第76話:迎えにきた友人
このまま上手く走り抜ければ公園の駐車場に止めた松前家の車にたどり着ける可能性も出てきた。
しかし軽いとはいえ少女一人を腕に抱えた自分とまだショックの抜けきらない真帆の体力がそこまで持つかが微妙なところだ。
(頼むから・・・車まで、体力を保たせてくれよ)
いつもはいろんな確率を計算し行動する浩一郎も、今は僅かの希望に賭けることしか出来ない。
真帆も同様に考えながらただ走りつづける。
そんな二人の横を黄色いタクシーが追い越し、彼らよりも少しまえにある歩道の切れ目に出迎えるように止まった。
「真帆姫っ!」
「植村さんっ!?」
タクシーの後ろのドアを開けて出てきた少年の姿に真帆は驚きの声を上げる。それは紛れも無く学校で別れを言った友人・植村晴彦の姿だった。
面識の無い浩一郎は突然登場した男に警戒の色を示したが、真帆はそのまま彼の元に駆け寄ることで『敵ではない』と判断した。
「知り合い?」
短く問い掛けてくる浩一郎に真帆は深く頷いてみせる。
「はい、高校の知り合いで、私と駆落ち相手との仲を取り持ってくれた人なの」
上がる息を押さえながら応える真帆に、浩一郎は彼女がどれだけ目の前の青年を信頼しているかを読み取った。
それにしてもタイミングがいいものだ。その部分でも疑いは残る。
「勝に頼まれたんだ。悪い予感がするからここまで迎えに行ってくれと」
卒業式が終わった後、真帆を見送りながら真帆の恋人はそのことを友人に頼んだ。
まさかそんなに酷いことが未だ現代にあるのかと思ったが、浩一郎と真帆が追われている姿を見て友人の読みが正しいことを改めて認識させられた。
植村は手早く説明すると、後部座席の奥へと入り真帆が乗り込めるスペースを作ってくれた。どうやらこのタクシーで彼らを待ち合わせの場所まで送ってくれるつもりらしい。
浩一郎は迫り来る追っ手との位置を測りながら、真帆の背中を押した。
「彼女たちを、駅へ・・・頼みます」
浩一郎の言葉に植村と真帆が驚いて視線を上げる。
彼は二人の視線に一度だけ笑って見せると、腕の中で眠る香帆を真帆の膝の上に下ろした。
「了解した、必ず無事に」
植村は彼の心意気を感じ取り、それ以上何かを言うのをやめた。
途端に浩一郎の顔が綻ぶ。真帆は泣きたい気分で彼の顔を見つめていた。
浩一郎はそんな彼女の視線を受けながらも、ポケットの中から多めの一万円札を取り出し運転手に渡す。
「絶対に何があってもただ一直線に目的地に行ってください。できるのならば無線で場所を連絡するのも止めてください。
そして追っ手があるのが解かったら振り切ってください」
彼がそう告げると少し年配の運転手はにやりと笑い、承諾してくれた。
浩一郎は最後にもう一度後部座席に視線を移した。
「浩一郎さん」
真帆も彼の心を感じ取り、引き留める真似はしなかった。
良弘の妹というだけで、無償で自分に手を貸してくれた兄の親友。彼が良弘と焔の元に行くことを誰が止められようか。
「幸せになるんだよ」
閉められるドア、窓から心配そうに見上げる二対の視線に彼は「大丈夫」と笑い、発車しやすいように車から身を離した。
動き出した車の窓を真帆は開けると、最後に大事な一言を彼に送る。
「良弘さんと焔をお願いね」
遠ざかる真帆の言葉、走り出したタクシーに軽く手を振り、彼は3人を見送る。
だが緊張は解いていない。後方に視線を移すと、どこから調達してきたのか先ほどまで自分たちを追っていた人間が車に乗り込む姿が目に入った。
どうやらあのタクシーを追跡するようだ。
(止めなくては・・・)
ただその一身で、走り始めた追手の車の前方へと、何の躊躇もせずに浩一郎は飛び出していた。
激しいブレーキ音が辺りに響くのと同時に何かが何かとぶつかる音が届く。激しい衝撃が浩一郎の全身を襲い、体が宙を舞い大きな音と共に落ちていった。
浩一郎、当たり屋になる、の巻。当たられた車は大迷惑です。
人身事故の場合、どれだけ飛び出してきたからといってもやっぱり車も悪いと取られますからね。
案外、浩一郎は無茶をします。他人には無茶をするなと言いつつも本人は滅茶苦茶、無茶をします。自分が傷ついて悲しむ人がいるということをあまり解かっていないようです。