からなくとも、殺さねばならない。相手が有名な殺し屋であろうとも、殺せる。いつも通り、動く的の急所に半田ごてを突き入れれば仕事は完遂される。
(仕事の仕方からして、自殺屋自体はそんなに強くねぇ・・・気づかれる前にマークして、一突きすりゃイイんだ)
見つけ次第、殺す。だが、すぐ殺せという指示もない。
(しばらく休んでから、殺ろう・・・)
今日は休日だ。しばらくは一般人として、ぬるま湯のような生活を楽しもう。
窓の外に目を向けると、青い空が広がっている。
車の音が、うるさかった。
自殺屋は家で文庫本を読んでいた。お昼を少し回った時間。昼食をすませ、今の彼の人生で一番穏やかな時間。窓からは明るい光が差し込みよりいっそう部屋を綺麗にする。パラリ、パラリとページをめくる音だけが響く。自分の呼吸も聞こえない。時間の流れがあまりにも穏やかで止まっているようで、しかしゆっくりと確実に流れているそれを自殺屋は愉しんでいた。
「・・・・・・・・・・・」
パラリ。
ページが進み、時間はゆっくり流れる。
カコン。
部屋の時間の流れを元に戻す無機質な音がした。
自殺屋はゆっくり顔を文庫本からあげ、立ち上がり、玄関へ向かう。
郵便受けに入っていたのは、見慣れた封筒だった。開封する前に、コーヒーを淹れる。彼はソファに座り、封筒を開けた。コーヒーを一口飲む。中の書類には、殺す対象の写真、名前、職業、その他詳細が載っていた。
対象は、青年だった。顔を見れば好青年と言っても差支えないし、善良そうだ。
(次に死ぬのは彼か・・・。)
とても、死ななければならない人物には見えないし、彼を初めて見た人の大半は好印象を抱くだろう。なぜ、彼は死を願われたのか?殺し屋であろうとも、殺す人間を思いやることくらいはする。しかしその疑問は、すぐに氷解することになる。
(職業・・・・・・殺し屋・・・)
その時点で、自殺屋は完全に彼を仕事の対象として見ることができるようになった。同業者だ。それも有名どころの。
(はんだごて・・・っ)
殺しの業界に、「はんだごて」という変わり者がいる。彼は殺しの道具としてはんだごてを使うらしい。だから、自殺屋は彼のことをよく覚えていた。自殺屋から見れば、はんだごてを殺しに使うなどばかげている。人を殺す仕事に誇りを持ち、誠意に全うしようとする彼には、はんだごては理解できないし、その存在を受け入れることすらできなかった。
くしゃりと、紙が小さな音を立てる。
(落ち着け・・・。感情的になるな・・・)
仕事に個人的な感情は挟まない。プロフェッショナルとして、冷静に確実に仕事を完遂しなければならない。
「ふぅ・・・」
窓の外に目をやり、そのまま自分を落ち着かせる。次に書類に目を通したときには彼は落ち着きを取り戻していた。書類の情報を頭に染み込ませる。はんだごての存在の核になる部分を、はんだごてに問いかけ、彼を自殺においやる。いつもとやることはかわらない。殺すのではない。自殺させる。彼が死にやすいような環境を整えてやるのだ。
(殺し屋である時点で、後ろめたいはずだ。闇など簡単に見つかる。罪を責めれば奴は勝手に死ぬだろう)
心に闇がある時点で、自殺屋にとって自殺させるのは容易だ。殺せる。
彼は立ち上がった。できる仕事は、より早く完遂する。それがプロというものだ。
その日、はんだごてはとある建物にいた。4階建てで、ロの形に作られており、中央は天井がなく吹き抜けとなっている。彼は仕事でそこにいた。そして、少し離れたところには、自殺屋がたっている。
彼らは、対峙したまま、互いの呼吸を掴もうとしている。自殺屋は泰然として立ち、全く緊張を感じさせない。はんだごては姿勢を低く保ち警戒を怠らない。すでに手にした半田ごては加熱済み。痛覚があるのであれば誰一人としてつかむことはできないそれを右手で持ち、自殺屋にむかって構える。
半田ごてが自殺屋を中心に、円を描くように動くが、自殺屋は常にはんだごてを正面に見据える。動いたと感じさせない動きで自殺屋は自分と半田ごての位置関係を保つ。
先に動いたのは半田ごてだった。
離れていては殺せないし、何より自分をとらえて離さない彼の眼球が彼を精神的に消耗させていた。今の間合いが、自殺屋の間合いだと本能で気づいたのだ。
半田ごてを右手に、勢いよく駆け出す。
(先手必勝ォ!)
