第97話:提示された条件
顎を撫でながら暫し考え込んでいる良弘を浩一郎は固唾を飲んで見守っていた。
「そうですね・・・・・・私も鬼では有りませんし、会う事ぐらいなら十分許容範囲として認めてあげましょう」
寛大な返答に浩一郎はほぅっと胸を撫で下ろした。
しかし彼が先程作っていた『何か』を含んだ笑顔を思い出し、言い知れない不安が胸を過ぎる。
「もちろん、条件付ですよ?」
良弘はその長身をホームの柱に持たれかけさせると、笑顔を崩さないまま浩一郎をじっくりと観察し続けた。
「条件って・・・」
困惑する浩一郎の様子に目を細めながら、良弘は浩一郎に突き出す形で拳を翳した。
「まず、当たり前のことですが焔以外の人間と付き合わないで下さい。高校の間にしていた性欲処理のための付き合いも許しません」
突き出された拳から、すっと人差し指が立った。
そんなことは簡単なことだ。今までだって家の付き合いや仕事上の付き合い程度でしか女性とは付き合っていなかった。夜の関係だってしつこく誘われるからお座成り程度に相手していただけだ。その関係だって一夜限りのことで、それ以上を求める者には制裁を受けてもらってきた。
浩一郎は突きつけられた条件に迷う事無く頷いた。
「もう一つは、あなたが彼女にちゃんと自分の気持ちを説明すること。先程、私に言った言葉を包み隠さず彼女に伝えてください。
そうしないと、あの子は『浩一郎』が一番好きな人間は『良弘』であるというおぞましい誤解をし続けてしまいます」
二つ目の指が立てられた。
告げられた言葉はどこか冗談が混じっていたが、指の向こう側にある良弘の表情は真剣だった。
自分の守る者のためにならば何をするも厭わない本来の彼の表情。彼にとり最優先で守らなければいけなくなった少女に危害を加える者を、いつでも焼き捨てるだけの激しさを内包した瞳だ。
もしそれを行うのが浩一郎だったとしても彼はためらわずにその劫火で薙ぎ払うだろう。
「わかった」
今度は言葉をつけて承諾する。それだけ覚悟のいる返事だった。
「条件は以上です。その二つが守れるのなら、一週間に一度、日曜日には焔と逢わせてあげます」
もとより大学の講義の無い日には焔がこの身体を使うようにしてあげようと思っていた。
だがそのことは、この際、浩一郎には内緒にしておいた。
一方、浩一郎の方は呆気なく許してくれた良弘に疑問を覚えた。頭の中は疑問符が嵐を巻き起こしている。
おかしい・・・絶対におかしい。あの笑顔にはもっと別の何かが含まれていたのに、どうしてこんな簡単な条件で許可が下りるのだろうか。
それとも彼も焔のためなら、このぐらいの譲歩など簡単だということだろうか。
「本当に、それだけでいいんだな?」
半信半疑の浩一郎はとりあえず目の前の親友に確認を入れる。彼は眼鏡を指先で直しながら、
「もっと条件が欲しいんですか?それなら項目を更に10倍ぐらいに増やしてもかまいませんけど」
と、意地の悪い返事を返す。
浩一郎は謹んでその申し出を辞退した。
それにしても良弘にしては甘い条件設定だと思う。彼ならばもっと無理難題を言って自分が四苦八苦するのを楽しむかと思っていたのだが、そこまで陰険ではなかったようだ。
「日曜日に会えるのか・・・デートぐらいしたいな」
京都は四季を通して見るところが多い。
あまり外を見たことが無い彼女をいろんな所に連れて行って、様々なものを見せてあげたい。
「二人きりは駄目ですよ。香帆を連れて3人で行楽してくださいね」
「それ、デートじゃないだろ・・・」
確かに香帆を一人放りっぱなしで出かけるのは心苦しいがせめて2ヶ月に一回ぐらいは二人きりのデートをしたい。浩一郎は縋る目で良弘に懇願してみた。
(黒)良弘、本領発揮の巻。
浩一郎・・・負けるなっ!!焔を手に入れる夢は最強の小姑・良弘を説得しないと叶わないぞっ!!
さて本編はあと1話で完了します。その後番外が2話入って全ての終了ボタンが押せる予定です。