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第83話:壊れていた鍵

 彼らは夫妻がほんの少し目を離した隙に香帆を捕獲し、それを餌にまず良弘を呼び出した。

 呼び出されたのは山の中にあるペンションだった。

 見せしめだと身体を蹴られ、腕を引っ張られ、ヴァイオリンを弾く手の腱を切られた。

 その場を仕切っていたのはサディスティックな中年の女性だった。その女性ひとはかつて父の花嫁候補にも上がったことのある女性だったらしく、母と似た顔立ちの香帆を、父親譲りの美貌を持つ良弘の前で痛めつけることに執着した。

 傷ついていく香帆、やがて彼女は香帆の頭を髪の毛を持って引き摺りあげた。

「綺麗な目ね・・・あの女と同じ顔の上に乗っているのが勿体無いぐらい」

 彼女の言葉を受けて回りの男たちが香帆の身体を固定する。女性は「みせしめよ」と酷薄な笑みを浮かべ、その細い指を香帆の瞳へと近づけた。


 かしゃん・・・


 魂の手前で大きな音がした。それと同時に何かが開放される感覚が身体を満たす。

 次の瞬間には周囲は真っ青な炎に埋め尽くされていた。阿鼻叫喚の光景が目の前に広がった。あの狂気の中でよく香帆だけ焼かなかったものだと今更ながらに思ってしまう。


 ・・・その結果、愚かだった自分は自分の中から無限に生み出される炎を恐れてしまった。


 自らによって生み出された恐怖を認めたくなくて、良弘は一度だけ香帆の前に顔を出した焔へと全ての責任を押し付けた。

 彼女に『狂気・恐怖』の名前を与えて封じることで幼かった自分の精神の安定を保った。

 何のことは無い。狂った炎を操っていたのは紛れも無い自分だったのだ。それなのに、良弘は自分に暗示をかけてその全ての能力を完璧に封じてしまった。

「父さんが施してくれた私の身体うつわの封印はもちろん、魂の封印すらも、とっくの昔に失われていたのです」

 焔は良弘じぶんに穏やかな生活を送って欲しかったのだと思う。もう炎の力に巻き込まれない普通の人が文句を言いながらも享受している変化の乏しい日常に自分を戻そうとしてくれた。

 本当なら恨まれても仕方の無いことをしたのに。

「それなのに、私は『封印それの存在』に縋り、転嫁し、逃げ回って・・・あなたを酷く傷つけてしまった」

 良弘は懺悔でもするかのごとく、静かに瞼を伏せる。

 焔はそんな良弘を前にして、微塵すこしも動けなくなっていた。ただ大粒の涙が目の前の青年の罪を許すように優しく零れていた。

「あなたを『狂気』として封じていた私こそが狂気・・・私こそが、責められるべき罪人です」

 最後の呟きは良弘自身に向けられたものだった。

 伏せられた良弘の瞼が、彼の苦悩を焔に伝え、悲しみへと昇華していく。

「焔っ!!良弘っ!!」

 重い空気を破るように聞きなれた声が二人の名前を呼んだ。

 声のする方に振り返ると、息を切らせた浩一郎が傷ついた身体を近くの幹に凭れさせながらこちらを見ていた。まだ体力が戻りきっていないのか、立っているのも辛そうだ。

 浩一郎は無表情のまま惨劇の現場を見回した。焼け焦げた数々の木々、炎によって生み出す命を奪われた大地、空気は汚染され淀んだ臭気が鼻についた。

 そこには自分たち以外で生きているモノは皆無だった。

「お前がったのか?」

 浩一郎は抑揚の無い声で普段と変わらぬ表情を浮かべている良弘に問いただした。

「ええ、見事なものでしょう?」

 良弘も感情の一切こもっていない声で彼に応える。

 今更何を言おうとも事実は変わらない。どのような嘘をついたところで、この聡明な友人は僅かの証拠でも真実を見抜いてしまう。

 それならば最初から真実を告げ、その後の対応を彼に委任したかった。

 一方浩一郎は自分よりも随分高い位置にある良弘の顔をじぃっと見上げていた。本当にいつもと変わらない良弘に見える。

 だが彼の視線がどこか揺らいでいるように見えた。今の彼ならば上手く攻撃すれば心を粉々に砕く事だって出来そうだ。

 浩一郎は拳をぐっと握り締めた。

 今すべきことはこんなくだらない応答でも、意味の無いにらみ合いでもない。良弘が帰ってきたのならば、すべきことは一つだけだ。

「・・・・・・とにかく、もう時間がない。俺たちもさっさと此処を離れるぞ」

 浩一郎はそういうとどこか呆けている良弘の手を取った。どのような能力ちからを持っていようとも、こんな無残な攻撃を作り出すことができようとも、彼は自分の友人だ。

 それが浩一郎の出した答えだった。

浩一郎、一足遅れる・・・の巻。それより、まだ回復しない状況で追いかけてくる根性がすごいと想います。命知らずの称号が燦然と彼の頭上に輝いています。


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