初手で仕留める必要はなく、まずいくらかの手傷を負わせるのだ。至近距離で、自殺屋の顔面に、いや眼球にはんだごてを突き入れようとするも自殺屋は横にかわす。
「っく・・・!」
頭の中にこびり付くような、ぬめりとした嫌な感じははんだごてから離れない。だがこの間合いははんだごてのものだ。
(くらぇぇええ!)
半田ごてははんだごてを自殺屋にむかって続けて絶え間なく突き、薙ぎ、振るい、自殺屋を追い詰めていく。
「っあ・・・!」
少しずつ、自殺屋にも傷が増えていく。服がはんだごての熱で焦げ、化学繊維の融ける匂いが二人の殺し屋の周囲に立ち込める。火傷はじんじんと痛み、自殺屋の集中力を確実にそいでいく。半田ごては攻撃の手を緩めない。
はたから見れば、二人の殺し合いは半田ごて優位に見えるだろう。自殺屋は防戦一方であり、また半田ごては確実に自殺屋に傷を負わせ、そして攻撃の速さは増しつつある。だが、半田ごては自身が優位であると全く感じていなかった。自殺屋と対峙していた時から感じている、身にまとわりつくような嫌な感じがいまだ拭えないし、それが蓄積して半田ごてから余裕を奪っている。なにより、優位であるはずなのに追い詰められたように感じられるという事実が、半田ごてをより一層焦らせ、攻撃の鋭さを鈍らせる。
(よし・・・・・・いいぞ・・・!)
自殺屋は、殺し合いの展開が完全に自分のパターンにはまったと直感した。序盤のはんだごての攻撃は自分の急所や体勢を崩させる要所を突いてきたし、かつ攻撃のテンポに変化を持たせていた。しかし、今のはんだごてはただ速く半田ごてをふるっているだけだ。彼の攻撃のテンポが単調であるため、かわしやすい。
自殺屋が自身の優位を確信する一方で、はんだごてはただただいらいらを募らせていく。
(畜生ッ!なんで!あたらねえんだよ!)
最速で半田ごてをふるうが、当たらない。これまでに何度も致命的な手になりうる攻撃を、自殺屋に紙一重でかわされている。しかし、それが自殺屋に意図されたものだと、今のはんだごては気づけない。
(クソッ!)
もはや手段を選んでられない。
はんだごては、熱くなった意識でそう思った。
何を使ってもいい。手段を問わない。この苛立たしい男を殺せるのであればなんでもいい。
その考えが、これまでとは違った行動をはんだごてにとらせる。
一瞬だけ、意識が冷え切る。必殺の一手を放つべく、殺し屋としての本能が集中力を高め、はんだごてが、風が凪いだような雰囲気を身にまとう。
はんだごての真正面に自殺屋はいる。突き出されたはんだごてを勢いよく手元に戻す。それと同時に左手で、ベルトに挟んで隠し持っていたナイフを握る。
(殺す!)
