第72話:真実の能力
焔は冷たい視線で柏原の姿を見下ろしていた。
人間が内から焼けていく臭い。その異臭に気分が悪くなってゆく。
『焔・・・』
ふいに聞き覚えのある声が、彼女の耳に届いた。
『焔、聞こえますか?』
今度ははっきりと焔の心に待ち望んだ声が届く。
「よし・・・ひろ?良弘!」
焔は心に直接響くその声をもっとしっかり聞き取るために両耳を塞いだ。
『よかった、繋がりましたね』
心に直接響く優しく温かく静かで深みのある声。間違えるわけも無い、紛れもない良弘の声だ。
自分たちがずっとずっと待ち焦がれていた声だ。
『私は今から外に出ます。
多分、自分でも制御しきれないほどの大きな力が放出されると思うので、もし焔以外の人がいるなら、出来る限り遠くへ移動させてください』
踏みつけている柏原から伝わってくる熱は先ほどよりもずっと増している。
使用している肉体が良弘の肉体でなければ焔ですら焼き尽くされるほどの高温に熱は変化している。
逆にこの状態でも柏原が人としての原型を保っているほうが不思議なくらいだ。
「浩一郎と真帆と香帆は先に行かせた・・・ここにいるのは俺だけだ」
焔の問いに彼は『そうですか』と安堵の息を吐く。
しかしそれも束の間で、彼はすぐに逼迫した声で彼女に指示を出す。
『焔も、下がっていてください。いくら私の身体に守られているとはいえ、私の炎はあなたの魂すらやけるほどになっている』
焔は「わかった」とすぐに返すと、柏原の部下が控えているのと反対の位置・・・先ほど浩一郎達が走っていった遊歩道の入り口まで遠ざかる。
それを確認したかのように蒼い光は今までとは比べ物にならないほどの勢いを持って柏原の身体から噴出し始めた。
そして横たわる彼の身体に異変が生じ始めた。
肌は醜く変色し、膨れ上がり、やがて爛れていく。大きく見開かれた目、もはやうめき声すら発することのできない口。指先は大地を掻き毟り、足は無意味に大地を蹴っている・・・それだけが柏原がまだ『生きて』いるのだと示す唯一の動きだった。
蒼い光はまだまだ強くなり、醜く変化していく柏原の輪郭をどんどんとあやふやにした。
焔は、生まれて初めて熱いと思った。自分の魂はもちろんこの肉体を持ってしても熱いと感じるほどの熱だ。
もし此処に浩一郎達が残っていたら、間違いなく焼死していただろう。
「柏わ・・・・がぎゃああぁぁぁっ!」
不用意に近づいた柏原の部下の一人が蒼い光に飲み込まれる。
肌はすぐに高温の熱に焼け爛れ、肉は燻り、人の姿を止めぬほど無残に焼き尽くされる。
味方の無残な死に様を目の当たりにした彼らは、互いに顔を見合わせると蜘蛛の子を散らすようにその場から遠ざかった。
しかし光の勢いに巻き込まれ、近くにいた数人は先ほどの人間と同じように焼死体になってしまった。
「が・・・・あ・・・・・・」
柏原の口から大量の吐瀉物が零れる。
だがその中に蒼い魂珠は存在しない。
「があああああああああああああ・・・・・」
身体が裂け、肉と肌を焼く嫌な臭いがあたりに充満する。壮絶すぎる状況に焔はとうとう正視できなくなり視線を逸らした。耳をつく悲鳴を消すために耳も強く塞ぐ。
肌に感じられる熱が最高潮に達したとき、地獄の底から響くような恐ろしい断末魔が公園の木々の間を駆け抜けた。
それは僅かの余韻をもってすぐに消え、辺りはもとの静寂へと戻る。
焔はおそるおそる顔を上げ、先ほどまで柏原が転がっていた場所へと視線を戻した。
そこかしこに散乱している無残な肉片。それがかつて人間であったことなど判別ができぬほど細切れになっていた。まるで内側からの圧力で割られた風船のようだ。
木々を揺らす風は脂肪が焼ける独特の臭いを焔の元まで運んできた。
「ぐぅ・・・・っ」
腹の底から来る噎せ返りを必死に押さえながら、焔は近くの木に身体を預けた。
これが、人が死ぬということ。目の当たりに見た死の瞬間に焔は震える自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
良弘、大爆発vvvの巻。・・・いくら可愛くしても大惨事なことは隠し切れません。鬱憤を晴らすかのように滅茶苦茶な方法で柏原を蹴散らした良弘の次のターゲットは?って所でしょうか。
それにしても焔すらも耐え切れないような悪夢の跡ってどういうものか想像したくありません。