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清水さんと百瀬くん

「こんなところで会うなんて、偶然だな。百瀬くん」


 今日は実験が順調に進行したので、早めに研究室を切り上げて帰ろうと思った。

最近買ったばかりのダークグレーのリボンがついたコートに、ファーのついたエレガントな手袋をつけて、晩御飯のメニューを考えながらバス停に向かえば、馴染みある顔が迎えてくれた。


「……清水さん。ええ、本当に”偶然”ですね」

「ああ、まったく。今日は夜空がきれいだと思わないか?おそらく、明日は晴れだ」

「そうですね」


 どうして清水先生がここにいるんですか―――なんて聞くのは野暮な話だろう。


 ゆるい猫毛をワックスできちんと固め、赤のショート丈のダッフルコートを着込んだ清水さんは、バス停のそばに設置されたペンキの剥げたベンチの中央にふんぞり返るように座り、ひどく嬉しそうな顔をしてあたしを見上げている。


 もうすぐ21時が来ようとしている。次が最終便。行先は一日に4本しか出ていないあたしの住むアパートはあるものの、学生の少ない地域だ。なにより、清水さんの住んでいるマンションは大学周辺だと記憶している。整った顔立ちにお似合いな、真っ赤なスポーツカーだって持っているはずだ。あたしの見間違いでなければ、さっき大学から出るときに、駐車場に停まっていたように思う。

 

 清水さんに待ち伏せされていた。間違いない。


「バスが来るまであと10分ほどある。隣に座ったらどうだ?」


 白けた目を向けるあたしに全く気づかないのか、それともあえて無視しているのか、清水さんはそう言って、男の人にしては華奢な身体で横にずれて、一人分のスペースを空ける。実験を放り出して残された学生が迷惑していないのかとか思ったが、あたしは吐息をひとつ吐いて、清水さんの隣に腰を下ろした。


「バスが来たら乗るんですか?」

「無論」

「これが最終便だって知ってますよね。つまり、帰りのバスはないんです」

「知っているが」

「単刀直入に聞かせてもらいますけど、次のバスが来たら、どこに行くつもりなんですか?」

「百瀬くんの家だよ」

「………」


 何のてらいもなく言ってのける清水さんに、呆れて物も言えなくなる。

清水さんは、あたしの属する研究室のホープだ。若くして助教授についた変人。

頭の良い人って回路がひとつズレてる。


「早くきみも俺の虜になってくれないかな。そうすれば、人生がもっと実豊かなものになると思うぞ」

「……検討しときます」


 そうじゃなきゃ、十も歳の離れた教え子につきまとったりしない。


 恋とはすばらしいものだったんだなと初恋をこの年で知った男に、あたしは丸めこまれかけてる。


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