第73話:蒼き炎、紅き炎
(これが、良弘の能力?父さんと母さんが自分の持つ全ての能力と引き換えにしても封じ込めていた力・・・・)
想像していたものよりもずっとずっと強い能力だ。自分よりも少しぐらい上だと思っていたのに、この能力は自分よりも数倍は強い。
こんな能力を人間が持っているなど、ありえない。無限なまでの炎の能力だ。
『大丈夫ですか?』
急に頭上で響いた声に焔の身体がびくりと震えた。
不自然なほど遅い速度であげられた視界に、常と変わらぬ優しい眼差しを持った良弘が心配そうにこちらを覗き込んで来る姿が映る。
眉目秀麗と称えられる精悍な顔立ち、優しく穏やかな表情・・・・ずっとその存在を求めて、そして一度は諦めかけてしまった大切な弟。両親がかけた封印をすべて解いたせいか、髪も瞳も彼の持つオーラと同じく深蒼に染まっている。
「よしひろ・・・・」
幼子が親を求めるように焔は良弘に向かって手を差し出した。
良弘の蒼色のオーラが差し出された手に応えるように包み込んだ。
「お帰り、良弘」
焔はそれでも足りなくて、もう片方の手も差し出す。良弘はその手に、精神体のままの自分の手を重ねた。
『ただいま戻りました』
重ね合わせた掌がゆっくりと融合していく。焔の紅のオーラと良弘の蒼のオーラが絡まりあい、紫色の光が辺りを包み込んだ。
光は少しずつ彼の肉体を変化させる。
身長は良弘のもとの高さまで伸び、体格はがっしりとして男らしい体躯へと・・・燃えるような紅の髪は宇宙を映し出す蒼へと変化する。紅い瞳を隠すようにすぅっと瞼が閉じられ、再び開くときには青い瞳へと替わっていた。
良弘は自分の身体が元に戻っているのを確認してから、焔がしていたようにゆっくりと天空へ掌を翳した。それを待っていたかのように彼の掌から真っ赤なオーラが放出される。
それは人の大きさまで膨むと凝縮し可憐な少女の姿態を形作る。良弘の身体を借りていた時にはなかった身体の丸みと小さな膨みが、未成熟だが彼女の性別を示していた。
紅い炎の申し子・焔。
彼女は陽炎の様な自分の身体を確認すると、ゆっくりと地面へと降りた。
こうして現実で見ると、良弘との体格の違いが歴然となる。
真帆よりもずっと低い身長、しなやかな姿態や少し細い顔のラインは真帆に似ている。パッチリとした猫目は香帆にそっくりだ。
「こうして見ると、私よりも真帆達の方に似ていますね」
良弘の率直な感想に焔は小さく首を傾げて見せた。
汚れを知らない子供の様な表情。天使のようなこの魂を疑っていた自分がどれだけ愚かだったのか改めて気付かされる。
「私や真帆の様に偏りもなく父さん達のいいところだけを選んだみたいな顔です」
臆面もなく真顔で誉める良弘に焔は顔を真っ赤にしながら反論する。
『俺よりも良弘や真帆が顔は良いぞ!』
勢い込んで言う姿もやはり愛らしい。
「その件は後で浩一郎に決めさせましょう」
良弘の言葉が終わると同時に二対の視線がスッと鋭くなる。
『再会を喜ぶ暇もくれないようだ』
彼女の言葉に良弘は無言で頷く。
どう見積もっても三十は下らない人数が、木立ちの向こうからこちらの様子を窺っていた。
先程、青い光に恐れをなして逃げ出していた柏原の部下達が帰って来たのだろう。
先手必勝とばかりに焔は大きな炎の玉を造り上げ、自分達を盗み見る視線の真っ直中に切り込もうとした。
「待って下さい」
良弘の制止に出鼻を挫かれ、焔は造り出した炎の玉をその場に取り落としそうになった。
何事かと焔が良弘見上げると、彼は静かな笑みを浮かべ、首を横に振った。
「ここは私が引き受けます」
良弘の申し出に焔の目が大きく見開かれた。
焔、良弘と交替する、の巻。
肉体はもちろん、主人公としての立場等あらゆる意味で交替です。
といってもまだまだ焔は活躍するし、浩一郎も頑張る予定。おいしいところ取りの主人公に負けないで貰いたいです。