第7話:不遜なメイド
浩一郎は意識のない良弘を肩に担ぎ上げ、四苦八苦しながら車を降りた。
「門の前までお付けした方がよろしかったのでは?」
心配そうに見上げてくる浩一郎専任の運転手・香原に彼はひらひらと手を振る。
「いきなりこんなド派手な車が横付けされたら普通の家は面食らうだろ?」
迎えにきた車は接待用のリムジン。まあ、大きい男が寝転んでも大丈夫な車を頼んだせいだが、やはり目立つ。
「また、迎えが必要なら呼ぶから、しばらくここから離れていてくれるか?」
自分よりも背の高い人間を背負っているせいか、浩一郎の足元は少しふらついている。
手を貸したい気持ちを抑えて、香原はまだ年若い自分の主人の後ろ姿を見送った。
学生名簿で調べた住所には立派な門構えの屋敷がたっていた。
(うちの別邸より小さいよなぁ・・・)
だが著しく標準基準がずれている浩一郎の目には『こじんまり』としか映らなかった。
門衛もいないので、仕方なく門の横にあるインターフォンを押してみる。
『はい、どちらさまでしょうか』
ベルを押してから数秒も経たない内に、若い女性の声が帰ってきた。
浩一郎は居住まいを正して、インターフォンに付いているカメラに顔を近づける。
「こちらでお勤めの方ですか?
僕は良弘くんの友人で松前浩一郎と申します。彼が学校で倒れてしまったので連れてきました」
浩一郎は普段は使わない慇懃な高校生の態度で説明をする。取り敢えず、言葉を句切ってから相手の反応を見る。
インターフォンの向こうでは応対に出た若いメイドと年上の女性が何事かを話しているようだった。
そんなことが数分続き、浩一郎が声を荒げて怒鳴ろうかと考えた瞬間、先程とは違う女性の声がインターフォンのスピーカーから響いた。
『良弘さまかどうかを拝見しに行きますので、暫くお待ち下さい』
(出た結論がそれかよ・・・)
彼はあまりの態度に唖然とした。学校から倒れたとの連絡はいっているだろうし、こんな人並みはずれた大きな身長の男などそう簡単にいるわけない。
それなのに労いの言葉一つ無く、まだ待てとはどういう家なのだろうか。こんな女中が自分の屋敷にいたら即刻解雇してやるのに・・・と思ってしまう。
取り敢えず、良弘を自分と門の間に挟み、重さを二分してみる。
振り向く視界の中には、先程返した筈の香原が心配そうにこちらを見ている。
浩一郎は戯けたように肩を竦めると、左手を振って車を下がらせる。香原はそれに気づき、急いで門から見えない位置へと車を移動させた。
ちょうど車の影が見えなくなった頃、門の横の通用口からメイドが二人出てきた。
一人は顔に幼さの残るぽっちゃりとしたタイプ。
もう一人は頭に白髪が目立ち始めた、初老の女性でがりがりの身体に眼光鋭い目、そしてそれを彩るように銀縁の眼鏡がかけられていた。
「確かに良弘さまですね。あなたお一人で運んだのですか?」
問いつめるような物言いに少しかちんと来ながらも浩一郎は適当に路駐してある車の中でリーズナブルな車を選んで視線を向ける。
「いいえ、親が車をだしてくれました。こちらに連絡しても、上手く取り合ってもらえないようでしたので・・・」
車から視線を年輩の女性の方に戻し非難がましく言葉を紡いで見せたが、彼女は眉一つ動かさず意識のない良弘の顔を侮蔑の瞳で見続けている。
言外に『厄介者』と言っている視線に、浩一郎は堪らないほどの不快感を感じた。
「では案内の者を呼びますので、今暫くお待ち下さい」
こちらの迷惑も省みず、彼女はおざなりに一礼だけを通用口の向こうへと消えた。
後に残されたのは、まだ入って間もないと思われる若い方のメイドと、自分たちだけである。
それにしてもいつまで待たせるのだろうか────と、浩一郎は明かない扉を見て思った。
どこに居ても名門・松前家の次期当主として、常に丁寧に対応されてきた浩一郎にとり、こんな態度・対応は初めてのことだ。新鮮を通り越して、かなり腹立たしいものがある。
ふいに視線を感じて、顔をそちらに向けると若いメイドが頬をほんのり染めながらこちらをチラチラと見ているのに気付いた。
浩一郎は口元に微かな笑みを浮かべると、彼女に問いかけてみた。
『浩一郎、良弘の家に押し掛ける』の巻でした。
彼にとっての『屋敷』と呼べるのは球場何個分かがある、門衛付きの家だそうです。