第80話:蒼き炎柱
「女の子、ねぇ・・・特に心当たりはないな」
真剣に思い出せない浩一郎に焔は苦笑しながら
『どこかで、見初められたかもな・・・お前、一応かっこいいから』
と無自覚のままそう呟いた。
浩一郎は少し目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて自分の前にある焔の耳に囁く。
「焔は、俺のこと格好いいと思ってくれてるんだ」
彼女は彼に言われた言葉を何度か咀嚼して理解すると顔を真っ赤に染め、『バカッ!』と叫んで顔をぷいっとそむけた。
その姿が可愛くて浩一郎は少し笑った。この可愛い姿を守るために生き残ったのだと実感する。
『と、これで終りだな』
目立った外傷や内臓への損傷を治し終え、焔はゆっくりと両手を浩一郎の上から外した。
やはり治癒能力は一過性のものだったようで、浩一郎の傷を治し終えたらすぐに消えてしまった。
浩一郎は木の根元から起き上がると、くまなく自分の身体をチェックする。
「すごいな、痕跡も残ってない」
全ての傷が完璧に治されている。
無事に治った今ではどこがどうやって傷ついていたのかさえ思い出せないほどだ。ところどころがほつれ、血でがびがびの赤褐色に変化した服だけが事故の名残を止めていた。
「ありがとう、焔」
感謝の言葉と共に浩一郎は焔の頬へと手を伸ばした。
しかしその指先は頬に触れることは出来ず、まわした腕は宙を切った。
『身体は、良弘に返したんだ』
驚きを隠せない浩一郎に焔は寂しそうに微笑んでみせた。
浩一郎はそのことに下唇を少し噛んだ。彼女の選択に、何も言うことはできないだろう。
これは二人が望んでいた結果なのだ。
あの肉体に良弘の魂を返すために自分たちは頑張ってきた。当然の結果・・・・・・なのにどこか空虚しい痛みを心は訴えている。
「そうか、それじゃ良弘は無事なんだな」
心の痛みを無視して浩一郎も焔に笑って見せた。
『ああ、大丈夫だった。あいつは俺が思っている以上に強い能力を持っているみたいだ』
互いが互いの視線を受け止める・・・想い合うその心をそっと隠して。
これでいい、何もかもが元通りに戻ったのだ。これ以上何かを望むのは『罪』になる。
二人とも自分の意の通りに事が進まないからと駄々をこねられるほど子供ではなかった。
『それじゃ、一旦、良弘の所に・・・』
−−−−−−−−−−・・・・・・!!
焔の言葉が終わりきらないうちにそれは起きた。
突如、空間を切り裂く激しい波動が森の木々の合間を駆け抜け、二人の間を通り過ぎた。とてつもなく大きな能力が弾ける感触が身体を覆い尽くす。
何が起きたのか解からないまま、二人は同時に空を見上げた。
そこにあったのはこの世のものとは思えない不思議な光景だった。
天空をも焼き尽くすように蒼い炎の柱が聳え立っている。雲に覆われた空は炎の色を映し、青く輝く。
神々の技としか思えない壮大で幻想的な光景。
『あれは、あれは』
焔はその光景に愕然としていた。
戦っている・・・・・・あの、優しい弟が忌み嫌っている炎の能力を使い戦っている。
それと同時に森の奥くから空間を切り裂くような断末魔の悲鳴が響いてきた。
その声は一つ二つのものではなく、終わることがないように連続して彼らの耳に届いた。ほかに音の無い世界の中で悲鳴だけがこだまし続けている。
『良弘っ!』
焔は宙高く舞い上がると天を貫く炎の柱の麓へと急いだ。
浩一郎も彼女についていこうと立ち上がったが、傷は回復しても衝撃と疲労は回復されておらず足元がふらついてしまった。
(急がないと、いけない。あれを作り上げたのが良弘だとするならば・・・・・・)
彼がどうしてこんな行為に及んだのか確かめなければいけない。それが友人である自分の勤めだ。
浩一郎は言うことを聞かない身体に鞭を入れ、覚束ない足取りながらも公園の奥へと駆け出したのだった。
良弘、遠くから焔と浩一郎のいちゃつきを止めるの巻。内容的には違うけど、結果的には同じでしょう。
とうとう80話まで話が続いてしまいました。現在の章が85話ぐらいまで続くので、ちょっきり100話で最終章を終わらせるのは少し難しいかもしれません。