第95話:「好き」の事実
自身満々の彼の態度に良弘は「おや?」と目を瞬かせた。
勝はその表情に悪戯っぽい笑みで答えて見せる。
「あなたは俺と同じで浩一郎のことを普通に『好き』でしょう」
その言葉に良弘は苦笑した。
本当に食えない御仁だ。自分と浩一郎の間柄をこういう『言葉』で示されるとは思わなかった。
「あまり、認めたくない感情ですね」
「もちろんです、だから俺も口に出しては決してしないんですよ」
厭そうな表情で返した良弘に、彼は「お互い内緒ですよ」と切り返す。
18歳にもなった男同士が、友愛がどうのとか言うのは流石に恥ずかしいものだ。二人は互いに顔を見合すとぷっと吹き出した。
真帆と香帆はそんな二人の遣り取りを楽しそうに観察していた。例えどんな形であれ、誰かが誰かを大切にする思いは見ていて気持ちよい。
笑いの波長を何とか押さえながら、彼は最後に質問した。
浩一郎はすでに窓口の人間とお金の受け渡しをしている。彼を除いた内緒話をするのに時間ももう残っていない。
「それにしてもどうして私だけにお願いしたんですか?真帆だって連絡が取れるとは考えないのですか?」
良弘の質問に勝はきょとんとした表情で首を傾げてみせた。
「あなたの中に住んでいる少女にどうやって真帆が連絡を取るんです?」
この言葉に今度は良弘が目を見張った。
真帆もどうしてその事実を知っているのか見当がつかなくて、浩一郎と彼が従兄弟同士だと知ったときと同様に驚いている。
「俺、昔から他の人のオーラを見ることだけは得意なんですよ。
あなたは真っ青なオーラをしているのにその中に異質だけど守られている紅がある・・・それが焔という少女なんでしょう?」
確実な表現を持って言い当てられたことで、彼の持つ力を認めた良弘は「わかりました」と彼に託された言葉を彼女に伝えることを了解した。
勝は彼にしては珍しいほどの満面の笑みでその答えを受けると窓口から駆けてくる浩一郎に向き直った。
「お前ら、人がいないことをいいことに何話し合ってるんだよ」
浩一郎は5人分の切符を手に持ち、彼らの元に戻ってきた。どういう手を使ったかわからないが固まった席を取り直せたようだ。
4人は互いに目配せをしながら『にやり』と含みのある笑みを作ると、膨れている浩一郎に「「「「秘密」v」だ」です」と答えたのだった。
改札をくぐりホームに入ると、駅構内に電車の到着時刻を知らせるアナウンスが流れていた。彼らは乗車位置に近い場所に一旦荷物を下ろした。
「長旅だ、弁当でも買ってくるよ」
勝がそういうと真帆と香帆の女性人は彼とともに売店のほうに行ってしまった。
自然と二人残される形になった良弘は「はぁ」と溜息を一つついて浩一郎に視線を送った。
「本当に一緒に行くつもりなんですね」
「もちろん」
浩一郎の荷物は、手ぶらの勝には及ばないものの、自分たちの中で一番少なかった。だからこそ京都に行く・同じ大学に通うと聞いた時は何の冗談かと思ったのだ。
だが、勝の話によると彼名義の屋敷は京都にもあり、日常すごせるだけの衣類・日用品は常にそこに揃えられているそうだ。
後の荷物は使用人たちが屋敷に運び込んでいるので、彼は少ない荷物で行動できるのだ。
(何か、浩一郎や荒井、望月さんの手の上で踊らされているようで面白くないですね)
浩一郎を嵌めてあたふたさせるのは好きだが、自分が振り回されるのは少々面白くない。
それにまだどこかに『死に対する甘え』と『生の虚無感』を持っている浩一郎と精一杯生きている焔の仲を認めるのは少なからず気に入らなかった。
(そう・・・『気に入らない』んですよね)
自分の中で辿り付いた答えに納得した良弘は口元だけの笑みを作った。
その怪しげな表情に、浩一郎の背筋に冷たいものが駆け抜けるのを感じた。
良弘、何かを思いつくの巻。彼の笑顔の背景には筆文字で「ふふふふっ」と書かれている筈です。
勝たちは彼らに会話をさせるために席を外しました。