第92話:二つのきせき
浩一郎は二人の男に挟まれ、真帆を植村に託した後のことを説明した。
真帆達を追跡する車に突っ込んで重傷を負ったこと、その後止血もせず公園に戻ったこと、最後には焔を泣かせて彼女に手当てをして貰ったことなど・・・その一つ一つを上げるたびに二つの美しい顔の上に青筋が浮かんでいった。
「浩一郎、お前、何度言ったら自分の立場と重要性を自覚するんだ?
お前は松前家の跡取であり、良太郎おじさんの片腕であり、その未来は俺の一番のスポンサーになるんじゃなかったのか」
説明をし終えた浩一郎にまず勝が怒鳴りつけた。
「焔を泣かせるなんて言語道断ですね。そんな死に急ぐ人間に彼女を任せる事など到底できません」
続いて良弘が棘のあるひどく低い声で彼のことを責める。
方向は違ったが、二人とも浩一郎の無茶を責める言葉だった。
真帆と植村は香帆とともにコインロッカーの中の荷物を持ちやすいように整理しながら、事の情勢を生暖かい目で見守っていた。
「ごめんなさいっ!これからは自分の体をちゃんと守りますっ!!」
二人がかりで責められた浩一郎は半泣きの状態で謝り倒した。
何故、ここまで来て平身低頭で謝らなければならないのかよく理解らない。だが、『触らぬ神には祟りなし』の格言の通り、浩一郎自身を心配して怒っている人間にはただ只管謝ることでしか打開の糸口は無い。
「そういえば、望月さんはこれの知り合いですか?」
勝が浩一郎の頭を羽交い絞めしているのをいいことに、焔を泣かした罰として頂点をぐりぐりしながら良弘は彼に聞いてみた。
今の状況を見るだけで普通の知り合いよりもずっと深い仲のように感じる。それを裏付けるように彼は人懐っこい笑みでその問いに応えた。
「俺の死んだ母親がこれの父親の腹違いの妹なんです・・・不本意ながら生まれたときからの付き合いです」
「「え?」」
驚きの声はロッカーのほうから聞こえた。
荷物をしっかりと抱えた真帆と植村が驚いた様子でこちらを見ている。どうやら二人は本当に彼らの関係を知らなかったようだ。
勝はそんな二人の顔をにっこりと笑いながら眺めている。
逆に良弘はなるほどと彼に感心した。
真帆が選んだ人物がどれほどの人物なのかと思っていたが、彼は機知に富み、浩一郎や真帆相手に策略も練れる、頭のいい人間であった。
これならば安心して真帆を託すことができる。
その様子を見ていた荒井も同様に彼の対応に感心していた。
一通り、浩一郎への制裁を終わらせた良弘は真帆たちの傍にいくと自分の荷物を受け取った。もうそろそろ自分たちが乗ろうとしている電車の時間が迫ってきている。
勝もまだやり足りなかったが、とりあえず浩一郎を解放して真帆の元へ行き彼女の荷物を持った。
全員の支度が整ったのを確認にした所で、今まで黙って見守っていた荒井が口を開いた。
「良弘様、一つお頼みしたいことがあります」
改まって発言した祖父に良弘は視線を向ける。
「なんでしょうか?」
「これのことです・・・」
荒井は重々しく返事をすると懐から小さなビンを取り出した。
ガラスで繊細に作られたそれには飴玉みたいな大きさのものが二つ入っていた。赤瑪瑙のようにも見えるが形は少々いびつで所々くすんでいる。
「これは・・・」
受け取った良弘は正直途惑った。その石から齎される波動を彼は覚えていた。
「そう、瑛一様と浩美です」
その言葉に真帆と香帆、そして浩一郎の瞳が瓶へと釘付けとなった。勝と植村は何が問題なのか理解できずに顔を見合わせている。
「これを、焔さまに渡してくださらんか?あの子ならば、二人を天に返すこともできましょう」
とうに失われていた筈の『二人の魂』が目の前にあることに彼らは驚きを隠せないでいる。
良弘の魂珠よりも小さく歪んでいたが、それは不思議な温かさに包まれていた。
浩一郎、吊し上げにあうの巻。良弘・勝、双方共、容赦がありません。
サブタイトルは打ちミスではなく、奇跡・軌跡・輝石・鬼籍のどれでも当て嵌まるので平仮名にしました。
勝が浩一郎と従兄弟なのは当初からの設定です。だからこそ真帆が芝居すると聞いた時、心配する事も嫉妬する事もありませんでした。