第74話:真実の悪夢
焔には良弘が何を言っているのか解らなかった。
その事を理解しながらも彼女に何も考えさせないように、良弘は更に言葉を重ねて行く。
「こちらよりも真帆達の方が気になります。
彼らがそう易々と諦めるとは思えません。それに浩一郎が無理をしてないかも心配です。彼らを追って下さい」
確かに良弘の提案は理に叶っている。
炎を操る能力ではまだましな香帆が眠っている状態で、真帆と浩一郎が逃げきれる可能性は随分低い。それならばどちらかが・・・空を飛んで彼らのもとに駆けつけることの出来る自分が向かうことは得策だろう。
だが、焔の胸には不安の種が確実に芽吹いていた。
その種がどこから来るものなのか解からないのに、見過ごしてしまったら取り返しのつかないことになる、という確証が胸にある。
「大丈夫ですよ、このぐらいの人数なら私一人で対処できます」
焔は漠然とした不安を口にしようとしたが、良弘に遮られ言葉にすることはできなかった。
良弘を見上げるとそこには穏やかな笑顔。
心配しなくても、大丈夫ですよと落ち着かせるように・・・
『わかった』
もはや悩んでいる時間などなかった。
良弘の意見を『理に叶った正論』だと判断する自分がいるならば、それに従うのが本来の筋だ。不確かな不安だけでこの場に留まることなど許されない。
『無茶はするなよ』
焔はそれだけ念を押すと、とん・・・と地面を蹴った。幻影のような焔の身体はそれだけで風の中に浮き上がる。
「大丈夫、無茶なんてしません」
良弘が頷くと、焔はやっと安心したのかその身体を風の中へと霧散させる。
紅の炎の矢は一、二度上空を旋回すると彼らを見つけたのか一直線に木立の向こうへと消えていった。
「やはり、役者は、私の方が上のようですね」
焔が消えた空の方に向きながら、彼はぽそりと呟いた。
その目は先ほどよりももっと深く蒼へと変化している。
そして、今まで見せなかった彼の中に潜む暗い闇がその瞳の中に姿を現す。かつて、自らの敵に対してそうしたように静かな笑みで彼らを迎えた。
彼が一人になるのを待っていたように、木立が動いた。
現れたのは屈強な身体を持つ肉体を改造された男たち。更にその後ろには術者も控えている。総勢、4〜50人ぐらいだろうか、先ほどよりまた人数が増えているようだ。
「さて、良弘様。開放された喜びを甘受している所で恐縮ですが、もう一度、我々と共に来ていただけますか?」
柏原の次席の者だろうか、態度のでかい男が一歩前へと踏み出した。
どうやら彼は先程、彼らの主を焼いた炎は焔がやったのだと思っているようだ。警戒心が驚くほど薄い。
「私を、捕まえる?・・・真帆を捕らえる餌として?」
今まで彼らに見せたことの無いような高圧的なオーラを発しつつ、彼は喉の奥を鳴らした。
男は良弘の急な態度の変化に戸惑っているようだったが、今までの彼の無力さを思い出し再び強気な態度にでる。
「わかっていられるなら、話が早い。来ていただけ・・・」
それは一瞬の出来事だった。良弘に伸ばしかけた男の手が瞬間に灰となった。何事が起きたのか理解できない男はしばし呆然とした跡、無様な叫びを上げる。
「そういうのは、私よりも強い炎が扱えるようになってから言うべきですよ・・・鯖江さん」
炎が触れる僅かの間に男の持っているパーソナルデータを読み取った彼は、消えてなくなった自分の手を探している男に呼びかける。
「さあ、死にたい者から順に前に出てください。それとも一瞬で蹴りをつけますか?」
良弘はくっくっと喉で笑い、彼らへと向き直った。
それと同時に良弘の全身を覆うように柏原を殺害した炎が現れた。
恐るべき高温の炎は無様に悶えていた鯖江の肉体を一瞬にして飲み込み、塵も残らぬほどに焼き尽くす。
その時になってやっと『誰が柏原を殺害した』のか理解した彼らは恐怖で後ずさった。
しかし戻ろうとした先にも蒼い炎は燃え盛っている。いつのまにか彼らの周りには炎の輪が出来、全ての退路を断っていた。
「一番炎の能力が強い当主に手を出したんです、死ぬぐらいの覚悟はあったでしょう?」
目の前で笑っている良弘にその場にいる全員が恐怖した。
役者が違う所ではない。こんなにも恐ろしい炎がこの世にあるとは考えていなかった。
「かつて、あなたたちの仲間が『私』の手によりどう死んだのか実感してください」
青く染まる炎の中、ただ普通の平和を望み、謂れも無い叱責にも耐えてきた良弘が『狂気』と呼び、罪も無い焔を閉じ込める原因となった『本来の良弘』が姿を現した。
捕らえられた男たちの蒙る悪夢は未だ始まったばかりだった。
ブラック良弘、降臨!!の巻。一歩間違えば、良弘が完璧な悪役です。
天使な姉・焔を守るために、悪い奴は一瞬にして蒸発させるか、じわりじわりと恐怖を与えて殺害するか、さあどっちにする?・・・って危ない感じで読んで貰うと解かりやすいです・・・・きっと。