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最終話:旅立ちの場所

 浩一郎の視線に良弘はわざとらしく溜息をつくと

「それでは今から言う条件をクリアしたら、二人きりで出かける事も・・・おまけにぐらいキスまでは黙認しましょう」

と、またしてもおいしい話を持ちかけてくる。

 何となくいやな予感を覚え「その話はしなくていい」という言葉が喉の置くまで出かけたが、提示された内容がおいしすぎるために一応条件を聞いてみることにした。

 浩一郎が覚悟を決める横で、彼の素直な行動にほくそえんだ良弘は、ほんの少し腰をかがめ、自分よりも幾分背の低い彼の耳元へと唇を近づけ囁いた。

「私よりも背が高くなること、それが条件です・・・簡単でしょう?」

 良弘は持ち前の低く響く声でそう告げる、すぐに身を離した。囁かれた浩一郎はなんともいえない顔をしている。

 浩一郎はやっと良弘の笑みの意味が理解することができた。

 巧みな言葉で浩一郎を調子付かせ、気を緩ませた所で成功の難しい条件を示す。この性悪な男はこの条件を言いたいがために、この状況を作り上げたのだ。

「ちなみに、お前、今何センチある?」

 問い掛ける浩一郎の声に少しばかり怒りが篭っていたところで仕方のないことだろう。見上げる視線がどれほど険しくても浩一郎の責任などないはずだ。

 実際、この状況を作り出した張本人あくまは彼のそんな態度すら楽しいようだ。

「夏に測った時には一九二センチぐらいでしたね」

 浩一郎の身長は現在一八四センチである。周りと比べて低いほうではないはずだ。それなのに良弘は笑いながら『更に身長を伸ばしてみろ』というのか。

「大丈夫、私もまだまだ伸びていますから。浩一郎だって身長を伸ばすことぐらいできますよ」

 良弘が更なる問題発言をした所で5人分の弁当を抱えた真帆達が戻ってきた。

 少しだけ険悪になっている良弘と浩一郎の様子に真帆が心配そうに尋ねると、良弘は兄弟だけに見せる慈愛の笑みで

「大丈夫です。焔と浩一郎が付き合う為の条件を出していただけです」

と答えた。

 どうやら彼らはそれだけで『浩一郎が遊ばれている』ことを理解したようでそれ以上関わらないようにと視線を列車が入って来る方に向けてしまった。

「これぐらいの壁を克服してこそ『男』というものです。せいぜい精進してくださいね」

 笑顔で励まし(?)の言葉を言う良弘の背中には黒いこうもりの羽の幻影さえ見えてくる。浩一郎はわなわなと肩を震わせ、目の前の悪魔に宣言した。

「よぉし、見てろよ!お前の身長ぐらい絶対に越してやるからなっ!」

 ホーム中に響く声で叫ぶ浩一郎に良弘も

「楽しみにしてます。私も負けませんから」

と挑戦的な笑顔で返す。

 そうだ、簡単に負けてやるわけにはいけない。

 自分を守ろうとしてくれたあの小さな手を、未だ成長途中の浩一郎になど、そう簡単に渡してやるわけにはいかないのだ。

 もっと強く、もっと賢く、『人間』としての器が大きくなり自分の眼鏡に叶うまで。

(これではまるで『娘を嫁にやらないっ!』と喚いている父親の心境ですね)

 自分で自分を分析しながら彼は心の中で苦笑した。

 それならばそれでいいだろう。彼女を守る立場なるのならそれぐらいの心構えが丁度いい。

 未だ低く唸りながら良弘に対する怨嗟えんさを唱えている浩一郎を他所に、香帆は無邪気に声を上げる。

「あ、見て、来たわっ」

 香帆の声に良弘達が視線をあげると同時にホームにアナウンスが流れる。

 電車はどんどんと速度を落としながらホームへと滑り込んでゆく。

 真帆と勝が良弘の方を振り返り、目を細めながら笑う。

 浩一郎も文句を言うのに厭きたのかその笑顔にいつもながらの笑顔で応えていた。


 ーーーーーやっと取り戻せた穏やかな光景がそこには存在した。


 少しだけ温くなった風が、電車に運ばれてあらゆる束縛から旅立つ良弘たちを祝福している。

 彼らは互いの思いを胸に秘め、新しい門出に相応しい笑みを浮かべてその一歩を踏み出した。

浩一郎、無理難題に泣くの巻。がんばれ、浩一郎。良弘の言葉の裏をきちんと読めば、君でも条件は達成できる。成長させるのは肉体じゃなくて、精神だ!!


やっと、やっと、終了です。実質話は98話。プロローグを入れると99話にもなる大作になってしまいました。

この後、番外が二つ入ります。

一つはコインロッカーで良弘達が去った後の話、もう一つは良弘と浩一郎が出会った時の話です。

出会いの話は本当は1話で終わるのだろうと思ったのですが、書き直してみると4話もある話になってしまいました。

それが終われば終了です。

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