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それは思いがけない発見

 男女比は9:1。圧倒的な男所帯、それがあたしの所属する研究室だ。

有機化学を専門としているのだから当然と言えば当然なのだが、女子がいなくて寂しい。

学部3年時に研究室配属され、院に進んだ後もこの研究室を選択した。

一緒に入った同学年の女子が2人いたが、1人は実家に戻って公務員試験を受けることを選び、もう1人の子は進学したものの実家が裕福な自由人のせいで、院の入学式以来姿を見せていない。

おかげで、実質女子はあたしひとり。寂しいけれど、悪くはない。

研究室の人たちは先輩も後輩も同期も勉強熱心で、一尋ねれば十で返してくれる。教授に与えられた研究課題も、時折行き詰ることはあるけれど、順調に進んでいる。

授業も週に2回しかなく、アパートと研究室の往復ばかりで友達と遊ぶ時間もなければ、必然的に女子力も下がる。化粧はファンデンショーンとリップだけ。髪型も手入れが面倒くさいから、ショートにした。服もスキニーとブラウスにカーディガンのローテーション。お洒落なんてしても見てくれる人がいないなら意味がないと思う。おかげさまで、彼氏なし。あたしの研究室で付き合ってる人間なんて皆無だ。


 目の下にくっきりと隈を作って、研究室の男共は口を揃えてこう言う。

『彼女に時間を割くくらいなら、寝たい』

 男子もみんな枯れている。もっとも、比較的おとなしい部類の男子は、昼休みにゲーム機を持ってにやにやしたり、深夜にパソコンの前でニヤついてはいる。二次元の嫁には会いたいときいつでも会えるから良いらしい。どこぞのアイドルのキャッチフレーズみたい。


 そんな研究熱心で枯れ切っている我が研究室に、新しく助教授が赴任してきた。

前評判は、若くて有能な人。あたしと10歳しか違わないのに、雑誌にいくつも論文を載せているらしい。


 あたしが院に進んでから2年目の春。遂に新しい助教授、清水耀がやって来た。


「どうも、○○大学から赴任してきた清水耀です。助教授だけど、全然先生とか付けて呼ばなくていいんで。俺、まだそんな柄じゃないと思うし」


 染めていない真っ黒な猫毛に、羨ましいほどのはっきりとした大きな黒目はつり上がり、精悍な顔立ちをしていた。初日なのでスーツで来るかと思えば、学生と変わらないラフな格好。10歳も年上とは思えないほど、若々しく見えた。

 緩い雰囲気を全身から醸し出す清水耀の隣で、教授が苦笑している。常にスーツをばっちりと着こなし、あっちこっちの学会や出張に飛び回っている教授は、お腹が出ている。白髪染めはしない派らしく、完全な白髪だ。純日本人にも関わらず、欧米っぽい彫りの深い顔立ちのせいか、初対面の人から英語で話しかけられるのが悩みらしい。

――――そんな感じで、あたしは清水さんにはたいして興味を持たず、教授ばかり見ていた。おじいちゃん子だったのだ。

 眠たげな顔で研究室の面々の顔を見まわしていた清水さんと、不意に目があった。清水さんのもとより大きい目が、一気に大きくなる。


「きみは、」

「彼女はうちの研究室の事実上ただひとりの女の子だよ。雪野さんだ」

「…どうも、雪野です。雪野百瀬です」


 あたしは軽く会釈する。清水さんは小さく震えている。大丈夫なのか、この人―――と思った瞬間。


 清水さんが興奮しているのか息を荒らげながら叫んだ。


「こんなとこで見つかるなんて…!百瀬くんだったか、きみは、俺のセレンディピティだ!」

「…えっと、はい?」


 セレンディピティ。Serendipity。

有機系の研究室では嫌でも耳にする言葉。

簡単な意味は、"思いがけない発見"。

かの有名なベンジルペニシリンが、青カビから抗生物質であるペニシリンを偶然発見したのが最たる例だろう。


「きみの人生と俺の人生をbindingしたい」


「……!??!はい?!?!」

 真顔で繰り出される言葉と、差し出される手に、あたしは素っ頓狂な声をあげる。

「し、清水くん?!」

 温厚な教授も目を零さんがばかりに見開いて驚く。

「おいおい、あの人赴任初日に何言っちゃってんの?!」

「つか人生をbindingって…!?」

「マジで!?」

 研究室の面々も様々なリアクションを見せる。


「俺は本気だ。教え子に手を出すなんて教育者としても失格かも知れない。

だが、この胸の高鳴り。俺は人生で初めて、恋を知った」


 胸に手をあて、頬を紅潮させる清水さん。


「人生だけじゃない。肉体的にも、百瀬くんとbindingし―――」


「絶対にお断りです!!!」


 セクハラ発言される前に、あたしは近くに置いてあったぬいぐるみを清水さんの顔に投げつけた。


「ふごおっ」




 これがあたしと清水さんの衝撃の出会い。

以降、清水さんからのどこかズレた猛烈なアプローチが始まり、やがて研究室の名物になるのだった。


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