右手で半田ごてを、自殺屋の肩に突き入れるようにふるう。自殺屋はそれを右前に、姿勢を低くしながら動くことでかわす。はんだごては、左手に持ったナイフを握り、前に出てきた自殺屋の首を切り裂くべく、最速で薙ぐ。
「・・・・・・・・・・ぐうっ!」
「なっ!」
手ごたえはあったが、ナイフが切り裂いたのは自殺屋の首ではなかった。ナイフは自殺屋の右腕を半ばまで斬りさき、そこで止まっている。あと一手で殺せる。
「ぁぁぁああああああああ!」
はんだごては右手のはんだごてを自殺屋の眼球に突き入れようとする。だがそれよりも自殺屋が動いた。
左手ではんだごての首を握り、そのまま勢いよく持ち上げる。そして、はんだごてと目を合わせる。
その瞬間、はんだごてを脱力感が襲い、自殺屋から目をそらせなくなる。これまで自殺屋によって自殺してきた人たちと同様の反応だ。虚ろな瞳にはもう反抗の意志は感じられない。
(捕った・・・っ)
ここからは完全に自殺屋のパターンだ。いつも通り、はんだごてには自殺してもらう。
彼が死にたくなるように誘導するのだ。
「はんだごてよ、なぜ人を殺す?」
「必要だから」
「なんのために?」
「生きるために」
「金か?」
「金だ」
一息で質問と応答が行われる。
「なぜ半田ごてを使った?」
「・・・・・・」
明らかにはんだごてが返答を拒んでいる。
「なぜ半田ごてを使った?」
「誰も使わないから・・・」
今にも消えてしまいそうな声ではんだごてはそう言った。
「なんで使う必要があった?」
はんだごては答えない。
「それを使わないと、自分と他者が区別できないからだろう?」
「・・・・・・・・・」
「お前という個人を特徴づけているのは、生き様でも、殺しでもない。はんだごてだ。」
「・・・」
「お前は半田ごてを使っていなければ、そこらの殺し屋と何ら変わらない。何も変わらないんだよ。それどころか、もっとたちの悪い何かだ。自分の存在を物によって確定させて、人には頼らない。だからお前は非情に殺しをやれるんだ。殺してる奴らと、お前、何一つ変わらないのにな」
「・・・・・・・・・」
「普通の人は、物なんかじゃなくて、人によって自分を確定させるんだよ。他者への思い、他者と過ごした時間、他者とのふれあいとか、とういうもので。お前はそれすらできなかったんだよ。自分が人並み以下だという自覚を持つべきなんだ。お前なんかに、人を殺す資格があるとでも?」
「っ・・・・・・」
ゆっくりと、はんだごての右手が上がっていく。
「お前に、人を殺す資格はない。半田ごてという特異な殺し道具を拠り所にして甘えて、人とかかわらない理由をつくった。それは罪だ。お前は彼らに謝る必要がある」
はんだごての右手に握られた半田ごてが服をとかし肉に達する。
「何より、--------------」
その自殺屋の言葉を聞くと、虚ろだったはんだごてが少し安らいだ顔をして、右手の半田ごてが自らの肉を突き抜いた。
自殺屋は、はんだごてが半田ごてで自らの胸を突き破り死んでいく様子をじっと見ていた。肉の焼ける嫌なにおいが立ち込める。ジュウウウという音と血が吹き出ししたたり落ちる音しか聞こえない。
はんだごての体から生気が感じられなくなってから自殺屋はその死体を地面に無造作に落とす。いつもの彼ならば死人の死を悼むことくらいはするのだが、今回の相手は特別だ。自殺屋には理解できない生き方をし、だれの死も顧みなかった彼の死に、意味を与えることはしない。
自殺屋は歩きだす。殺人の悲しみを知り、被害者でもあり加害者でもある彼は死を尊ぶ。しかし、彼の死に果たして尊厳は与えられるのだろうか?
願わくば、他者の理解ある死を。
読んでいただきありがとうございました。
出来れば、評価あるいは感想をください。
これからの上達のために役立たせたいと思ってます。
よろしくお願いします。