第79話:大地の少女たち
焔は自分の小さな掌を見た。
この手は大きな炎を生み出せる、それだけの力しか持たない手だ。
『炎の力なんてなくなってもいい。浩一郎を助ける力があれば・・・誰か、浩一郎を助けて・・・浩一郎を救って・・・』
焔は泣きじゃくりながら両手で大地を殴った。
しかし実態を持たない手は傷つくこともできない。
彼女の涙はその瞳から転がり落ちると同時に空中に霧散し、落ちきっても実態の無いまま大地へと掻き消えていく。
『誰でも言いから・・・浩一郎を助けてくれ!!』
焔の血を吐くような叫びが公園にあるすべての大地と大気に浸透する。声は木々の合間を縫うように呼応しあい、幾重もの渦となり反響した。
やがてそれは公園の中だけではなく、外の大地へ、大気へ、自然物すべてへと伝わり力に連なるものへと届いた。
その声を聞き、すでに生を受けていたこげ茶色の髪と赤茶色の瞳を持つ少女は母親の腕の中でゆっくりと目を閉じた。
その声を聞き、いまだ生を受けていない黒髪とこげ茶色の瞳を持つ少女は意識を溶け込ませていた大地から手を伸ばした。
『力ヲ、貸シテアゲル・・・』
ふいに焔の耳に声が響いた。
『コノ人ヲ救ッテクレルナラ・・・助ケタイト願ウノナラ、私タチノ癒シノ力ヲ貴女ニ貸シテアゲル』
また、違う声が焔に告げた。
声は大地の奥底からと森の木々から発せられていた。
二つの声の主は別々に少女の姿を作り上げ、涙に濡れた焔の手を片方づつ取った。
・・・・・・・・・・・・ぽぅっ・・・
少女たちは焔の手を自分たちの額に押し付ける。それと同時に緑色の光が焔の手を包んだ。
『これは・・・・・・』
焔が言葉を発する前に幻の少女たちは小さく笑ってその姿を消す。
二人の少女たちが何なのか、自分に何が起きているのか解からず、焔はただ呆然としていた。
両手に宿る光は炎とはまったく違う種の力だ。
そんなものをどうやって使うべきかわからず、彼女は迷ってしまった。
『まさか・・・な』
少女たちの言葉がどこまで本当なのかはわからないが、試してみる価値はあると思った。
浩一郎はこのまま放っておけば、確実に死ぬ。それを救うことができるのならば・・・
焔はごくんっと唾を飲みこむと、光り輝く両手を浩一郎の身体で一番損傷が激しい部分に翳してみた。
緑色のオーラに誘発されるように浩一郎からも黄金色に輝くオーラが生み出される。その二つは焔の見ている前で絡み合い、光の強さを増していく。
光の元では浩一郎の傷口はどんどんと塞がり、痛々しく裂けていた肌が綺麗に修繕されていった。
チリリとした仄かな感触と遠ざかっていく痛みに浩一郎は遠のきかけていた意識を取り戻した。
「ほむ・・・ら?」
急速に痛みが治まっていく事に浩一郎は思わずその身を起こそうとしたが、焔はそれを制した。
『そのまま動くな、手元が狂う』
一番深い傷が塞がるのを確認してから、次の傷へと掌を移動させる。
陽だまりのように温かい光には、治癒効果と共に増血作用まであるらしい。体温が少しづつ戻っていくのを浩一郎は実感した。
「こんなことも、できるんだ」
肋骨の骨折が直ったお陰で楽に喋れるようになった浩一郎は、改めて彼女の能力に感心した。
『俺の力じゃない。小さな女の子たちが力をかしてくれた』
使っている本人だからわかるが、これだけ大量の傷を治しているのに自分の力は然程消耗していない。
つまり先ほどの幻影の少女たちが自分の手を通して力を貸してくれている。
『お前、どっかでそんな女の子たちひっかけてないか?』
悪戯っぽく言ってみたが、焔には少しだけ確信があった。あの少女たちが何者かはわからないが、浩一郎を救おうとしていたことは事実だ。
一方、問われた浩一郎はその言葉に首を傾げた。
あいにくと焔のいうような条件にあてはまるほど小さな少女に・・・それも自分を救おうとしてくれるほど親しい少女に心当たりはなかった。
浩一郎、幼児に見染められるの巻。幼児のうちの一人はまだ生まれてもいません。天然垂らし発動です。
ちなみに少女達の名前は生まれているほうが『ミノル』生まれていないほうが『レイラ』です。
二人の苗字はしばらく内緒です。