第85話:共にいく道
鋭い閃光が奪った視力が回復するのを待って、浩一郎は焔と良弘が居た場所を確認した。
まだ視力が覚束ない浩一郎の目に映るのは、数ヶ月前・・・あの始まりの日と寸分違わない良弘の姿だった。蒼い髪も瞳も、日本人独特の茶色みがかった黒へと変化している。
「一緒に、生きていきましょう・・・焔」
良弘は自分の胸にそっと手を当て、自分の中で眠っている彼女に話しかけた。
焔からの返事は返ってくることは無かったが、肉体の隅々に残る彼女の思いは伝わってきた。
本当は今まで閉じ込めてしまっていた分、この身体を焔に提供するつもりでいた。しかしその事を彼女が受け入れないことぐらい良弘にもわかっていた。
二人で一つの身体を・・・良弘の肉体を共有する、それが二人にとり一番幸せで、一番辛い決断なのだ。
「良弘」
擦れたような声で浩一郎が良弘を呼んだ。
視線を向けると、彼は珍しく『感情』の浮かんだ瞳でこちらを見ていた。いつも自信が満ちた姿からは想像できないぐらい、意気消沈していて覇気が感じられない。
浩一郎も傷ついているのだろう。
先程からずっと焔に注がれていた視線の意味を良弘は否応なく理解していた。恋愛を知らない浩一郎にとっての初恋は良弘の存在により、悲恋へと変わってしまった。
そして自分の中に棲む少女の気持ちも、彼女に貸していた肉体を通じて良弘に伝わってくる。
愛しあっていても共に過ごすことはできない・・・その心の痛みを知っても良弘にはどうする事も出来なかった。
彼らは互いがこれ程までに相手に思われている事を知らない。自分だけがより多く相手の事を想っていると勘違いしている。
両思いなのに成就しない関係・・・だが相愛の事実を知ったところで触れ合うことが出来なければ悲しみが増すだけだ。
「仕方の無いことなのでしょうね」
良弘の呟きは誰の耳にも捕らえられなかった。
彼は静かに目を閉じると、すべての迷いと如何することもできない悲しみを自分の心の奥深くへと仕舞いこんだ。
「そろそろ、行きましょうか」
自分の中でのすべてのケリをつけ、良弘は浩一郎に笑ってみせた。
浩一郎は腕に嵌った時計で時間を確認する。時間的に確かにまずい時刻になってきている。
「そうだな、俺たちも急ぐとするか」
浩一郎は改めて良弘へと手を差し出した。良弘はその手をちらりと見てから、ぱしっと叩いて見せた。
「18歳にもなる男二人が手を取り合ってもサムイだけですよ、自覚したらどうです?」
「普通、こういう時は形式的に手を出すもんだろ。囚われてる間に性格の矯正はできなかったようだな?」
呆れ顔で文句をいう良弘に浩一郎も毒舌で返す。いろんなことがあっても換わらないその関係に二人は同時に噴出した。
「それにしても、酷い格好をしていますね。そんな姿で行ったら、駅で警察に捕まるんじゃないですか?」
指摘どおり、浩一郎の服は大量の血と土に塗れていた。こんな格好で歩いていたら目立つことこの上ないだろう。
「そういうお前だって、酷いもんだ」
かくいう良弘のシャツも煤とほこりで相当汚れており、見られたものではなかった。
「車の中に一応着替えを積んである。車中でストリップするしかないな」
公園の駐車場には香原の乗った車が待機しているはずだ。浩一郎が帰宅命令を出していないから、彼は絶対に主人である浩一郎を待ち続けているだろう。
今の二人の格好を見たら、生真面目な彼は卒倒する可能性もある。その時は仕方ないが浩一郎が車を運転するしかないだろう。
「まあ、漫才は落ち着いてからまたしましょう。車の所まで案内してくれますか」
「おうよ」
二人はにんまり笑うと浩一郎の先導で駐車場に向かい走り出した。
良弘、性格の悪さ露呈する、の巻。
浩一郎が友人と認めてるほど本来の良弘は性格に癖があります。
サブタイトルの『いく』の部分は『行く』と『生く』と『逝く』をかけてあります。